『砂糖菓子をください』
〈 『砂糖菓子をください』 〉
その男が彼女と今は自分も住む家を訪ねて来たのは、彼女が退院した次の日のことだった。
玄関で出迎えたのは自分。黒髪に黒眼の長身痩躯の男が、玄関先で自分を僅かに見下ろしていた。
「どちら様ですか」
「・・・・・・ああ、お前がともりか」
合点がいった、というように男がうなずく。いきなり名前を言われ、つい驚きで一瞬思考が固まった。
「一緒に住んでるんだってな。あいつ、ちゃんと面倒見れてるか?」
「・・・・・・あの、なんの話でしょうか」
「? ユキの話だよ。ここユキの家だろ」
なんてことはないように言う男にーーー眉を顰める。二十代半ばから後半であろう年齢。スーツを着ていたが、何故かサラリーマンには見えなかった。
「・・・・・・あれ、要くん?」
ぱたぱたと後ろから軽い足音がして、少し驚いたように彼女が言った。ひょこりと、自分の後ろから顔を出す。
「本当に来てくれたの? 忙しくないの」
「忙しいよ。けど本当に来た」
「うわあ、ごめん、でもありがと」
「いいよ。愛すべきお前のためだし」
さらりと告げられた言葉にぐっと呼吸を潰される。・・・・・・狼狽えるな。
「ともり、このひとは、」
「元カレ」
彼女が軽く眉を顰めてなにか言った。自分の言語能力では理解出来ない言語で。英語でないのはわかった。男が肩を軽く竦める。
「嘘だよ。俺はユキの担任のセンセイ」
「担任? ・・・・・・元?」
「担任に元も今もあるかよ。担任は担任だ。いつまで経っても愛すべき生徒だよ」
ああ、そういう意味かーーー少しだけ納得して溜飲を下げる。愛すべき。彼女や三木と話しているとよく耳にする言葉。
愛すべきクラスメイト。
それを率いるーーー愛すべき担任。
「昨日ね、朝病院に来てくれたの。ともりと吉野が来る前に」
「吉野が連絡くれたからな。相変わらずきちっと仕事してくれる奴だよ。ユキ、お前の飼育係はちゃんと仕事してくれるいい奴だぞ」
「それは知ってるけど担任から不穏な単語がさも当然のように出て来ることに教え子は動揺を隠せない。どうしようこの大人」
ぽんぽんと軽口の応酬が続くのを無言で見てーーー思い出す。
ユキは黒髪が好きだよね。我らが担任も黒髪だったし
担任の教師が好きだったのかと、その時は思った。
「・・・・・・」
ひょっとして。・・・・・・結局、付き合うことはなかったのかもしれないが。
ーーーともり、このひとは、
ーーー元カレ
・・・・・・付き合うことが、なかっただけで、
「・・・・・・ともり?」
ふわりと、背後から肩越しに彼女が顔を覗き込んで来た。その深い色の眼が自分をいつもより近い距離から見つめる。
「どうしたの? 具合悪い?」
まっすぐな眼。美しい、その色。
「・・・・・・なんでもないよ」
ゆるり、と首を横に振る。自分が玄関に下りているので、中にいる彼女との身長差はいつもより小さかった。ーーーそれでも、自分の方がまだ高いのだが。自分と比べるまでもなく、彼女は本当に小さい。
「具合悪いのはみーさんの方でしょ。座ってなよ」
「ん、そこまで悪くないよ」
「それでも、だよ。二、三日は大人しくしてて」
「でもともりだってまだ荷物とか、」
「ユキ」
静かな口調で男はーーー要、と呼ばれていた男は、彼女を見た。
「大人しくしとけ。俺のため」
「・・・・・・はあい」
唇を僅かに尖らせ、彼女が小さくうなずいた。上がるように促し先にリビングに戻って行く。・・・・・・じくり、と胸が疼いた。
「・・・・・・ああやって『誰か』を出すと比較的言うこと聞くんだよ」
中に入りもう見えなくなった空間を見つめながら、要がぼそりと言った。
