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黒色の幻視 5


畜生。畜生。嫌になる。本当に自分が嫌になる。

みーさん。どこ。どこに。

体調が悪いのに。心の底から弱っているのに。そんな状態で、まだ寒い夜をひとりで。

あんなに華奢で小さいのに、そんな女の子がひとり、こんな真夜中に。なにがあってもおかしくない。走りながら何度も電話をかけたが、電波の届かないところにあるかというアナウンスが流れるだけで彼女には繋がらない。

どうしよう。どうしよう。どこに。ーーーどこに?

「みー、さ・・・・・・」

みーさん。

まだ近くに

俺の手の届くところに

お願い

まだ

お願い

あなた以外になにも望まないから

「・・・・・・っ、はっ・・・・・・」

視線を向ける。ーーーその先に。

その先にーーーいた。

高架下ぎりぎり手前。橋の上で虚空にじっと視線を投げている小さな人影。

「・・・・・・みー・・・・・・」

呼べない

呼べない?

呼びたい

あなたを

あなたが

なんて言えば、あなたは

なんと呼べば、あなたの心は

余りにも大き過ぎるものを失って

がらんどうが苦しくて辛くて痛くて

それでも泣かない 泣けない

どうすればいいんだろう

やり方がわからない なにが出来るのかわからない ーーーけど

本当に本当にあなたが好きで

本当に本当にあなたを大事にしたいんだ



「ーーーみーさん!」



違う名前で 呼ぶしか

夢の中で振り返らなかった彼女がーーーこちらを

自分を、見た、



「ーーーともり」



驚いたように、その眼を見開いて。

街灯の銀の光をきらきら きらきらとその眼に映し

すべてを呑み込むその深い深い色の眼が

彼女の眼が、自分を。



ーーー好きなんだ。ずっと、ずっと。



「みーさん・・・・・・!」

駆け寄る。ーーー抱きしめる。いつかと違い、しっかりと自分の力で立ったまま。

縋るわけではなく。

強く強く抱きしめてーーー自分の、力で。

「みーさん! みーさん・・・・・・!」

「とも・・・・・・り?」

腕の中から不思議そうな声。ほっとしてーーーそれ以上に感情が込み上げて来て、両肩を掴んで身を少し引いた。

華奢で薄くて細い身体。なんとでもーーーなんとでもされてしまう、弱い身体。

「馬鹿、野郎! こんな時間に女ひとりで彷徨いてんじゃねえよ! 襲ってくださいって言ってるようなもんだろ! 体調も悪いのにーーーもう少し自分の心配もしてくれよ! 少しはーーー少しは俺の好きなひとを大事にしてくれよ!」

わん、と響いた余韻は、一瞬で消えた。

水の流れる微かな音。

瞬きもせずに、彼女の眼がじっと自分を見つめていた。

その貌は、幸福そうではなかった。

悲壮でも、寂寥でもなかった。

ただほんの少しだけ驚いてーーーそれから、疲れたようにほんの少しだけ微笑んだ。ーーー泣き出しそうにも、見えた。

「ーーーごめんなさい」

それでも彼女は泣かなかった。小さいが、決して掠れてはいない声でそう言った。

「ごめんなさい、ともり」

「・・・・・・」

微かに首を横に振って、恐る恐るーーー今度はゆっくりとそっと、彼女を抱きしめた。振り払われなかったことに心が溶けるように安堵する。

「・・・・・・いきなり怒鳴って、ごめん」

「ううん。心配かけてごめんなさい。なにも言わないのに・・・・・・なにも言おうとしないのに、それでも訊かないでいてくれてるのに、心配かけるだけかけて・・・・・・ごめんなさい」

「・・・・・・うん。・・・・・・ねえ、みーさん」

「はい」

「・・・・・・みーさんは、みーさん?」

「・・・・・・ともりがそう呼ぶ限りは、そうだよ」

「・・・・・・そっか」

腕に力を込めて、その小さな身体を更に抱きしめた。

そっか。



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