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訪れたその日を待って 8


なにも言葉を交わさず、手を繋いで、ゆっくり歩く。

愛おしい。狂おしい。ーーー幸せ。

ーーーあなたのことが、本当に好きなのだと。

伝わってくれればいい。ーーーこれからも、伝わり続けてくれればいい。




特に時間や場所を指定したわけではない。広いキャンバス内だ、会えなくてもおかしくはなかったが、学部や学年を把握してしまえば遭遇出来る場所は以外と絞ることが出来る。

よりかかっていた壁から背中を離し、その女とーーー仲里千佳と、対面する。

「ーーーこんにちは、先輩」

ゆったりと微笑む仲里にこちらも薄っすらと笑い、首を振る。ーーー横に。

「それはこっちの台詞ですね。ーーー仲里先輩」

ーーーあの言葉の応酬の中で、彼女はどこか引っかかるものがあったらしい。

それは表面を撫でてわかるかわからないかくらいの微かな違和感だっただろうし、気にしなければ気にならないレベルの僅かなものだった。ーーー彼女はそれを、見逃さなかった。

敵わないな、と内心舌を巻く。彼女の観察力の高さは言わずもがなーーー彼女の勘の良さは、あまり見たことのないレベルで比類稀だ。

「『捻くれてるから』の一言で片付けた捻くれ者が、昔いたよ」

面映そうに彼女は微笑った。

「全面的にそれは同意。ーーーそのひともわたしと同じくらい、捻くれていたけどね」

それは誰だろう。愛すべきクラスメイトでは、ない気がした。

その彼女も今はいない。全て自分に託して、任せてくれたからだ。

林場の家に迎えに来てくれた時、彼女が林場になにか言って、林場がうなずいていたのは見えていたがーーーお礼や謝罪をしているのかと思っていた。が、実際それだけではなく、協力を願い出てくれていたらしい。

ーーーともりや林場くん、綾瀬ちゃんのいた高校に、仲里というひとはいた?

自分が彼女と大事な言葉を交わし、手を繋いで帰っていたその裏でーーー林場と、連絡を受けて協力してくれた綾瀬は卒業アルバムを捲り、他学年にまで手を広げ、そして見付けてくれた。

仲里千佳という、自分たちよりひとつ年上の女子生徒を。

「仲里さんの告白は二回じゃなかった。ーーー全部で三回だったんだ」

連絡を受けた彼女が家で自分に言った言葉に膝を付くような絶望感を感じた。がくりと項垂れ、呼吸は浅くなりーーーかつての自分を、恨んだ。

彼女に会う前。

『捻くれていた』という言葉では覆い尽くせないほど歪んでいた高校一年、二年時。

告白は何度もされた。それこそ覚えていないくらい。

顔も名前も知らないその人物たちをーーーさして興味もなく、言葉をやわらかく包むこともなくばっさりと切り捨てていた自分。

利用して、弄んだりはしなかった。ーーーただ無関心に言葉を落としただけで。

どうでもいい。そのことが、想いを告げてくれた相手をどれだけ傷付けたのか。

「思い出したーーーんじゃなくて、調べたんでしょう?」

仲里は動じることなく微笑んだままだった。

「あたしのこと覚えてもなかったんだろうから、思い出しようもないもんね」

「・・・・・・」

先輩、好きです。ーーー数日前、自分にとっては告げて来た一回目の時から、仲里は自分を試していた。

先輩。ーーー自分を覚えているか、否か。

そのテストに自分は見事落第した。いや、零点すら取れなかった。試されていることにすら気付かなかったのだから。

次の告白は、彼女に会うためのプロセスでありやはり試されていた。もしかしたらなにか引っかかるものがあるのではないかと。

実際はなにも微塵も気付かず、彼女と会うプロセスだけが成立した。

そして彼女と会った昨日。はじめて仲里は、自分の名前を告げた。

仲里千佳です。ーーーそれが最後のチャンスだった。

名前を聞いても気付かなかった自分に仲里は絶望し、絶望してーーーその怒りを自分と彼女にぶつけた。ーーー自分はともかく、彼女はとばっちりを受ける羽目になった。

仲里は三度も自分にチャンスをくれたのだーーーそのチャンス全てを棒に振るどころか気付くこともなく見過ごした自分。

酷く、残酷で。・・・・・・歪に、歪んでいる。

「あなたが入学して来た時、話題になった。その顔だもんね。そのくらいは当たり前。・・・・・・告白する子も大勢いて、でも全員ふられてーーーでも昔と違う噂が流れた」

冷徹で冷酷。ーーーそんな噂では、なく。

「『好きなひとがいるから付き合えない』・・・・・・そうやって、断るんだって」

それと同時に広まっていく。男友達何人かは彼女に会ったことがあるし、自分も仲間内では彼女について一言二言言うことがあった。

大好きなのだと。彼女がいいのだと。

彼女以外の、特に自分をそういう目で見てくる女が苦手だと悟ったのだろう。何気ない折に友人らは冗談めかしながら「蕪木は好きで好きでたまらないひとがいるから」と茶化すようにして周りに広め、自分も否定することなくむしろうなずいて肯定してーーーそんな風にして、『蕪木灯には好きなひとがいる』と広まっていった。

「ーーーなにそれ」

仲里の声が、固くなる。

「なにそれ。なにそれ、なにそれ。ーーーあたしはどうせ覚えられてもいないのに、あんな冷たい言葉で拒絶されたのにーーーそんな人間のあんたはどうせ誰も好きにならないだろうと思ってたからあきらめられたのに、あっさり他の女好きになって性格も変わって。ーーーなにそれ。ふざけてるの? じゃあ今まであんたに傷付けられた人間はーーーあたしは、全くの無駄だったってことじゃない!」

怒鳴る声の裏に霞んだ悲痛な色。

その勝気そうな目に涙を溜めて、仲里が叫ぶ。

「あたしのーーーあたしの気持ちは、全くの無駄になっちゃったんじゃない! あんたが、変わったりしたから!」

「ーーーごめんなさい」

頭を下げる。深く深く、下げる。

「ごめんなさい。ーーー謝って許される話じゃないと思う。俺は先輩を傷付けた。あんな酷い言葉と態度で傷付けた。・・・・・・謝ることしか出来ない。本当に、ごめんなさい」

でも、と、言葉をーーー心を、続ける。

「でも。それでも。ーーー彼女以外ならいらない。誰かから見てこれは間違っているのかもしれないけど、俺はそれでいい。これがいい。気持ちはうれしいけれど、彼女以外ならーーー俺にとって意味がない。欲しくない」

「ーーーっ、うる、さい!」

掴みかかられ、無理矢理上げられた顔にーーー手が振り上げられる。

ぱん。・・・・・・乾いた、音。なにかが破裂したような、音。

「うるさい! ぜったいーーー絶対に許さない!」

そう叫んで。

ぱっと涙を散らして駆け出したーーーその背中を、追わない。追っても追わなくてもどちみち傷付けるだけなのだから、追わない。

「・・・・・・ごめんなさい」

ごめん。ごめんなさい。申し訳、ない。

張られた頬は痛まない。ーーーもっともっと、痛む場所がある。

「ごめんな、さい・・・・・・」

ーーーもう二度と。

ひとの心を忘れたり、しない。



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