「誰でもいいよ。吉野とか、季那とか莉子とかあそこら辺のメンバーなら。会ったことあるか?」
「・・・・・・三木さんなら」
「そうか。それなら吉野か、或いはお前でもいいよ。俺の心の平穏ためにもとかそんな風に言えばいい」
「・・・・・・そういう風に誰かを人質に取るみたいなこと、みーさんは好きじゃない気がする」
「好きじゃないよ。寧ろ嫌悪感すら抱いてるだろ。・・・・・・ここがボーダーラインだ。これ以上を越えたらアウト。・・・・・・けど、一度あいつの内側に入れてもらえたら、大抵のことは許される。あいつに不必要に近付く人間には注意しろ。ひとは選べ」
「・・・・・・」
なにも返せなくてーーー無言で、小さく中に促す。要は足を踏み入れ靴を脱ぐと「お邪魔します」と言った。リビングに引き上げた彼女の耳にまでは聞こえなかっただろうが、それでも律儀な男だとは思った。
要に続いてリビングに入ると、チャイムが鳴る前までそうしていたようにソファーに彼女が座っていた。クッションをお腹の辺りに抱えて少し不満気な顔をしている。
「もう全然へいきなのに。気にしなくても大丈夫なんだよ」
「二、三日経ったら周りも通常扱いになるだろ。ガキじゃないんだからそのくらい我慢しろ」
「・・・・・・卒業しても尚担任は担任だなあ・・・・・・無駄に逆らえない・・・・・・」
ぶつくさと彼女が落としながらクッションをいじる。
「もう通知表気にしなくていいはずのに」
「元からお前は気にしてなかっただろ。それに今も昔も同じだよ、お前がなにかしでかしたら三十七人に一斉連絡が行くだけだ」
「要くん、来てくれて本当にどうもありがとう!」
痛々しいほどに明るい笑顔だった。
「まあいいや。どうでも」
「どうでもとはなんだどうでもとは・・・・・・いやでも、本当、来てくれて感謝してるのは本当だよ?」
「知ってる」
「うん、知ってるのを知ってる」
「それも知ってる」
うん、とうなずく彼女を見てーーーあきらめた。見ていてなんとなく複雑な気分になってしまうのだが、彼女らの言う『愛すべきあいつら』のひとりならば仕方がない。
「まあお前はぼちぼちやれ。・・・・・・で、こいつだろ、言ってた同居人は」
「ああ、うん。ともりくんです。この春から大学生。ともり、このひとは要くん。さっきも言ったけど高校の時の担任の先生」
「・・・・・・はじめまして、ともりです」
「どうも。要です。・・・・・・ユキと一緒にいる気か?」
ぐ、と、胸に何かがつかえた。いつまで、と問われなかったのが悔しい。
「はい」
「そうか」
予想外に要はすんなりと言った。うん、とうなずく。
「ならユキ、お前ちょっと上行っとけ」
「え? なんで?」
「なんでも。男同士の話があるから」
「嫌だよろくなこと言わなさそうだし・・・・・・」
「ユーキー」
「・・・・・・」
彼女が唇を尖らせた。
「・・・・・・ともりぃ」
「いいよ、みーさん。俺も話したいし」
むー、と若干ふくれた顔になった彼女が渋々うなずきソファーから立ち上がる。
「ともり、要くんにお茶淹れてあげてくれるかな? 新しいお茶っ葉しまってあるから」
「うん、わかった」
「ありがとう」
少し微笑みかけ彼女はリビングをあとにした。その足音が階段を上っていくのを聞いてーーー自分も立ち上がり、お茶の準備をする。
「・・・・・・紅茶でいいですか?」
「いいよ。それに敬語じゃなくていい」
あいつらだって敬語使わないからなあと要は言った。確かに彼女の言葉も三木に向けるような砕けた軽やかなものだった。
「・・・・・・俺、口悪いけど」
「言葉が悪くないんだったら大丈夫だろ」
