少女の三月
〈 少女の三月 〉
考えるな。
「みーさん?」
はっと、我に返ったのを知られないように反射的にそれを飲み込んだ。
「なあに?」
少し微笑むと、目の前の少年がーーーもう少年とは言えないのかもしれないがーーーがやわらかい表情でなにかを言う。
自分はそれに、同じようにやわらかくなにかを返す。みーさん。新しく呼ばれるようになった名前。名前を呼ばれることを拒絶した結果、少年が選んだ呼び方。
御影のみなのか、幸のみなのかはわからない。わからない、けれど。確かに新しい呼び方だった。ここ一年弱、今月に入って再会するまでメールや電話で既に何度も呼ばれているので違和感はない。
違和感はない。そしてまた、もう誰からも呼ばれない。自分が拒絶した自分の名前。
ミユキ
やめろ。考えるな。
その先にあるものをーーーその過去にあったものを、考えるな。
おやすみと言葉を交わし、部屋に戻る。
疲れ切っていた。どうしようもなく、疲れ切っていた。
最後にゆっくりと眠ったのは、何時だったか。
くらくらとふらつく視界に、慢性的な吐き気。曖昧な意識に、何時まで経っても訪れない穏やかな睡魔。
辛い。寒くて心細くてーーー息苦しい。
頭痛の酷い頭に手をやる。パッキングされていた錠剤を手のひらに落とし、水と一緒に煽って飲み込んだ。