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飼育係の親友



〈 飼育係の親友 〉



我らが愛すべきクラスメイトでありその中でも変人の筆頭とも言える我が親友の在宅事情は変わっている。

一軒家に一人暮らし。という段階であまりない。元々家族で住んでいた家なので車は大きいのが一台どんとあるしガレージにはバイクまである。たまに乗っているようだった。

車も家族が海外に行ったあと維持費等を考えて軽に乗り換えることも考えたようだが、免許を取ってもうその車に慣れてしまったあとだったのでそれはとりあえずお蔵入りになったらしい。維持費より愛娘の安全を取るのは、まあ離れて暮らす家族からしてみれば当然の選択だったようだ。そのあと撮影だほらなんだとその大き目の車が大活躍するようになったので結果オーライのようだった。

というわけでーーーなんというか、一人暮らしにしては豪華に見える。見えてしまう。

だが親友は結構倹約家だった。無理なく自分で出来る範囲でやっているのでそこまで辛そうには見えないし、そもそも金遣いが荒いタイプではない。仕送りもあるし本人もバイトをしているし、よっぽどのことがない限りお金に困る状態ではなかった。

料理も上手い。が、時間を短縮したいとも思っているようで、食材が安い時にまとめて買って冷凍保存する。ミートソースがそのひとつだった。牛肉が安い時に買って来ては大きな鍋であら越ししたトマトとことこと煮込む。香辛料を目分量で入れて味を整える様子はなかなか様になっていて、そしておいしい。親友の家で一緒にご飯を食べることは多々あるが、ミートソース作成日の時に当たると必ずその出来立てのミートソースが活躍するメニューになるのでうれしい。ミートソースをたっぷり使ったパスタとか、ラザニアとか。大好きだ。

というわけで、いじられキャラで愛すべきクラスメイトからはやんややんやといじられその度わあわあ狼狽えている親友ではあるが、どこに出しても恥ずかしくない女ではあるのだ。



「ただいま。それ、何中?」

「おかえりともり」

にこりと親友が答える。リビングに仰向けに横たわりその脚を押さえ付けられた状態で。

帰宅して来た青年ーーーちょっと見ないレベルの整った顔立ちを持った青年ーーーが、その真っ黒な眼をこちらに向けて首を傾げた。こちら、親友の脚を押さえ付けている自分を。これが真野辺りだったら一瞬で激昂した青年に殴りかかられているのだろうが、幸い自分なので不思議そうに見下ろされるだけでなにもない。