妙に納得してしまった。ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注ぐ。カップを二つ出して運び、目の前に腰掛けた。
「・・・・・・蕪木 灯です。俺が苗字が好きじゃないのでみーさんは言いませんでした」
「『みーさん』、か」
頭を下げてそう言うと、要はひとつうなずいた。顔を上げ、深い色の出た紅茶を注いで出すと、ありがとう、と一言言って軽く口を付ける。
「あいつも避けるからな。名前で呼ばれるの」
「・・・・・・昔からですか」
「あいつが中学の時から」
中学。・・・・・・彼女は、高校は私立だか中学は公立だと言っていた。
「俺の知り合いが中学教師で、あいつの担任だった。・・・・・・悪い奴じゃないけど、あいつには合わなかった」
疑問が顔に出ていたのかもしれない。要はそう言って、「俺とそいつも合わないけど」と付け足した。
「でもその縁で俺は中学時代のあいつに会った。・・・・・・その時から既に周りには名前を呼ばせてなかったからな。・・・・・・いい名前だと思うけど」
「・・・・・・」
「でもまあ・・・・・・呼ぶのを赦されてなくて、でも周りと同じ呼び方もしたくないんだったらーーーいいんじゃないか、『みーさん』で。御影のみだって言い訳も効くし」
「・・・・・・あなたは赦されなかったんですか」
「俺? 俺は赦されてないよ。俺の知ってる中で赦されてる人間なんて誰もいない。・・・・・・でも、誰かにはきっと赦してるんだろうよ。だからこそ、それ以外を嫌がるんだ」
このひともーーーか。
「・・・・・・なんであいつがあんな風になってるか、お前は知ってるか?」
視線を揺らさずに要は言った。まっすぐな、どこか彼女と似通ったところのある眼だった。
「そこそこ長い付き合いになるけど、あそこまで憔悴仕切ったあいつは見たことがない。・・・・・・去年の年始、吉野が音信不通になったあいつを発見した時もーーー酷かった、らしいから」
「・・・・・・」
「去年の一月から三月も。あいつは不安定だった。・・・・・・違うな。もう、無理だった。自分を保つことが出来てなかった。・・・・・・ぼろぼろで、希薄で・・・・・・でも誰かだけをずっと見てた。・・・・・・吉野からお前の話を聞いた時、原因はお前かと思った。・・・・・・けど、違った。時期が合わないし、それにお前がいてもユキはああなった」
そのまっすぐな眼がーーー伝えるように、言う。
「あいつは絶対に、理由を言わない。どれだけ辛くて苦しくても。・・・・・・あいつのそばにいるってことは、そういうことだ」
「・・・・・・」
「自分の好きな女が辛く苦しんでてもなにも言わない。絶対に、言わない。むしろ隠し通そうとする。・・・・・・自分の眼の前でそうやって沈んでいく様をーーーずっとずっと、見つめ続けるんだ」
「・・・・・・」
「やめとけ」
「・・・・・・」
「ほとんどの人間にとってーーー無理な女だよ」
冷たくもあたたかくもない眼がーーー言った。
でも。ーーーきっと要にとっては、残念なことに。
その眼は嫌いじゃない。まっすぐにこちらを見据えて、自分になにかを言うひとを、嫌いになったりしない。嫌いになんか、なれない。ーーー彼女を知ってから。
「・・・・・・三木さんにも同じこと言われた」
その言葉にーーー要が一度、瞬きをした。
「『手ものばせない臆病者には、無理なんだよ』・・・・・・みーさんを好きになるってことは、そういうことだ」
どこか遠くを見ていて(それは決して、ここではない)。
誰か違うひとを見ていて(それは決して、自分ではない)。
決して自分を求めない。
愛してはくれるけれど恋してはくれない。
ふらふらと歩き出して、そしてもう二度と帰って来なくなりそうな、彼女。
