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ブレイブ・ガールの放課後


〈 ブレイブ・ガールの放課後 〉



目の前でぺしゃっと少女が跳ね返って潰れた。それを見るともなしに見下ろすと、足元で体勢を立て直しすくっと立ち上がった少女がその深さが印象的な大きな眼をこちらにまっすぐ向けて見上げて来る。誰とも似ていない少女独自の持つその無闇矢鱈な強さには昔から弱く、やれやれとため息を吐いた。

「・・・・・・大丈夫か」

「別に平気。それよりもう一度」

「・・・・・・何度でも言うけど、焦ったって仕方ねえんだぞ。お前みたいに小さくて細っこくて軽いのが頑張っても限界ってのがあって、」

「わかってる、ってば。それよりもう一度」

ふわりと少女が構え直す。はじめた当初より大分身に馴染んだ構え。怯みも怯えもしないその眼をじっと見つめーーー誰に似たんだと再びため息を吐いて手をのばした。

少女の身体が跳ねる。ぶわっと一気に懐に飛び込んだ少女がこちらの腕を取り勢いそのままに捻じろうとする。が、それより一瞬早くもう片方の腕で少女の胴を自分にしては相当手加減してゆるく凪いだ。たったそれだけの力で少女は流され吹っ飛んでしまうのは知っている。

が、少女もそれは身に染みてわかっているのだろう。あっさりと腕を離し、大きく沈み込んだ。一瞬、視界から少女が消え集中が途切れる。刹那、触れるほど近くから飛び上がるようにして接近した少女が無駄の大分減った動作で手にしていた模擬ナイフを振るった。若干ひやりとしながらも顎先ぎりぎりでそれを回避し、少女の腕を取って一気に肩の上に担ぎ上げた。

「わあ!」

流石に驚いたのか年相応の子供っぽい反応を示した少女を目線だけでちらりと見上げる。担ぎ上げられたままぽかんと固まった少女がややあってから不満げな納得いかない顔になる。

「なにこれ、ずるーーー」

「ずるいっていうのはなしだぞ。なんでもありなんだから」

割り込んで先手を打つと悔しそうな顔で少女が黙った。久しく見なくなっていた年相応の表情が垣間見れ少しだけ懐かしく感じる。


少し前から、自分に対して笑顔を見せなくなった。

義理の姉が再婚してから、だ。


「・・・・・・何度も言ってるが、ルールがあるわけじゃない路地裏バトルでお前が勝てるわけねえんだ。不審者対策なら走って逃げた方が建設的だぞ」

「わかってる」

下ろして、とぱしぱし叩かれたので少女を丁重と普通の間くらいの扱いで下ろす。 酷く不満気な顔をした少女がーーー自分の姪が、見上げて来る。

「あのな、だからナイフ術なんて覚えたってお前に使いどころなんか、」

「使うか使わないかじゃないの。知りたいか知りたくないかだけなの」

少し強い口調で姪が言い切る。

「私は、知りたい」

「・・・・・・ならちゃんと義姉さんに言って来いよ。部活だなんて嘘吐かずに」

週に何度か、中学の帰りにバスを乗り継いで自分の元にやって来るようになった姪。平日休みで一人暮らしのこちらに対しいろいろお願いはしやすいようだが、「ナイフ術を教えてくれ」と言われた時は流石に弱った。確かに世の中物騒なので多少の対抗策をするのは悪くない。が、それだったらナイフ術以外にももっと相応しいものがあるだろう。

「『叔父さんにナイフ術習って来る』って? どうしてって訊かれる」

「そっくりそのまま俺も言いてえよ。どうしてだよ」

「だから知りたいから、だってば」

「・・・・・・それを義姉さんに言えって」

「納得してもらてるわけないでしょ」

それはそうだろう。だからもう止めろ諦めろと言いたいしそれを言っているのもこの賢い姪はわかっているはずで、その上でそれを突っぱねているのだからこちらとしてもなるべく善処はしてやりたいが、それにしたってナイフ術だ。まだ十を少し越えただけの少女に教えるものではないし、義理の姉と今は亡き兄に対しての罪悪感がひしひしと。