「おかえりともりくん。ユキの腹筋を手伝ってるの」

「腹筋?」

「うんー」

ぐい、ぐい、と、腹筋はしていないものの身体を横たえた状態で親友が身体をひねった。

「体型がちょっと問題」

「そうなの? みーさん痩せてない?」

「ユキの体重はー」

「言わんでよいの!」

がばっと一瞬で上体を起こした親友が焦った顔であわあわと遮った。腹筋のし過ぎでへばっていたはずなのだが元気だった。まだまだいけるな。

「いや、ユキ体重は問題ないじゃない。痩せ気味だよ」

「・・・・・・仮にそうでも、こう、見た目とは違わない? 筋肉か脂肪かでだいぶ違うでしょ・・・・・・」

「あー、なるほどね」

納得したように青年がうなずき、それから洗面所へ向かった。ややあって戻って来る。手洗いうがいを済ませて来たらしい。

「で、腹筋してるの?」

「うん」

こくっと素直にうなずく親友を見下ろして青年はやわらいだ顔をした。

「で、わたしはその手伝い」

「ありがと吉野」

「気にしないで。ユキが苦しむ顔を見下ろすのって私すごく好きだから今結構愉しい」

「た、楽しい?」

「愉しい」

「ともり! 見てともりこの笑顔! 平成の魔女とはこのことだよ!」

わあわあ狼狽えて騒ぎ出しばったばったと動ける範囲で暴れ出したおかしな魚みたいな親友を見目麗しい青年と見下ろす。

「ともりくん代わる? すごく愉しいよ」

「うーん、代わりたいのは山々なんだけど」

「ど?」

「愉し過ぎて我慢出来なくなりそうだからやめときます」

「ともりくんひょっとしなくても結構なドS?」

「みーさん大事にするのは当たり前だけど、その上で大いに困らせて困惑させて狼狽えさせてあわあわしてるのを間近でゆっくり眺めていたい」

「あー、わかるわかる」

「なんの! 話を! してるの!」

「みーさんって愛されてるよねって話」

「そうそう」

「嘘だあ!」



ぜえはあと肩で息をする親友の脚を開放してキッチンに進む。弱火でことこと煮込んでいるミートソースはもう少しで完成のようだった。

ぐったりとソファーに凭れかかる親友を愉しげに青年が見下ろし、なにやら話しかけている。平和だ。

そんな二人を見つめてーーー青年の忍耐強さに内心感心する。

戯れ合うことはあっても一線は越えない。頑張ってるなあと、思う。

「吉野、ミートソースどう? ってみーさんが」

未だ動けない親友の代わりにやって来た青年が鍋を見下ろす。蓋を開けてやると濃厚な香りが広がり青年がうれしそうな顔になった。

「みーさんの作るミートソース俺好き」

「私も。おいしいよね」

「うん、すっごく。で、ラザニアにしてもらう」

「わかる。チーズもたっぷり挟んで」

「わかる」

ラザニアの生地はよくある分厚い重たいものではなく、親友が作った薄く軽いものだ。濃厚なミートソースにはその淡白な生地の方が合う。

「ともりくんさあ」

「? はい」

「女嫌いだけど、私いて大丈夫?」

「全然平気」

こくりと青年がうなずいてーーーそれから微笑う。

一年前は見ることのなかった顔。

「俺、みーさんと三木さんが一緒にいるの見るのが好きだ。安心する。・・・・・・みーさん、三木さんのこと大好きなんだって見てて伝わってくるし、三木さんだってみーさんのこと大好きなんだなあってわかるから」

「・・・・・・そっか。・・・・・・それがわかるなら、そうだね、平気なのかもね」

うなずいて。鍋の蓋を閉じながらーーー眼を落とす。

失った片眼。もう二度と、手に入れることはない。

「・・・・・・ユキさあ。笑ったんだよ。どうしようもない時に。どうしようもなく、私を落とす奴の前で」

「うん」

「酷い言葉だった。けど、本当のことだった。・・・・・・だから私は、なにも返せなかった。そんな私を前にしてーーーそいつを、前にして。笑ったんだよ」

くすっと、

小さく笑いはじめてーーーくすくすくすくすと、笑い続ける親友。

次第に笑い声は大きくなっていく。その声が云う。その眼が云う。

酷い言葉に対して、云う。

ーーーそれがなに、と。

「・・・・・・そいつ馬鹿だね。そんな言葉にーーー悪意に敗けるようなひとじゃないのに」

くすりと、青年が笑う。

「信頼したひと相手には流されやすくて、いじられやすくて、あわあわわあわあ狼狽えて困った顔してーーー絶対に敗けない」

眩しいものを見るような眼で、親友を見つめる親友に焦がれる青年。

「最ッ高だよ」

愉しげにーーー青年が言った。

「ーーー欲しい?」

「欲しい。なによりも」

「そう。ーーーでもまだあげない」

「うん。わかってる」

青年を愛しているが恋してはいない親友。

まだあげない。まだ足りない。

青年が親友を落とすまで、まだあげない。

「だから押し倒すのは禁止。全て同意の上で。でなきゃ許しません」

「はい」

「だから、あの子が全部受け入れて落ちた時はーーーどこにでも、持ってっちゃってよ」

その時どこに親友がいるかーーーわからない、けれども。

「・・・・・・吉野ぉ。ミートソース、どう・・・・・・?」

ようやく少し動けるようになった親友がよろよろとやって来た。髪も少し乱れて疲労困憊といった様子だった。全くいじりがいのある親友である。

「もうちょっとかな。だから仲良くお話してた」

「お話?」

「うん。困りきって途方に暮れてるユキの顔っておいしいよねって話」

「そそるよねって話」

「なにこの酷いひとたち! どうしよう!」

今はここにいる。

その今を、心から楽しもう。



〈 飼育係の親友 親友の拾った青年 〉




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