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探しものの在り処


〈 探しものの在り処 〉



くつくつと煮える鍋の中をじっと見つめる。見つめて、見つめて、見つめてーーー不安になって竹串を刺した。里芋にまたひとつ小さな穴が開く。

「どう? 出来た?」

うしろから楽しげな声をかけてきた叔母に、我ながら心許無いくらくら揺れた声で答えてみせる。

「・・・・・・わかんない・・・・・・」



「あら、美味しいじゃない。上出来よ」

「・・・・・・辛い」

「ちょっと煮込み過ぎちゃっただけよ。あとはもう慣れの問題だから数をこなせば自然と上手くなるわ」

茶色の濃いぐずっとした煮物を口に運ぶ叔母にこれ以上塩分を摂取させたくなくてぱくぱくと自分で平らげる。少なめに作っているので問題はないが、辛い。確実にやり過ぎた。

「ともり、料理なんて少しずつ上手くなっていくものよ?」

「・・・・・・わかってるけど・・・・・・」

けど。でも。

彼女の元に帰った時、少しでも前と違った自分でいたいじゃないか。

不満ーーーそれよりも不安だろうかーーーが顔に色濃く出たのか叔母が微笑った。楽しげなやさしい笑顔。叔父は素敵なひとを伴侶に選んだと思う。

「ともくんは本当にユキちゃんのことが好きなのねえ」

「うん。大好き」

きっぱり答えて、それから付け足す。

「叔父さんが叔母さん好きなのと同じくらい」

「あらやだもう!」



「おっ、これともが作ったのか。どれどれ」

仕事から帰宅した叔父はそのお世辞にも上出来とは言えない煮込み過ぎた煮物にうれしそうに箸をのばした。食卓に並ぶひとつだけ不出来なおかずを見てぎょっとする。

「えっ、俺全部食べたはずなのに」

「あらやだ、最初に取り分けて取っておいたに決まってるじゃないー叔母さんをなめちゃ駄目よー」

のほほんと笑う叔母にいろんな意味で敗けつつあわてて叔父を見る。

「叔父さん、それ辛いから無理しないで」

「ん? ちょっと味濃いが美味いぞ! すごいなあ、煮物作れる男子高校生なんてそういないんじゃないか?」

うれしそうに言う叔父はどこか誇らしげだった。

「すごいなあ。受験勉強もして料理の勉強もするなんて。おまけにあれだ、イケメンじゃないか。こりやもてるなあ!」

「うれしそうねえ」

「うれしいに決まってるだろう!」

「私もね、奥山さんに『甥御さんは礼儀正しいイケメンねえ』って言われてねえ。ふふふー」

「事実だからなあ。仕方ないなあふふふ」

「ふふふ」

「・・・・・・叔父さん、食べ過ぎないでね」

昔から変わらない二人の間でただひたすら気になるのは会話の内容よりも叔父の塩分摂取量についてだった。



血の繋がったあの人間たちが自分を叔父と叔母に会わせなくなったのは都合が悪かったからだ。

がりがりに痩せこけたサンドバッグ。そう簡単に見せるわけがない。

だから会うのは数年ぶりだったにも関わらず、叔父と叔母夫婦はあっさり自分を受け入れてくれ、自分たちと遠ざけられていた期間なにがあったかをぼんやりとディアムから教えられ絶句し、そのあと泣いて、憤怒した。

「兄貴に会いに行く!」と、叔父が見たことのない形相で吼えたがそれを上手く取りなしたのもディアムだった。

関わらない方がいい。

あれはもう、言葉が通じる相手ではない。と。

叔父はそれでも感情が収まらなかったようだが、それでもなんとか堪え、その憤りは全て自分を受け入れる環境作りにぶつけてくれた。かくして一日でベッドなど必要なものが揃えられた。生真面目な顔で「家族会議だ」と招集をかけ、三人で『受験生の部屋にテレビを置くべきか置かないべきか』を話し合った。因みに辞退した。

勉強机は使わなくなっていたものがあったのでそれを貰い受け、部屋は物置になっていた一室を叔父が一日で掃除してくれた。自分ももちろん手伝ったのだが、叔父の身体から溢れる行き場のない感情の度合いが強過ぎてそれには及ばなかった。あの男と本当に血の繋がりがあるのか本当に疑問だ。