「・・・・・・だからな、俺は、習いたいならきちんと説得してから来いって言ってるんだ。部活だってもう辞めてるのにそれ言ってもないだろ」

「・・・・・・通知表もらう時に自動的にわかるでしょ」

「それじゃ意味ねえだろ。そんな知り方じゃ義姉さんは傷付く。お前が言ってはじめて意味があるんだよ」

痛いところを突かれたのか姪は黙った。唇を噛んで、なにかを堪えるようにじっと静まり返る。・・・・・・なんだかこっちがいじめているような気になる。

「・・・・・・担任が」

「・・・・・・ん?」

「担任が、言う」

「なんて」

「・・・・・・『もっと積極的にみんなの輪に入れ、友達と過ごせ』って」

「・・・・・・」

小学生時代、姪は友人が多かったように思う。

頭がよく、運動神経は特別特化していないがすばしっこいのでそれなり。なにより性格も良く明るいので、クラスでは人気者だったはずだ。ーーー去年までは。

中学三年になった今は、どうだ。親にも言わず引退するより早く部活を辞め、クラスメイトたちとは自分から距離を置き実質ひとりで学生生活を過ごしている。

誰かからはぶられたわけではない。受験生だから遊んでばかりはいられないという理由でもない。姪が自ら選んだのだ。

誰も要らない。と。

「・・・・・・どうして友達と過ごさないんだ? 話そうと思えばお前ならいくらでも話せるだろ」

「じゃあ訊くけど、友達って絶対いなきゃいけないの? いいものだと思う、素晴らしいものだと思う。だけど、絶対、いなければ生きている資格がないくらい、絶対に必要なものなの? ーーー友達って、選んじゃいけないの?」

遠回し。否、酷く直接的に。

今自分の周りに居る人間は、自分にとって必要ではないと言った姪はーーー疲れたように溜息を吐いた。年齢に相応しくない、酷く疲れ切った溜息。

「・・・・・・こんなこと言っても屁理屈にしか聞こえないね」

「・・・・・・そうかもしれないな」

でも、本音なのだろう。家族の前では今まで通り明るく振る舞いーーーそしてそれを、ひとに合わせて学校でも振舞う余裕は、今の姪にはない。

余裕がない。力がない。立っているのがやっと。ーーーだから、放っておいてほしい。

「・・・・・・ミユキは」

「その名前で呼ばないで」

「・・・・・・ユキ、は。・・・・・・こんなもの習ってどうしたいんだ」

知りたいか、知りたくないか。そうだろう。それが理由だろう。多くの中の、ひとつ。

「・・・・・・わからない。でも」

微かに、少女が首を横に振った。ーーー深い深い色の黒い眼が、差し込む光を受けて深淵の中の湖のように光を映す。


「どこか遠くに行きたい。誰もわたしを知らないところ。嘘を吐かずに済むところ。・・・・・・ここじゃない、どこかに行きたい」


ーーーいつか。

少女はーーー自分の姪は。兄の忘れ形見は。

どこか遠くへ行くのだろうと、ふと風のように自然に思った。

幸せを名に持つ酷く生き辛い性格をしたこの少女は、いつかふらりとその時いた場所から離れてーーーそしてなにかを求めるように、帰って来なくなるのだろうと。

その時、少女がひとりでなければいい。ーーー出来れば嘘も強がりもなにもない、なにも必要ない誰かが少女の手を引いてくれていたらいい。

いつになるのかはわからない。その誰かは少女を一時だけ救い、あとの人生全てで忘れられないような跡を残すかもしれない。それでもいい。少女がひとりでなければ、それでいい。

「・・・・・・構えろ」

「え・・・・・・?」

「休憩は終わり。続きだ」

少しだけきょとんとした顔をしたあとーーー少女がこくりとうなずき、構え直す。

いつか少女がどこか遠くへ行く時に。なにも困らないように。

今与えるものが、その時なにかの力になるように。

誰かの力になるように。誰かを護ることでーーー少女自身の心も、守れるように。


いつになるのかはわからない。けれども、その手を引くひとが出来るだけ早く現れてくれたらいいと、


祈った。ーーー神様は信じていないから、少女を心から愛している亡き兄に向かって。




〈 ブレイブ・ガールの放課後 泣けないブレイブ・ガールの憧憬 〉




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