心臓の番人
〈 心臓の番人 〉
「あなた、心臓に毛でも生えてるわけ?」
「は?」
美しいグラデーションを描くさらりとした不思議な色合いの髪。薄い肌の色をした少女が、首を傾げた。きょとんとした眼をしているのは漸く外気に晒された裸眼の両の眼で、なるほど、この少女が夜でも室内でもゴーグルやサングラスを外さなかった理由がわかった。ーーー特別過ぎるのだ。
破壊されたゴーグルは機能を失い負傷した少女は治療の為今はじめてその眼をなにも通さずこちらに向けた。はじめてその眼を見てーーー心臓が内側から摑まれたような心地に、なった。
深い、深い色。
ぎらぎらとした煌めきを抱く、世界のすべてをそのまま呑み込んで映す、明るくて昏い、水の底の光のような深い色。
東洋の神秘、なんて言葉では片付けられない。恐らく少女が、少女だけが持つーーーあまりにも鮮烈で眼がぐらりと眩む、その色。
ーーー確かに、隠していた方がいい気がした。
「・・・・・・銃を向けられてよく平気でいられたわねって話よ」
「ああ・・・・・・まあ、はじめてじゃないし」
「なにしたの」
「なにもしてないよ。本当。わたしは」
「この掌の傷ってその時のもの?」
「ううん、これはナイフ向けられた時の」
「あなた本当になにしたのよ」
見かけによらずなかなかハードな人生を送っているようだった。なんだか疲れた気分でたっぷりとした嘆息をする。
「・・・・・・ほら、見せて」
「傷浅いから平気」
「確かに浅いけど、血が止まらないのよ。押さえるから、ほら・・・・・・」
「あー。血が止まりにくいのは体質なんで本当大丈夫」
「尚更駄目じゃない。子供じゃないなら素直に言うこと聞いて」
確かに、と思ったのか単に面倒になったのか少女は大人しくこちらを向いた。額の端に小さな傷跡。破片が飛んで掠めたようだが、幸いにも傷は浅く縫うほどでもなかった。
「これなら消毒してテープ貼れば大丈夫よ。傷も残らない。・・・・・・あとでお礼言っときなさい、彼、あなた抱きしめて半狂乱だったんだから」
「あー・・・・・・はい」
わかっているのかいないのか。いまいち反応が薄い少女にやれやれと嘆息しながら押さえるガーゼを変えた。赤い鮮血。傷は浅い割に、出血が多い。
「・・・・・・あなた、なんでいつも眼を隠してたの?」
「ちょっと前に・・・・・・この国に来て比較的すぐ、君の眼は隠しておいた方がいいって・・・・・・それはいい意味でも悪い意味でも心を騒つかせるもののようだ、って言われて」
「・・・・・・正しいわね」
女ならーーーそう。思わずすべてを打ち明けて受け入れてもらいたくなる。それで済む。
昔からの親友のように、苦楽を共にしたルームメイトのようにーーー少女に自分の秘密を打ち明け、そして、その秘密を大事に抱えてもらいたい。そうしてくれるだろう。ーーーそう思わせるなにかが、少女の眼にはあった。
視界に入りたい。
その深い眼でじっと見つめて欲しい。
せり上がり、からからに乾くように焦げ付く、心臓を摑んでくるその眼。
これが男相手ならーーー無意識の内に少女を抱きしめるだろう。
自分の腕の中に抱きしめ触れるほど近くからその眼を見つめ、自分がその深い黒い色に映り込むのを見て、すべてを呑み込まれた歓びに心の底から満たされてーーー少女を自分のものとして一生手放さないだろう。
どこの誰かのアドバイスかは知らないが、確かに、そうしていた方が賢明だった。
「母国でもずっとそうしていたの?」
「いいえ。視力もいいしずっと裸眼」
「周りはいい迷惑だったでしょうね・・・・・・」
「さあ・・・・・・でも無意識であれ悪いことしたら百十一発殴られるっていうルールがあったけど殴られなかったからそうでもなかったんだと思う」
「そんなに殴れないでしょ、手が痛むわ」
「三十七人いるから」
「それはリンチって言うのよ」
「違うよ。愛すべきクラスメイトだから」
「なにしたらそんなに嫌われるのよ」
「なに言ってるの、世界中でわたしとわたしの周りのひとたちほど愛されてる人間はいないよ?」
「・・・・・・」
平然と恥ずかしがる様子もなく当たり前のようにそう言うーーーそう宣言する少女。
返す言葉をなんとなく失って、黙って赤く染まったガーゼを変える。
「・・・・・・愛されてるって自信があるの?」
「ある」
「どうしてわかるの?」