「料理の腕も上がったなあ」

「全然だよ。やっぱり勉強の方に時間が取られてて」

叔母に料理を習う時間なんて一週間に一度、それも二時間ほど取れればいい方だった。予備校もあるし、それもグループと個別と両方あるのでほとんど時間が取れない。

が、そんな中でも絶対に、絶対に取る時間があった。

「あ、これユキちゃんから届いたの。葡萄よ」

「あ、昨日言ってた」

彼女との電話の時間だけは毎夜十分だけは絶対に確保していた。彼女の都合でかけられない日もあるが、ほとんどの場合は毎晩言葉を交わす。

艶やかな紫色の葡萄に心が軽くなる。一番に手をのばすと叔父が微笑む。

「ともは本当にユキさんのことが好きだなあ」

「うん。叔母さんが叔父さんのこと好きなのと同じくらい」

「こりゃ参った!」



三人で葡萄を味わい、一息吐いたところでーーー叔父がふと言った。

「・・・・・・そういや、ユキさんの好きな食べ物はなんなんだ?」

「え?」

「ともが料理の勉強をするのはユキさんとまた暮らしはじめた時にユキさんの好きなものを作りたいからだろ?」

言われて、思考回路が停止してーーー青ざめた。

「? ともどうした?」

「え・・・・・・は・・・・・・」

あれ。ちょっと待て。

「・・・・・・みーさん・・・・・・なにが好きなんだろう・・・・・・?」

料理を彼女に作りたい。そう思ってはいたが、なにを作りたいかまでは考えていなかった。基礎を学ぶのに必死で。葡萄で浮かれていた気持ちが一気に引き落とされる。

「ーーーき」

「き? ーーーとも?」

「聞いてくる!」

勢いよく立ち上がり階段を駆け上って自分の部屋に飛び込んだ。机の上に置いてあったスマホを掴みコールする。いつもより早い時間だが、この時間帯なら、

『ーーーはい、もしもし』

「みーさん!」

受話器越しのやわらかい声。大好きな彼女の声。

『どうしたの? なんだか急いでるみたい』

「う、うん、あのさ、」

『なあに?』

「みーさんなにが好き?」

『映画』

即答だった。

映画学科の鏡だった。

「う、うん・・・・・・映画ね、映画・・・・・・ごめん食べ物で」

『食べ物?』

きょとんとした声。いきなり好きな食べ物を訊かれて若干困惑したらしい。

『カレーが好きだよ』

「カレー!」

初心者にもやさしいカレー!

「る、ルーは市販の溶かすやつ?」

『うん、調合は流石に・・・・・・』

「っしゃあッ!」

『て、テンション高いね。どうしたの本当』

「なんでもない!」

『そ、そう・・・・・・』

ごにょごにょと言葉を潰して彼女は一度黙った。そして。

『ともりは?』

「え?」

『ともりはなにが好き?』

「・・・・・・みーさん」

『食べ物でだよ』

電話の向こうで彼女が笑う。

『ともりは、なんの食べ物が好き?』

ーーー訊かれて。

答える言葉が、なにもないことに気付く。

「・・・・・・あれ・・・・・・」

叔母の料理は美味しい。けれど、出されたもの全てを美味しく食べるだけでーーー自分がなにが好きなのか、全く思い浮かばなかった。

呆然としてーーーそれから背筋がぞっと冷える。

なにもない。なにもない。ーーー自分の中に、なにもない。

なにがあったっけ。なになら、あるんだっけ。ーーー崩れ落ちていくものすらなにもない。自分の中のなにに縋り付けばいいのかわからなくなってーーー膝を付きそうに、なった。ーーーその時。

『ーーーともりはさ』

静かな声。やわらかい、大好きな声。

好き?

好き。

好きだ。ーーー本当に、好きだ。

『たくさん、食べるよね。どんな時でも、残さないで食べるよね』

彼女との距離を掴めずただひたすら利用しているつもりだったあの時も、

勝手に出て行って、ぼろぼろになって一緒に帰ったあとのあの時も、

彼女はいつだって、たくさんの料理を作ってくれた。

身体中に行き渡るその力。栄養素。

彼女の力によって、自分が生まれ変わってゆく。

『それを見るのが、私は好きだな』

たくさんお食べ、と。

満足そうな顔をしていた、彼女。

「・・・・・・好きな、食べ物。答えようとしたけど・・・・・・わからなかった」

『うん』

「だから・・・・・・協力、してくれる? 俺も料理、頑張るけど・・・・・・みーさんの料理もたくさん食べたい」

そして自然に、自分の『好き』を見付けたい。

『うん、わかった』

電話の向こうで、彼女が笑う。

早く会いたい。早く直接声が聞きたい。ーーー早く、少しでもいいから、触れたい。

好きなものは未だに少ない。けれど、それでも確実に好きだと言えるものがある。ひとがいる。

蕪木 灯の中に、探すまでもなく確実に有るもの。

「みーさん」

『なあに?』

「大好き」

『うん。知ってる』

うん。

それを、知ってる。



〈 探しものの在り処 知っている在り処 〉



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