「みーさんは笑って不幸を選べる。笑いながら、先が分かってても、終わりが見えてても、たったひとりでも、後生大事に抱え込んでそれを選べてしまう。はたから見たら馬鹿みたいで、ひとが聞いたら何故と笑ってしまうようなものをーーーみーさんは選ぶ。普通の人間は、許せない。俺だって許せない。ーーーけど」
決めたのだ。あの冷たい床に黒い髪を流し倒れる冷えた彼女を見た瞬間ーーー全てを、決めた。
「赦せないのも全部ぜんぶ含めて、愛するって決めた。他の誰でもない、みーさんがいい。みーさんじゃなきゃ嫌だ。・・・・・・俺を助けてくれたからじゃない。そうじゃなくて・・・・・・」
言葉が必要なのがもどかしい。だって、言葉がなくても伝わってほしい。こんなにも自分は、彼女を。
「・・・・・・みーさんが」
ともり。ーーー何度でも、何度でも、あなたが俺を呼ぶ。
「それだけで、世界は素晴らしい。・・・・・・それを、知った」
だからこそ。
「みーさんを心配してるのはわかる。みーさんに必要以上に近付く人間を選びたいのはわかるし、みーさんに幸せになってほしいのも本当によくわかる。・・・・・・でも、悪いけど、申し訳ないとも思うけど、俺はやめない。引き下がったり遠去かったりしない。絶対にしない。・・・・・・みーさんは俺に、幸せになってほしいって言ってくれた。・・・・・・俺は俺のためにも、みーさんのためにも幸せになりたいと思う。幸せになった俺を、みーさんに見て欲しいと思う」
だからさ、と、微笑った。
「ごめんなさい。やめられない。あきらめられない。けど、約束する。絶対にやめない。あきらめない。絶対、絶対にだ」
約束しよう。
なににだって誓う。
本当に、本当に、彼女が大事だ。
「・・・・・・あんただって、みーさんのこと特別な意味で好きだと思う。みーさんだって・・・・・・正確にはわからないけど、でも、あんたのことそういう意味で好きだったかもしれない。そうじゃないかなと、思った。・・・・・・でも、それでもやめない。譲らない。それだけが俺の『絶対』なんだ」
まっすぐな眼をまっすぐに見つめて。
そう、云った。
外の微かな物音だけが空間を満たすーーー沈黙。
「・・・・・・なにか、勘違いしてるようだけど」
それを破ったのはーーー彼女がいつも愛すべきと言う、担任の方だった。
「俺、結婚してるよ」
「え・・・・・・?」
「ちゃんと相手がいる。指輪はしてないけど」
ほら、と首元からなにかを要は引っ張り出した。銀色の細い鎖が出て来て、その先に同じく銀色のシンプルな指輪が付いているのを見て愕然とする。既婚、者?
「だから、今後あいつとどうにかなるとか・・・・・・そういうのはない。心配しなくても」
「あ・・・・・・」
呆然と呟いたこちらを目の前に、大して気にした様子もなく要は指輪を胸元にしまい込んだ。
「ただまあ、巡り合わせとタイミングが合えばそうなる努力はしてただろうなっていうのは否定しない」
「、」
「だからもうないよ。今心配してる理由はあいつが俺の愛すべき生徒だから。これに関してはなに言われても否定する気はないけどな。誰になんと言われようが俺はあいつらの担任だ」
「・・・・・・みーさんは、いつも愛すべきクラスメイトの話をする」
「そりゃそうだろうな。あいつ、あいつらのこと本当に大好きだから」
「・・・・・・みーさんも、あんたのこと心配してると思う。・・・・・・その指輪、あんたのじゃないだろ」
そう言うと、はじめて要の表情が変化した。飄々とした無表情から、少し驚いたような顔へ。その顔は数瞬で元の無表情へと戻った。
「よく気付いたな。一瞬だったのに」
「・・・・・・まあ、なんとなく」
