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訪れたその日を待って


〈 訪れたその日を待って 〉



「先輩、好きです」

「ありがとう。でも俺好きなひといるからそのひと以外とは付き合えない。ごめん」


大学に入学してから、あるいは彼女と別れて叔父叔母夫婦の家で暮らしていた高校時代、度々このような言葉を言う機会があった。

昔に比べれば、ひとの好意というものを素直に受け入れられている、と、思う。人付き合いの形も今までとは少しずつ変わってきていて、自分という中身に好意を抱いてくれているひとだって中にはいただろう。ーーーけれど、そうでない人間がいるのもまた確かだった。

そのことに腹を立てたり苛立ったりはもうしていない。けれどたまに、虚しくなる。

やわらかく、しかしきっちりと断り、ゆるやかにその場をあとにした。講義はもう全て終わっている。あとは帰るだけーーーなの、だが。

「・・・・・・」

ポケットからスマホを取り出す。逡巡してーーー自分の気持ちに素直に従って、その番号をタップした。

コール音。一回、二回ーーー

『はいもしもし、どうしたの、ともり』

やわらかい声。導かれるように、心がふわりとあたたかくなる。

「みーさん。今日休みだよね?」

『うん。ともりももう終わりの時間かな?』

「うん、そう」

『そっか』

電話の向こうで、彼女が微笑った。

『じゃあ迎えに行くよ。今から出るから、少し待っててくれる?』

「ーーーうん。ありがとう」

微笑む。ーーーなにかを察して、迎えに来てくれると言った彼女。

敵わない。敵わない。ーーー眩しくて、眼が眩む。

じゃあまたあとでと言い合って電話を切った。

あと少しで、会える。




彼女の家から大学までは車で二十分くらいだ。本当にすぐに出て来てくれたようで、きっかり二十分後には彼女はいつもの場所に車を停めた。

来てくれた。それだけで、心が満たされる。

「みーさん」

「おかえり、ともり」

「ーーーうん。ただいま、みーさん」

大学からほんの少し離れた道路。窓を開けそう言った彼女に微笑み、助手席に座る。ハンドルに手をかけ、停車したままでーーーこちらを見つめる彼女が、ゆっくりと瞬きした。

「大丈夫?」

ーーーいつもいつも、彼女は気付いてくれる。

「んーーー大丈夫」

そう言いながら彼女に身体を寄せた。身を乗り出して彼女の鎖骨に額を付ける。やわらかい匂いを吸い込み、その肌のあたたかさに安堵する。

ゆっくりと、彼女の小さな手が背中を撫でてくれた。その手がきれいな水のように流れ、強張っていた背筋から力が抜けてゆく。

どんな形であれ。どんな想いであれ。

思いを告げられる。断る。ーーーもし自分がされたらと思うと、堪らなく怖くなる。

昔は感じなかった感情。怖い。怖い。ーーー心細い。

弱みを晒してもそれは隙にはならない。

隙は致命傷にはならない。

致命傷で死ぬことはない。

ーーーそれはすべて、相手が彼女だから。

弱みを晒したらそっと抱きしめてもらえる。

隙を見せたらそのどこまでも深い眼がじっと見つめてくれる。

致命傷になる前に、形振り構わず助けてくれる。

ーーーそれはすべて、彼女が自分にして来てくれたことだ。

言葉だけじゃない。言葉だけじゃ終わらせない。行動して、形にしてーーー彼女が今まで、自分に費やして来てくれたもの。

不器用で生き辛く息苦しい、儚くて凛としてどこまでも高潔な彼女。

「ーーー大丈夫」

ゆっくりと身を離してーーー至近距離でそのすべてを呑み込み映す深い眼を覗き込み、微笑った。

「もう大丈夫。ーーーみーさん」

「なあに?」

「大好き」

「うん、知ってる。ーーーありがとう」




好きだと言うと、少しだけ微笑んでうなずいてくれるようになった。

一緒に暮らしはじめて三年目、少しずつ少しずつ、変化があった。

相変わらず、保護対象なのかもしれない。ーーーそれでも少しずつ、ほんの少しずつでも、変化はある。

いつか彼女に特別な意味で触れるその日まで。

少しずつ少しずつ、変化し続けよう。



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