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心臓のあげ方


〈 心臓のあげ方 〉


けほ、と、咳をすると腕の中にいる少女が眉を顰めて自分を振り仰いだ。

「オーリ大丈夫?」

「ん、噎せただけ。へいき」

「中入ろうか? 風強くなって来たし」

「や、いい。中空気悪そうだし」

そう言いながら小さく笑うと、少女はあまり納得したような顔ではなかったが一応引き下がることにはしてくれたらしい。ほんの少しだけ唇を尖らせ、けれど、なにも言わなかった。代わりに腕の中でくるりと回転してこちらと向き合い、ぽすん、と、その小さな身体を胸に預け来る。こちらからしてみればびっくりするくらい華奢で頼りない、どうやってこの身体でこの世の中を生き抜いていけるのか不安になってしまうくらい小さくて儚くてやわらかい身体を軽く抱きしめると、すっぽりと腕の中に収まってしまう。・・・・・・だから、小さいんだってば。ちょうどいいけど。

フェリーの甲板の上、流れる風は冷たいが空気はその分新鮮だった。心地良さについ大きく呼吸をして、結果、少しだけ噎せた。

手すりの前でわくわくとした様子で眼をきらきらとさせながら流れる水を見ている少女と一緒にいるのはなかなか気分が良かったので別にこのままでいい。このままがいい。

小さな身体を抱きしめているのも気分が良い。比較的、いや、結構、いや、すごく。とても。

「・・・・・・? ミユキ、なにしてるの」

「・・・・・・んー」

きゅう、と、胸に頭をーーー耳を押し付けて来る少女を不思議に思い訊ねると、少女は一瞬集中するように言葉を切って黙った。はじまる沈黙に首を傾げ、されるがままじっとしているーーーと。

ふ、と、満足したように少女がうなずいた。

「・・・・・・心臓の、音。聞いてた」

「・・・・・・俺の?」

「オーリの」

こくり、と、もう一度少女がうなずく。ふわりとその身体が離れそうになるのを感じて、軽く抱きしめるだけだった腕に力を込めた。

ぎゅ、と。

頼りないくらい華奢な身体を抱きしめ、不安になるくらい小さな頭を自分の胸に押し付けて。

その儚い色の髪に、額を付けた。

「・・・・・・オーリ?」

「・・・・・・自分だと、胸に耳付けて聞くなんて出来ないから」

「うん」

「・・・・・・だからミユキが見張ってて。俺の心臓。・・・・・・俺はその間、ミユキ抱きしめて立ってるから」

「・・・・・・うん、わかった」

腕の中でこくりとうなずいてーーー子供のように。

素直にうなずいて、ゆっくりと顔を上げてーーーふは、と、少女が微笑った。

「わたしはオーリのつっかえ棒でライターだからね」

「ーーーうん」

至近距離で、その深い深い眼がーーーすべてを呑み込む特別な、少女だけの眼が、海の底のように輝く。

うれしそうに、幸せそうに微笑って、少女がまた胸に耳を付けた。自分より少女の方が自分の鼓動を感じ取っているだろう。不思議な話だが心地良い気分だった。ーーー今自分が生きていることを、自分よりもよく識ってくれているひとがいる。微笑んで、幸せに思ってくれているひとがいる。ーーー自分の腕の中で。

鼓動が早くなっているかもしれない。構わない。それさえも感じ取ってもらえたのなら、どれだけ特別な存在だと思っているかということも感じ取ってもらえるのだから。

熱くなる頰に冷たい風が心地良い。

水の匂いと、香るやわらかな匂いが心地良い。

あたたかさが愛おしい。

今自分がここにいることを知って欲しいと思う以上に気持ちが溢れて、風に靡く儚い色に顔を埋め、抱きしめる腕にまた更に力を込めた。




〈 心臓のあげ方 君を抱きしめる理由 〉




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