「・・・・・・ま、それでも俺に愛する妻がいるのには変わりないから」
ふわりと立ち上がった要は、手を軽くのばしてーーーくしゃりとこちらの頭を撫でた。
「脅すような真似して悪かったな。過保護に思うだろうけど、あいつが変な男に捕まってないか心配でね」
「・・・・・・いいです」
「吉野が言ってたよ。『多分大丈夫だ』って。『駄目だったとしても、きちんと傷と痕にもなる』って」
「・・・・・・」
それは、
「・・・・・・最高の褒め言葉ですね」
傷も痕も痛みも全部独り占めすると知っている彼女の親友が言ったのだーーー愛すべき傷にも、痕にも、痛みもなると。
「まあ、精々頑張って愛すべき傷と痕と痛みになってくれ。・・・・・・やめたりあきらめたりしたら三十七人で三発ずつ殴りに行く」
「心得た」
うなずく。眼を見てーーー決して、逸らさず。
「それだけは、絶対にやめない」
「そうしろ、青年」
そんな風に言って、要は天井を仰いだ。
「おい、三十五番! 話終わったから下りて来い、そしたら砂糖菓子をやろう」
「・・・・・・懐かしいなあそれ」
ややあってとんとんと降りてきた彼女は少しだけ面映そうに笑った。
「『砂糖菓子をください』・・・・・・一番最初に習ったドイツ語」
「一番最初に言えるようになった、が正しいだろ。・・・・・・なんだその手」
「え? 砂糖菓子をくれるんでしょう?」
「あるわけないだろ馬鹿が」
「酷い!」
「やるなら今日はこいつにだ」
言って、なにかをこちらに手渡してくる。受け取ったそれはーーー結晶のような氷砂糖だった。
「『砂糖菓子をください』・・・・・・言えたら、人生が変わる」
「ーーー言える。俺は言える」
それをきゅっと握りしめてーーー顔を上げる。
「言ったことが、ある」
「要くん、なんのお話だったの?」
要が帰ったあと、彼女にも注いだ紅茶を片手に首を傾げた。ゆるやかに登る湯気の下、まっすぐな黒い眼が不思議そうに瞬く。
「・・・・・・砂糖菓子の求め方」
「求め方?」
「それを知ってたら、人生は変わる。・・・・・・そういう話」
「ふうん・・・・・・」
なにかを悟ったのか、或いはなんでもないのか。
それ以上その件について触れなくなった彼女が、ゆっくりと紅茶を傾ける。
砂糖菓子をください。
この手にください。
辛くてたまらないのです。
苦しくて立ち上がれないのです。
どうか。どうかこの手に。
助けて、ください。
「・・・・・・あまい」
口に含んだその砂糖菓子は、甘くて儚くて。
舌の上で、すぐに溶けて消えた。
それでもその味は、舌の上に記憶の中に確かに残る。
あのひとはわざわざ手をのばして、自分に砂糖菓子を渡してくれたのだと。
「・・・・・・みーさん」
「なあに?」
「砂糖菓子、要る?」
「? 持ってるの?」
「たぶん持ってる。でも、誰かにあげれるほど持ってるかはわからない」
「? そう・・・・・・」
「みーさん、砂糖菓子欲しい?」
「うーん、今はいいかな」
ほら、と、小さく彼女は手の中のカップを示して見せた。
「今はともりがくれた紅茶があるから」
「・・・・・・そっか」
砂糖もミルクもなにも入っていない、それどころか少し濃いかもしれない苦くて渋い紅茶。
それでも彼女はそれを口にする。一口ずつ、ゆっくりゆっくりと。
「みーさん」
「なあに?」
「それ、あったかい?」
「あったかいよ」
ゆるりとした湯気の向こうで、彼女が微笑う。
「あったかくて、温まるよ。ともり、淹れてくれてありがとう」
何度でも、何度でも、あなたが俺を呼ぶ。
「・・・・・・そっか」
だから自分は小さく微笑んで、口の中に微かに残った余韻を噛み締めた。
〈 『砂糖菓子をください。いつかあなたに、渡せるように 』 〉