「愛すべき三人の両親は、弟は、離れていても、わたしがどうしようとも、わたしを信じていてくれている。わたしの幸せがうれしいんだって、何度も何度も言ってくれる。・・・・・・自分が本当に辛い時でも、そう言ってくれる。自分を後回しにして、わたしの幸せを祈ってくれる。愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
愛すべき親友はわたしを信じてわたしの前で泣いてくれた。ずっとずっと強がっていた子が、わたしのことを信じて弱みを晒してくれたんだ・・・・・・それは本当に怖いことだったと思う。でもそうしてまで、怖い思いをしてまでして、わたしに近付いて来てくれた。愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
愛すべき妹は、ずっとずっと抱えていた秘密を、薄暗いところを、わたしに打ち明けてくれた。自分でも眼を逸らしたくなる暗い部分、きれいではない部分・・・・・・でもそれだって自分なんだ。隠して、綺麗な部分だけ見せて綺麗ないい子として受け入れられるって手段もあったのに、そうしなかったんだ。なにも隠さないで、自分すべてでわたしに接してくれたんだ・・・・・・愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
愛すべき担任は、わたしがなにをしようが、どんな突飛なことをしようが、黙ってなにも言わずに見守っていてくれた。絶対に止めないし、背中を押したりもしない。信じてくれてるから。どこまでも行けるって、信じてくれてるから・・・・・・愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
愛すべきわたしと恋人の腐れ縁の友人は、兄のような存在なんだ。なにかあるとすぐに駆け付けて、オーバーキルとも言えるくらい徹底的に助けてくれる。僕は君の力なんだよ、って。ずっと、見守って助けてくれる・・・・・・愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
わたしを待ってくれている、愛すべき大事なひと。ぐらぐらして不安定で、それでもなにも言おうとしないわたしのことをいつも考えてくれてる、本当にやさしいひと。・・・・・・どこに行ってもいいよ、すぐに追い付くからって、必死に、形振り構わず全力で努力してるひと。・・・・・・ずっと、待っててくれてるんだ。あとは内緒。でも、愛情以外のなにものでもないよ。わたしは愛されてる。
本当に本当に大好きな、愛すべきわたしの恋人。・・・・・・たくさんたくさん、愛してくれるひと。わたしが今でも死ぬほど辛いのは彼を本当に愛しているからで、それでもわたしがまだ生きてるのは彼が本当にわたしを愛してくれてるからなんだ。・・・・・・愛情以外のなにものでもない。わたしはーーーわたしは本当に、本当に愛されてる。ーーーそれ以上に、幸せなことはね、」
その深い眼が。
すべてを呑み込み、映すその水の底の光がーーー静かに、心の底から幸せそうに、微笑った。
「わたしがそう思っていることを、彼らは知ってる。知られているということをわたしは知ってる。そのことすら、知られている。
ーーーそれが本当に本当に、幸せなんだよ」
どうしてたか泣きたくなって、
滲みかけたそれを、必死に隠した。
「・・・・・・そ。・・・・・・あなた、心臓の番人みたいね」
「心臓の番人?」
「扉を叩くように、何度でも何度でも、そのひとの一番近くに立って心臓を守り、心臓を直接叩くのよ。・・・・・・ここにいるよ、こっちだよって。何度だって、何度だって」
「・・・・・・」
その眼が。
いつかの夜を彷徨うように揺れ、それから微笑んだ。
「・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・お礼を言われることじゃないわ」
止まった血の残りを拭き取り、念入りに消毒して丁寧にガーゼを当てた。
「・・・・・・痕、残らないならよかった」
「・・・・・・そうね。まあ、そんなに愛されてるなら傷があろうがなかろうがあなたを貰ってくれるひとはなにも変わらないだろうけど」
「うーん、そうじゃなくて。『なんだこの傷今度はどこでなにしたんだほら正座しろ吐け!』って詰め寄られて三十七人に百十一発」
「あなたって本当に愛されてるのね」
「うん、知ってる」
〈 心臓の番人 心臓を叩くひと 〉




