まっすぐ向いて、
〈 まっすぐ向いて、 〉
「ただいま」
帰宅するとリビングからきゃっきゃと明るく楽しげな声がした。靴は彼女のものとプラス一足。女物。となると決まっている。
「お帰りなさい、ともり」
ぱたぱたとリビングから出て来てくれた彼女ににっこりと微笑みかける。
「うん、ただいま」
「おかえりー、そしてお邪魔してまーす」
「こんにちは三木さん。ちょっと久しぶり?」
「かな? ともりくんも元気そうでなにより」
彼女の無二の親友であり彼女専属の飼育係であり彼女の愛すべきクラスメイトのひとり、三木吉野。ゆるくウェーブのかかる長い髪を揺らしにやりと笑った。
「ともりくん、いいもの見せてあげようか?」
「なに? みーさんの寝顔?」
「今すぐ寝ろと・・・・・・?」
「違う違う、ユキの高校時代の写真「見ます!」食い気味に来たね」
こちらの反応を見てなんだかあきらめたように嘆息した彼女は「手、洗っておいで・・・・・・」とふにゃふにゃ言った。るんるんでうなずき一度リビングを素通りして手を洗いダッシュで二階の部屋に鞄とコートを置いて戻って来た。「早い」と言いながら彼女がいつものコーヒー入りのマグカップを渡してくれる。
「ありがとみーさん三木さんどれどれどれどれ」
「これ」
分厚いアルバムが何冊かソファー前のローテーブルにあった。その内の一冊を広げ、「わあ」と声を上げる。
「みーさん、が、・・・・・・若干幼い!」
「悪かったねほとんど変わってなくて・・・・・・」
「成長して今なんだ! ちゃんと変わってるんだ! 感動!」
「ともりそこ正座してっ」
言われた通りソファーの上に正座してアルバムを捲った。がっくりと彼女が項垂れその肩をぽんぽんと三木が叩く。
「あきらめな」
「うう・・・・・・」
そうですあきらめてください。ね?
ページを捲る。文化祭、修学旅行、体育祭・・・・・・きらきらとした笑顔。花のような明るい笑顔を浮かべた彼女があちこちにいた。
「かわいい」
頰を緩ませてそう言うと彼女は困ったように視線を彷徨かせて逸らした。ああかわいい抱きしめてキスしていい? 駄目ですね。
「ん? 日付が近いねこれ」
「文化祭の三日後から二週間の修学旅行で帰国して一週間後に体育祭だったの」
「一ヶ月くらいお祭り騒ぎだったんだね」
「そうだね。ふは、懐かしい」
「三木さん・・・・・・は、髪がストレートだね」
「だねー。懐かしい」
「・・・・・・クラス写真がやっぱ多いね。修学旅行・・・・・・これどこの国?」
「ハワイ」
「すごいないいな。俺海外行ったことない」
「あ」
ふいに思い出したように彼女が声を上げた。どうしたと飼育係と同時に顔を上げる。
「そうだ。父さんとお母さんから頼まれてたんだ」
「なにを?」
「ともりの写真撮るの」
「へ?」
きょとりと瞬きすると彼女もこきりと首を傾げて瞬きした。
「ほら、時差とかもあるし、まだ電話で話せてないでしょ? ・・・・・・私もばたばたしてたし時間取れてないんだけどさ。せめて顔だけでも見せてくれーってメールが来てた」
「ああ・・・・・・」
確かに自分がこっちに戻って来てすぐ彼女が入院したりとなかなかにばたついていた。
きちんと挨拶をしなければと思ってはいたのだがなかなかタイミングが掴めず今に至り、こう、ぽんとその時が来てしまうとなかなかに緊張してしまった。
「写真送ったついでに電話すれば? ともりくん明日休み?」
「はい。うん、だから、みーさんのご両親の都合さえよけれは俺今日起きてるよ」
「本当? じゃあお願いしようかな・・・・・・」
「うん、映画観てようよ」
まだ三月の冷える夜、あたためた室内でやわらかい毛布を膝にかけいつものコーヒーを飲みながら映画を観る・・・・・・彼女と。考えるだけで幸せだ。受験勉強を乗り越えた甲斐がある。
「それに、えっと、写真だよね? うん、いつでもどうぞ」
「ありがとう。じゃあ今撮ろっか」
スマホのカメラを起動させ彼女がこちらにレンズを向けた。いつでもどうぞと言いはしたがいざ向けられると少し緊張してしまう。流石に正座は崩したがこれいっそのこと立った方がいいのか?
