怖いものの話をしようか 5
授業はきっちりと。それは自分の中で決めていたルールだったが、今日だけはどうしてもそわそわとしてしまった。だってしょうがない。自分の誕生日がこんなにも楽しみなのははじめてだ。この気持ちをどう消化していいのかわからない。
最後のチャイムが鳴りはじめた瞬間立ち上がり鞄を手にした。なにかに勝った気分だった。
「じゃあ須藤また月曜」
「はやっ。楽しめよー」
言われるまでもない。
教室を出て、廊下を歩いて外に出てーーーうっすらと涼しくなった空気を吸い込み、走り出した。顔がにやける。やばい、やばい。
駅までそのまま走り、パスを滑らせ中に入った。電車は数分後。ホームに降り立ち、天井からぶら下がる時計を見て自分の腕時計を見てそれからスマホを取り出す。家まで取っておこうかなーーーいや、いい。今声が聞きたい。番号をタップして発信した。
無機質なはずの呼び出し音があたたかく聞こえるのはーーー自分と彼女のせい。
『はい、もしもし。どうしたの、ともり』
「やほ、みーさん。今大学終わった」
『了解。じゃああと三十分くらいだね」
「ううん、もう大学は出てるからーーー」
もう少し早く着くよ。そう、言おうとして、弾む声と視線を、上げて。
「ーーー・・・・・・ーーー」
それを見付けて、
「ーーー・・・・・・」
眼を見開いて、
「・・・・・・ ー ーー」
指先が凍り、
「 」
心を、殺された。
『ーーーともり?』
遠いところから
かのじょのこえ
それよりちかくに
あ い つ
「 」
黒い黒いーーーおそろしい、ひと
向かいのホームに立つスーツ姿の男をーーー見付けた。
ざあざあと耳元で血が流れる音。
拘束され落とされた言葉。
蘇る、あの声。
お前が 不幸だと 家族が 安定する
身体が力を失って、
崩れ落ちそうになったーーーその時。
『ーーーともりッッ!』
遠くから聞こえた声にはっとしたと同時、ぱあんと破裂するような汽笛が身体を劈きぎょっとして咄嗟に身を引いた。眼の前ほんのぎりぎりを電車が残像を描いて通過してゆき、白線の内側にいたことにその時になって漸く気付く。
「・・・・・・、 、」
指先から力が失くなりかしゃんっと足元でなにか音がした。それがなにか気にするより早く、開いたドアから出て来る乗客を押し退けて電車に無理矢理乗り込む。早く出ろ早く出ろ早く出ろ早く出ろ!
怖い。怖い。怖い。向こうのホームのひとに見付からないように。気付かれないように。必死に身体を小さくしてーーーもう気付かれた? 気付かれたのか? 来るな。来るな来るな来るな来るなーーー
たすけて
呼吸が浅くなり、不規則に乱れ生理的な涙が滲む。
たすけて。たすけて、みーさん。




