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『普通』と『詐欺師』


〈 『普通』と『詐欺師』 〉


あのクソ生意気な少年が出て行った、と知ったあと自分が想いを寄せる後輩に会ったが、彼女はいつもと変わった様子はなかった。ーーー変わらない。そのこと自体がもう『普通』ではなかった。


「・・・・・・なんで出て行ったんだ?」

「喧嘩しました」

「喧嘩、って」

なんてことがないようにやわらかく頭を掻いて言う後輩を困惑気味に見下ろす。弟のように面倒を見ていたーーー実際には弟でもなんでもないのだからそこがまあ問題だったのだがーーーのに、いきなり喧嘩別れ。この後輩らしくなかった。

なんだろう。邪魔者が出て行ったのだから万々歳なはずなのに、全然しっくりと来ない。

「殴っちゃって」

「誰を?」

「あの子を」

「誰が?」

「私が」

「え! お前が?」

「私が」

「嘘だろお前が?」

「私が。私御影が」

嘘だろ。こちらと目を合わさずぽりぽりと頭を掻く後輩を愕然としながら見下ろしーーーその唇の端が、切れていることに気付く。

「・・・・・・え、なにこれ。殴り返されでもしたのか?」

だとしたらそれは問題だろう、いくら御影から殴ったとはいえーーーと思いながら訊くと、後輩は口元に指先を当ててああ、となんでもないことのように、

「別に、噛み付かれただけ」

なにか言ったようだが聞こえなかった。

「え?」

「なんでもないです」

「・・・・・・どうするんだ?」

「・・・・・・ん・・・・・・」

ゆるやかな動作で後輩が僅かに首を傾ける。さらりと微かな音を立ててその黒い髪が肩から流れ落ち、その色がふわりと変わる。深い色合いをした眼が瞬きすることなくなにもない空間を見つめ、なにかを思うように焦点が遠くで結ばれる。首を傾げたせいで華奢な鎖骨がさらにくっきりと浮かび上がり、その真っ白な首筋が晒されーーーどくんと心臓が鳴った。

「・・・・・・」

ふらふらと手をのばしそうになってーーー寸前で、堪える。ーーーまだなにも段階踏んでないだろ。

「・・・・・・御影さ」

「? はい」

「・・・・・・なんかあった?」

「? だから、喧嘩しました」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・」

元から不思議な雰囲気を持つ女だった。親しみやすい性格、社交性があるので他学科にも他学年にも顔が広い。

だがしかしその反面凛とした空気を持つ女で、そのどこまでも深い色合いの眼と近くで見るとわかる特別な色の髪がその雰囲気を不可思議なものにさせる。

それに加えまたさらに、ここ数ヶ月でその雰囲気をがらりと変えた気がする。

儚さと希薄さ。

さらに深まった不可思議な空気。

静かに、けれど確かに色濃くなった凛とした視線。

綺麗、だった。

思わず、眼を奪われてしまう程には。

「・・・・・・ほとぼりが冷めたら戻って来るんじゃないのか? なんというか・・・・・・家庭に問題がありそうだったし」

「・・・・・・うーん」

考えるように。いや、考えているのだろうーーーが、それは自分の言葉に対しての思考ではない気がした。

「・・・・・・あのさ」

「はい」

特に動じていない、ごく普通の眼。

三木といい御影といいーーーどうしてだか、彼女らは普通ではない。

どこか、逸している。

それがどこなのなはわからない。ーーーあまりにも自然に、彼女らは逸しているから。

三木の彼氏もーーーどこか、自然と普通から逸している男だった。

御影は、誰を?

「・・・・・・あのさ」

「? ・・・・・・どうしました?」

「・・・・・・」

その手を掴む。細くて小さくてーーーそして、

動じない。

いきなり、本人とっては先輩にーーー異性の、先輩に手を掴まれたというのに、驚きもしない。

「・・・・・・」

なんともーーー思われていないから。

「あのさ」

「・・・・・・どうしたんです? 本当」

「好きだ」

「・・・・・・」

「・・・・・・好きだと、思うぞ。あいつ。御影のこと。そういう意味じゃなく・・・・・・ひととして」

「・・・・・・それはないと思いますよ」

「出て行ったんだろ。逃げ出したんだ。・・・・・・御影と眼を合わせて居られなくなって、逃げたんだ。・・・・・・どうでもいい人間相手にそんなことするほど人間に興味持つ奴には見えなかったぞ。・・・・・・御影がどうでもよくなかったから、居れなくなったんだよ」

「・・・・・・」

かくん、と、後輩が軽くうつむいた。

「・・・・・・喧嘩したんだろ」

「・・・・・・はい」

「・・・・・・仲直りするまでが喧嘩だぞ」

「・・・・・・」

うつむいた後輩がーーー顔を上げる。

「・・・・・・ひろ先輩、なんだか先輩みたい」

「・・・・・・先輩だからな」



それからどうやったのかは、知らない。だがしかし自分の自主制作を手伝う傍ら後輩は確実になにか手を打ち続けていたようだ。

どうやったのかは知らない。だか、どうなったかは知っている。

クソ生意気なガキは、帰って来た。


窶れて、心身共にぼろぼろになって、アッシュブラウンの髪を乱してーーーそれでも、微笑っていた。

はじめて見る貌だった。


唯一無視出来なかった、唯一どうでもよく思えず逃げ出した人間の隣で、幸せそうにーーーぼろぼろに泣いたあとの貌で、微笑っていた。



〈 『普通』と『詐欺師』 その立ち位置 〉



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