「あー、待って待って。せっかくなら二人で撮れば? その方がパパさんもママさんもよろこぶんじゃない?」
「あ、そうだね」
うなずいて彼女がぽすんと隣に腰掛けた。並んでソファーに座ることはよくあるが彼女はディスプレイに映像を出しそれに収まるようにこちらに身体を寄せて傾けた。ふわんと軽く彼女の重みとあたたかさが伝わって来る。どきりとするさとそれが伝わったのか「あ」と彼女は言って身を引いた。
「ごめんね、そっか、別に自撮りにしなくてもいいよね。吉野、撮ってくれる?」
「いいよー」
そのままスマホを渡そうと身を乗り出した彼女を思わず後ろから抱きしめソファーに引き戻した。
「わっ」
「ごめん違う! 違う、くっつくの嫌だったわけじゃないから! どきっとしただけ!」
完全に膝の上で彼女を抱え込むようにして必死に弁解する。わたわたと膝の上で彼女が暴れたが誤解されたまま逃げられるわけにはいかないと焦ってさらにぎゅうっと抱きしめる。
「他の女なら絶対嫌だけどみーさんなら全然構わないしすっごくうれしいから! みーさんがいい! みーさん以外は嫌だ! あ、うん、三木さんとか綾瀬も嫌じゃないけどこんな風にはしないけど」
「そうだねそれは問題だ」
「うんでも三木さんも俺好きだから! みーさんが特別で格別なだけで! それとこれは違う、そうでしょ? だからみーさん!」
「は、はいっ?」
「誤解しないで! 行かないで!」
「わっ・・・・・・わかった、から! そ、そんな必死に・・・・・・」
「必死になるよ! 大事なことだ!」
「そ、そうかもしれないけど」
「ちゃんとわかってる? ちゃんとわかってくれてる?」
「んにっ、ん、わかってるわかってるわかったからっ・・・・・・苦しい苦しい」
「本当? 気を遣ってるとか勘違いしてない? 俺本気で言ってんだからね?」
「わかったわかったわかったからもういい加減下ろそうか恥ずかしい」
「はーい二人ともーこっち向いてーはいチーズ」
「チーズ!」
「っ、吉野撮んないでっ!」
「三木さんそれあとで送って!」
「もちろん。愛すべきグループにも送らなきゃ」
「うわあああやめてええええ」
結果、このあとに撮った妙に疲れた顔をした彼女とその隣でこれ以上ないくらいの笑顔で写った自分の写真が彼女のご両親と自分の叔父叔母に送られることになったのは、少しあとの話。
「ただいまみーさんいらっしゃい三木さん」
「お帰りなさい、ともり」
「お邪魔してまーす」
「なにしてるの?」
「データ整理してたんだけど色々懐かしい画像たくさん出て来て」
「印刷したのとしてないのとで分けとけばよかったかな」
「難しいよね、日付で分けるのが一番シンプルだしねえ・・・・・・あ、これ、ともりが来てすぐのやつだ。懐かしいな。まだ私たちも大学生だよ」
「今じゃ社会人だもんね。・・・・・・ユキ変わってないねえ」
「うるさいなあ・・・・・・」
「あ、見てみてともりくん。この写真」
「あ。これ俺もお気に入り。現像して手帳に挟んでるしスマホにも入ってる」
「え、どれ・・・・・・うわああああ」
「ユキそんな叫ばなくても・・・・・・」
「は、恥ずかしい! 閉じて閉じて!」
「えー」
「えーじゃない!」
「ともりくん今だ!」
「合点だ」
「えっ、わっ、ともり離して! 離しなさいともり苦しい苦しいぎゅってしないでぎゅって」
「はーい二人ともーこっち向いてーはいチーズ」
「チーズ!」
「話聞けえ! うわあーまたこんな世に出せない写真が」
「え? もうグループに送ったけど」
「早いんだよ仕事が! なんでもすぐやればいいってもんじゃないんだぞ社会人!」
「三木さんグッジョブ俺にも頂戴」
「今送ったよー」
「あああもう相変わらずひとの話聞かない・・・・・・昔から・・・・・・くそう・・・・・・。
・・・・・・でもこれもう三年前かあ。そっか・・・・・・ふは、懐かしい」
〈 まっすぐ向いて、そして笑って、 〉




