訪れたその日を待って 3
その日、夕食を終え後片付けも済み、彼女はソファーでくつろいでいた。長いソファーを横に使い脚を全部上げ軽く抱え、背もたれに身体の右側を付けるようにしてもたれかかっている。彼女がよくするくつろぎ方だった。
「みーさん」
そんな彼女と話をする時、自分も同じようにして同じソファーに腰かける。ソファーの上で彼女と向き合い、自分は左側を背もたれに付けて。
そういう風に向き合った自分に対し、クッションを抱きかかえていた彼女はぱちくりと瞬きをすると「なあに?」といつも通りにやわらかく返してくれた。
「あのさ。あのね」
「うん」
「・・・・・・ちょっと相談っていうか、お願いが・・・・・・」
「うん、引き受けた。なあに?」
「・・・・・・」
内容もまだないのに引き受ける。それがいい加減な気持ちから来たのではないことを知っている。
知っているからーーーつい、甘えたくなる。ーーーうれしくて。
「・・・・・・」
手をのばす。瞬きもせずじっとこちらを見上げて来る彼女に膝立ちになって近付き、その頰に触れた。やわらかくその頰を撫で、数日前のようにーーーそっと縋るように、彼女の首筋に額を付ける。
覆い被さるような体勢になっても彼女の身体が強張ることはなかった。代わりに数日前と同じく細くて長い腕がのび、自分の背中をやさしく撫でてくれる。
ーーー恋人では、ない。ましてや夫婦でも。
それでも家族だから許される触れ方。ーーー少しずつ、変わってきた距離感。
「・・・・・・告白、されて」
「うん」
「でも、好きなひとがいるからごめんって断って」
「うん」
「でも、納得してもらえなくて。・・・・・・全然、納得してもらえなくて。・・・・・・そのひとが、俺の好きなひとにーーーみーさんに会わせてくれって、言ってきて」
「うん」
「自分がどんなひとに敗けたのか、知っておきたいからーーーって」
「うん。そっか」
そっか。・・・・・・静かにそう答えた彼女は、安心させるようにぽんぽんと軽く背中を叩いた。
「うん、わかった。会うよ。機会を作ってくれる?」
「・・・・・・ごめんね」
「どうして謝るの? ・・・・・・」
言おうとしてーーーやめて、言葉を呑み込んだように彼女が間を空けた。なにを呑み込んだのか察してーーーきゅ、と、少しだけ強く抱きしめる。
自分のことは無視していい。付き合えると思ったなら付き合ってみればいい。
そう考えているのだろう。ーーーずっと、もう何年も。
家族だから。
離れはしないけれどーーーでも、束縛も約束も、されない。
怪我をしないで。
病気にはならないで。
心穏やかに幸せな日常を過ごして。
心身ともに、健康で健やかでいて。
それ以外のことは、望まれたことがない。
幸い、この数年間で彼女に恋人は出来なかった。彼女自身が避けているのだろう。彼女の心の大部分を占めてーーー彼女に心を全部あげたひとが、いるから。
好きだと言う。最初の頃は、わかった、としか言ってもらえなかった。
わかった。ありがとう。ーーー受け止めてはもらえるけれど、それ以上受け入れられはしない答え。
否定も拒否もされない。ただ、そういう気持ちがあることは認識される。・・・・・・そこからの、スタートだった。
今は。好きだと言う。知っていると、返って来る。
受け入れられたわけではない。でも、彼女にとってーーー自分たちにとって、少しだけ、最初よりもその距離は近付いた。
触れる頻度が増えた。
触れる時間がのびた。
許される距離感が縮まった。
ーーー数年かけて、少しずつ、少しずつ。
「・・・・・・みーさん」
「なあに?」
「・・・・・・ありがと、大好き」
「うん、知ってる。・・・・・・ありがとう」




