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 放課後になり、生徒たちは一斉に下校を始めた。姉さんは生徒会の会議があるといって校舎に残ったままだ。歩道に出ると雪が積もっていた。僕の内面を映し出すように真っ白な銀世界だ。


「あ、いたいた。くーちゃーん!」


「げ」


 思わず声を漏らしてしまった。

 今最も会いたくない人物に会ってしまった。並河かなみだ。

 かなみは白い息を吐きながらぼふぼふと雪の上を歩いてきた。


「やっほー☆ 愛しい愛しいかなみちゃんだよ♪」


 媚びるような……いや、実際媚びた眼でかなみは言った。

 僕はため息をつくと、

「いや、なんでここにいるの?」


「くーちゃんに会いに来たにきまってるじゃん!」


 ランドセルを背負いながら、かなみは「えへへ」と快活に笑った。


 ……調べられている。僕は絶望に落ちた心境で言った。


「もしかして暇なの? おたく」


「ひまって?」


「こんなところで油売ってる暇があるんだったら、家に帰って勉強でもしたほうがいいよ」


「大丈夫だよ」


 かなみは頬をふくらませた。


「あたし成績は優秀なほうなんだから」


 それはおそらく本当だろう。同年代の子供にしては、彼女は驚くほど大人びている。いや、というよりそんなものなのかもしれない。このころの少女の目線は、既に大人の高さへと移っているのだ。


「それにしても酷いよね。げ……だって。あたし傷ついたわ」


「だから?」


「純情な乙女心を傷つけた罰として、これからちょっと付き合って!」


 そう言いながら全く傷ついていない様子のかなみに向かって、僕は煩わしさいっぱいの視線を投げかけた。


 なんなんだ一体。どうして僕は、この礼儀に欠けた子供の相手をしなければならないんだ。嫌な気持ちになっているのは僕のほうなのに。どうして僕が悪いふうに見られるんだ。なぜみんなこうも自分勝手なんだ。


「……わざとか」


「え?」


 何と言われたか理解できない、という表情でかなみは僕を見た。


「僕が困っている顔を見たくて、わざとこんなことをしているのか。嫌がらせをしたいなら、友達にでもすればいいだろう」


「そんな! あたしはそんなつもりじゃ」


「これ以上は本気で怒るからね。親御さんにも文句を言うし、学校にも乗り込むかもしれない。それが嫌ならもうこんなことはやめるんだ」


 剣呑な言い方だと自分でも思っていた。あえて人を不快にさせる快感の反面、どうしようもなく自分のことが醜悪に感じる。


「ごめんなさい……」


 眼に涙をためながら、かなみは口を開いた。


「分かるかい? さっきまで君は僕と同じ事をしていたんだよ? 他人の心に踏み込んでいい領域には、限度ってものがあるんだ」


「あたし……あたしね」


 かなみはおどおどしながら、

「くーちゃんのこと本当に好きなの。家に行ったときも迷惑がられるんじゃないかってすごく怖かった。でもくーちゃんはわたしのこと迎えてくれた。受け入れてくれた気がしたの。パパもママも、あたしのこと眼に入ってなかったから」


 小さく、だがハッキリとかなみは言った。

 僕はその姿を昔の自分と重ね合わせる。


 ――最低な人間、という言葉が脳裏をかすめた。誰からも認めてくれない。誰も信じようとしない。そしてそんな自分に安心している自分がいてしまってた。


「僕は別に……そんなつもりじゃ」


「あはは。やっぱりくーちゃんツンデレだ」


 かなみは涙を拭きながら笑った。


「やれやれ」


 そう言って僕は彼女に背を向ける。


 そう、このまま帰ってしまえば。彼女はもう追いかけてくることはないだろう。明日から僕の日常は平穏無事な毎日に戻るはず。


 だが僕の口は、思考とは違う言葉を紡ぎだした。


「いくよ、かなみ」


 その瞬間、涙で滲んでいた彼女の表情は輝きに満ち溢れた。


「……うん! くーちゃん!」


 そう言って近づき、僕の手に手を重ねる。ひんやりとした触感が熱を帯び温かくなっていくのを感じた。僕はそれをとても懐かしく思った。

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