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彼女の居る家


〈 彼女の居る家 〉



「ただいま」

そう言って玄関に上がりすぐさまリビングに入るとテーブルの下からぴょこんと彼女が顔を出した。

「おかえり、ともり」

「ただいま、みーさん」

にこりと微笑みかけられ心がうれしくなる。流し場の下に彼女はぺたんと座り込んでいた。

「なにしてるの?」

「お漬け物漬けてたの」

ぱたりと下ろされた視線を追うと、そこには大きな瓶があった。液体が満たされている。

「辣韮?」

「うん。うちカレー多いし」

確かに彼女はカレーが好きだから多い。というより驚きだったのは、

「え、辣韮って手作りだったの。俺それすごい好きなんだけど」

「そうなの? ありがとう」

にこりとうれしそうに彼女は微笑った。



一緒に暮らしはじめて知ったこと。

彼女は料理好きで、節約家だ。自分で作れそうなものは買わずに作ってしまう。

野菜の漬け物は自分で漬けてしまう。大きめの冷蔵庫にはいつもどんと濃い醤油色のとろりとした液体が満たされた入れものがあって、これなあにと訊ねたら中からチャーシューが出て来て流石にびっくりした。味付け卵もこれで作ってしまうらしい。よく炒飯や一品なにかが欲しい時に出て来るチャーシューはとろとろとジューシーでつい箸が進んでしまう一品だったので、まさかこれも手作りだったのかと驚いた。

計画的に料理するので基本余りものは出ない。出てもなんらかの形で料理され食卓に並ぶので結果的にはゼロだ。剥いた皮等も刻んできんぴらにしたり、芯の硬い部分も細かく刻んで使い切る。

ペットボトルのお茶類は基本買わない。パックを買って来て自分で煮出して冷蔵庫にストックしている。たまに気が向いた時は黒豆茶とか変わり種を煮出して、余った豆のガラは細かく刻んで米と一緒に炊いたりしている。米の磨ぎ汁は取っておいて植木にやっている。

包丁捌きも手馴れているが、皮を剥くのにはなんだかあまりキッチンでは普通見ないような小型ナイフを使うことがある。包丁ではない。小型ナイフだ。しかもそれを使う時は俎板すら使わず、くるくると皮を剥いたあと鍋の上で切り分けて入れてしまう。まるでアウトドアのようだが、彼女がそうしている時は大抵ぼんやりと別のことを考え込んでいる時だった。彼女にとってナイフを手の中で弄ぶ行為は思いを巡らせるのにちょうどいいものらしい。

裁縫は、本人曰く苦手。編み物もしたことはあるらしいが向いてはいなかったそうだ。

でもボタン付けはすいすいやってしまうし、ちょっとしたほつれなら繕ってまた着れるようにしてしまう。

「せせこましいかもしれないけどねー」とのんびり彼女は笑い、「限度が過ぎれば違うのを買うけど。でもお金って使えばなくなるものだし」と続ける。

ちょっと変わったところもあるが彼女の料理手腕は十分優秀で、裁縫も困ったところはなく、これはもう嫁の貰い手には困らないという感じだった。

「・・・・・・いや、俺が貰うけど。謹んで貰うけど」

「? なにを?」

「みーさんを」

「そ、そう・・・・・・」

なんだか少し困ったように彼女は顎を引いた。瓶に手を置きふうと息を吐く。

「・・・・・・どうしてそこにずっといるの?」

「え?」

「や、辣韮。もう終わったんでしょ?」

「うん・・・・・・」

かくんと彼女は軽く俯いた。

「脚・・・・・・痺れちゃって」

「痺れ?」

「うん。さっきまで正座してて」

少し気恥ずかしそうに彼女が唇を軽く尖らす。俯いたのは恥ずかしかったからか。なんというか、

「・・・・・・胸が苦しい」

「え? なんで?」

「・・・・・・なんでだろうね」

あなたのせいだ、とは、流石にこちらが恥ずかしくなるので言わない。かわりに歩み寄ると両手をのばし、不思議そうな顔でその手を見る彼女をそっと抱き上げた。

「ん、ごめん」

小さく悲鳴を上げた彼女が咄嗟に首に腕を回して軽く抱き付いて来る。そのまま部屋に連れて帰って閉じ込めてしまいたくなったがそれは今はやめることにする。いつかだ。

「や、いいよともり、放っておいて」

「ずっとあそこじゃ身体冷えるでしょ。駄目だよ」

「お、重いからっ」

「重くありません。下ろすよ?」

ソファーまで近付きそれにそっと彼女を下ろす。「んにっ」と奇妙な悲鳴を上げた。

「え、なに?」

「し、痺れっ。しびれてるからっ・・・・・・」

ソファーに触れた脚に痺れが走ったらしい。悶絶する彼女をきょとんと見下ろして、なんだかよくわからない感情がむくむくと頭を上げてーーー無意識の内に口の端が軽く上がったのを自覚すると同時、彼女の脚に触れた。

「んんっ! ちょ、やめっ」

「んー」

「んーじゃないのっ、はなし、んぅっ、ん、んー!」

「・・・・・・やばい、三木さんたちの気持ちがよーくわかる」

涙目になって悶絶する彼女を見下ろしながら心の底から理解し実感する。加虐心煽りまくりだこのひと。睨まれているが別にいいし怖くない。涙目でそうされてもご馳走様と言いたくなるくらいだ。いやいただきますか。

「・・・・・・早く言いたいなあ」

「ともりっ、んにゃっ、んんんっ・・・・・・」

「みーさん、たまにはこうやって苛めさせてね。我慢するからさ」

「なんでっ? なに、をっ? っ・・・・・・!」

たまには、こうやって。

戯れ合いの中で触れたい。特に深い意味も込めず。

それでも手がやさしくなるのは、そっと扱いたくなるのは、それは相手が彼女だから。

自分よりも小さく、自分よりも華奢な、けれど自分よりとてもとてもしなやかで力のあるひと。

彼女。

痺れが治まってきて、涙目のまま肩で息をする彼女をにっこりと笑って見下ろす。

「我慢するよ。だから、その時になったら覚悟してね」

「だ・・・・・・から、らに、を・・・・・・?」

愉しい。愉しい。

心から。




ソファーで体制を崩しれ涙目で肩で息をする彼女と、ソファーで体制を崩させ愉しそうな顔でそれを見下ろす自分に、やって来た笑顔の般若が正座をさせ彼女がまた脚を痺れさすのは、これから数分後のまた別の話。



〈 彼女の居る家 しばらくの日常 〉



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