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海と空のあとに


〈 海と空のあとに 〉



友人が異国の少女を連れて帰って来たのは、その年の瀬のある日のことだった。


唐突に帰って来た腐れ縁の友人は、記憶にあるよりも酷く痩せていてーーーでも心の底から、幸せそうだった。

幸福なのだろう。心の全てが満たされているのだろう。

昔から不思議な色合いをしていた、灰色とその奥の青色の眼がーーーその心の全てで、少女を見る。

視界に入れるだけで、少女が自分の隣にいるだけで、少女が友人に微笑みかけるだけで、少女が友人に一生懸命になにか話しかけるだけで、その小さな唇が友人の名前を紡ぐだけで、恐らく無意識なのだろう、友人の長い腕がのび、その手が少女に触れる。そんな友人とそれを心地良さそうにふわりと眼を閉じて受け入れる少女は、誰がどう見ても幸せで満たされている二人だった。


「いい二人ねえ」

そんな孫の姿を見ながら、エリザベスがほうっと息を吐いた。孫がそっくりそのまま受け継いだ不思議な眼の色をやさしげに二人に向ける。

「とってもお似合いだわ」

「・・・・・・あいつ、見る目はあるのに運なかったからね。漸くって感じかな」

リビングのソファーに腰掛け、アルバムを覗く二人をダイニングテーブルから少し遠巻きに見守りつつ言葉を交わす。自分の姉がその二人の中に加わり、身振り手振りを加えつつ昔話をするのを少女は眼をきらきら輝かせ楽しそうにもっともっととせがみ、友人はそれをなんとか止めようとしていた。

「どうかしら。あの子が選んでもらったような、そんな風に思うけれど」

滑らかに言われた言葉を少し考えてーーーそうなのかもしれない、と、思った。

出逢いは偶然で。その先は、選択だ。

少女が友人を選んだ。

友人は少女に選ばれた。

手を繋いで、海も空も越えてこの街までやって来た二人。

海も空も越えて、友人といることを選んだ少女。

勇敢で、無謀で、無防備でーーー世界の残酷さも美しさも全てそのまま飲み込んでその眼に映す、凛と背筋をのばして眼を開く少女。

「・・・・・・」

なんというかーーー一癖も二癖もある友人が結ばれた少女は、同じように一癖も二癖もある人間だった。

「・・・・・・来年辺りにはひ孫が産まれてるかもよ」

「あら! ご馳走作らなきゃ!」

「気が早いなあ」

早いのはどちらかという話だが、まあ、なんというか有り得ない話ではない。まだ少女は学生のようだから友人が少し待たなければいけないだろうが、卒業した次の日には攫うようにして少女を自分の元に置いているかもしれない。当然のような顔をして。

「・・・・・・あいつの方が結婚先かあー・・・・・・」

身長勝負はいつからか曖昧のまま、人生の幸せについては友人が先のようだった。まあいいか、と思う。

焦ることはないのかもしれない。たくさんの苦しみと酷い痛みと残酷な傷のあとに、友人はこうしてかけがえのないものに選ばれたのだから。

ぼんやりと眺める視界の中に、幸せそうな二人。

少女がふわふわと手をのばし、その手を友人がそっと取り握る。

続いていけばいい。この幸せの形がずっとずっと。

腐れ縁の自分も、それを永遠に長く近くで見ていたいのだから。




・・・・・・そして今、自分の眼が信じられなくて眼を見開いた。

ディスプレイに表示された少女の名前。何度メールをしても、電話をしても、留守電を残しても、一切返事をしなかった少女。

怒りや憤りはない。ただ心配だった。ただただ少女の無事を知りたかった。

もたつく自分の手に苛立ちながらもスマホを操作し耳に当てる。

「ミユキ!」

『ディー、お願いがあるんだけど』

彼が亡くなった。・・・・・・そう報せてから数週間。その期間、一度も聞くことのなかった少女の声が無機質な機械を通した向こうで紡がれる。

開口一番なににも触れない。今までどうしていたのかもーーー友人のことについても。

『助けてほしい。助けてほしい子がいる』

「助けてほしい子?」

ーーー君じゃなくて? その言葉を咄嗟に飲み込んでーーー違う言葉を、選ぶ。

「ーーー勿論だ。事情を聞かせてくれる?」

繋がれない。今ここでその言葉を無視して少女自身を優先させたらーーー二度と少女は、自分に関わろうとしなくなるだろう。

自分の傷を無視して。

自分の痛みを無視して。

痕にもまだ成れない、血を流し続け塞がらないそれを抱えながら、それを哀しむこともせず。

助けてほしいと、漸く繋がった少女が求めたのはーーー自分ではなく、他人の救済。

自分の心を後回しにして誰かを優先させた、酷く不器用で酷く生き辛い少女。

友人が心の底から愛し、友人を心の底から愛している少女。

眼に滲んだ熱いそれは、電話の向こうの少女には伝わらない。掠れそうになる声を必死に奮い立たせ、少女の語る少年の経緯に耳を傾ける。

辛い。苦しい。

痛い。悲しい。

でも、助けてあげて。

少女が押し隠す、激痛みたいな悲鳴。

「ーーーわかった。今から言うことをよく聞いて。まずはーーー」


さあ、それでは、立ち向かおう。

傷も痛みも全てを後回しにして。

泣くことも逃亡することも後回しにして。

その誰かを助けるために、君の心を後回しにして。



ーーー大事なことは、眼に見えない。

それでも、大切なことはいつだってシンプルだ。



〈 海と空のあとに 君の傷と痛みと心の前に 〉




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