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怖いものの話をしようか 3


待ちに待った当日の朝、朝食を作り彼女と食べ(夕飯は彼女が腕を奮ってくれるのだから朝食は自分の出番だ)、それぞれの大学へ出発した。彼女はバイク、自分は電車だ。彼女は授業はないが色々と調べることはあるらしい。自分が三年後迎える卒業論文ではなく、映像作品を創る卒業制作を卒業課題としているので、それの調整に授業がなくとも大学へ行く必要がある。

毎学年単位を落とさなかったらしい彼女は四年である今年の前期には卒業制作以外の必要な単位を全て揃えてしまった。なので後期はもうそれ以外の授業は必要ないのだが、それでもほぼ毎日大学へ行く。

「単位はもう大丈夫なんだけど、趣味で色々履修してるのがあってね。まあ最悪落としても大丈夫だから気楽に通ってる」

とのことだった。なにを取っているのか訊いたら『ジャズ概論』や『外国映像論』、『日本社会古典学』『海外古典音楽論』などという確かに趣味や興味で彼女が思わず手を出しそうなタイトルが返って来た。彼女のことだからああは言っても単位を落とすことはないだろうが、単位を気にせず気軽に受けられる授業というのは確かに楽しいものかもしれない。自分はまだ一年で単位を揃えるのが最優先なのでそんな余裕はないが、きちんと毎年落とさず行けば四年時にはそういう余裕も出来るだろう。流石に芸術系の大学である彼女ほど色濃いタイトルはなさそうだが、それでもおもしろそうなのはあるはずだ。

鼻歌のレパートリーにジャズやオペラが増えた彼女は、見ていてなんだか微笑ましい。

「とりー」

駅に着いたこちらに向かってぶんっと手を振る人影。約束していたので特に驚かずそちらに歩調を進める。

「はよ」

「はよ。綾瀬ももうすぐ・・・・・・あ、ほら」

「おはよう、とりくん、林場くん」

大学は全員違うが地元がそこまで離れていないこのメンバーは集まりやすい。そのことがうれしいのはーーー恐らく自分だけではないはずだ。

「誕生日おめでとう、とり」

「おめでとう、とりくん」

「・・・・・・ありがと」

流石に照れ臭く、でも本当にうれしかった。ふは、と笑うと二人もうれしそうに笑う。

「お祝いは明日するけど。でも大学のひとたちよりかは早く直接言いたかったから」

「うん、ありがと。すげえうれしい」

「大学メンバーより早く、御影さんの次に、だなー。それは俺らのポジションっしょ」

にっしっし、と笑う林場をほんの軽く蹴る。朝一番顔を合わせた瞬間、ふわりと微笑って言ってもらえた言葉。

「お誕生日おめでとう、ともり」

差し込む朝日に髪が美しいグラデーションを描き、その深い眼が水の底のようにきらめく光を湛えて自分を見る。大切に大切に、やわらかく紡がれた言葉にーーー心の底から幸せになって、「ありがとう、みーさん」と応えた。

「とりの御影さん好きは留まることないな。知ってはいたけど。・・・・・・今年で卒業だろ、御影さん。就職とかどうするの? 訊いてよければ」

「照明やるって言ってた」

「カメラマンじゃないのね」

「うん。なんでかは言ってなかったけど」

そこら辺の話を敢えて訊かなかったのは、悲しい意味でもさみしい意味でもなく、単なる事実として、彼女が技術屋の考えを持っているからだった。

彼女にとって映画は、写真はーーー世界を創ることなのだと、彼女の側でそれを見て自分なりに理解している。

それらに対して真摯でストイックだ。彼女の友人である三木や真野も。一足先に真野は卒業していたが、学生時代あんなにも真剣に時間をかけて自主製作をしていた彼らの考えや思いは、聞いてわかったつもりでいてもまだまだ浅いのだろうしーーー技術屋同士だからこそ通じ合えるものがあると、はたから見ていて思う。

だから訊かなかった。訊いたら答えてくれるだろうがーーーその深さを理解することは、恐らく出来ない。

「一度照明の機材レンタル屋に就職して、そこで機材を学んでから映画に行くみたいだ。大学にある機材よりたくさんの機材があるらしい。知らない機材の方が多いって言ってた」

四月からそこで働くことが決まっている。場所はここからドアツードアで一時間半ほど。決して近くはないが、もう既に御影家的には一応一人暮らしをしているわけで、それが持ち家なわけでーーーとなるとじゃあ近くに部屋を借りようとはならなかった。彼女自身、誰かと一緒に行動する時はその誰かに合わせてくれるが、単独行動の時は電車や車やバイクや自転車など、様々なバリエーションで目的地へ向かう。大学へ通う時も電車やバイクとその日の気分やスケジュールによって変えることが多い。毎日同じもの、ルートで通うことがあまり好きではないようだ。

「じゃああとは卒業制作完成させるだけなのか。ーーーそれが一番大変そうだな」

「でも完成品観るのが楽しみだ」

彼女の関わった世界。彼女が仲間たちと創り上げた世界。ーーー果たして、どんなものなのか。

彼女が好きだ。

彼女が好きで好きで好きで堪らない。

だからこそ強くなりたい。何処へでも行ける人間に、自分の望むところに往ける人間になりたい。その力が、強さが欲しい。そのための努力を怠る気はさらさらない。

彼女が好きだ。彼女と一緒にいたい。ーーーそれでも、彼女を自分に縛って何処にも行けないようにさせる気だって微塵もない。ーーー自分が彼女に追い付き、一緒にいられればいい。

凛と背筋をのばして立つ、自分よりも遥かに小さくて華奢で頼りない体躯。

世界のすべてを呑み込んで映す、どこまでも深い深い色の眼。

どこまでも強くてどこにも弱くてどこまでも不器用で生き辛く息苦しい、かけがえのない彼女。

自分の愛するひと。

齢を重ねるのが、うれしい。ーーー彼女の側で生きられているのだから。

「今日は楽しめよー主役。言うまでもないだろうけど」

「勿論。ーーー楽しみでしか、ない」

ふは、と笑って言った自分を、二人の友人はうれしそうに眩しそうな眼で見て笑ってくれた。


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