5
窓越しに差し込む日差しと、底冷えのするような寒さで眼を覚ました。ふと横に眼をやるといつのまに入り込んだのか、姉さんが幸せそうな顔で眠っていた。
「また、この人は……」
何度追い払っても鍵をかけても、ゴキブリのようにまた僕の寝床に忍び込んでくる。豊満な二つの膨らみと甘いシャンプーの香りがただよってきて、正直悪い気はしてない。だが年頃の姉弟がひとつのベッドで一緒に寝るというのは世間体として流石によくない。
僕は起き上がり布団を取り上げる。姉さんは団子虫のように体を丸めた。
「姉さん。起きて」
姉さんは唇をブルブル震わせながら、眼を開けこっちを見つめた。
「あ、あれ……空……?」
「勝手に人のベッドに入ってこないでって言ったよね」
少し脅かすように言う。
「ち、ちがうの! 朝ごはん出来たから空のこと起こしにきたら、空が可愛らしい顔で寝てるから! お姉ちゃんたまらず添い寝したくなっちゃっただけなの!」
明らかに前後の文がおかしい。僕は頭を押さえた。
「だからね。そういうのは姉弟でやるのはおかしいって言ったでしょ。姉さんも高三なんだから、そろそろ恋人くらい作りなよ」
姉さんは僕らが通う美宝学園の生徒会長で、その整った容姿とあいまって学園での人気はかなり高い。実際僕も姉さんの寝起きブロマイドを一枚一万円で売ってくれと言われたくらいだ。バレたら面倒なことになりそうなので止めたが。
「私は空以外の人とは恋人にならないよ! 何でそんなこと言うの!?」
姉さんは心外だといわんばかりに言う。成績優秀な生徒会長にも道徳観念はなかったようだ。
「ごめんよ姉さん。そんなつもりじゃ」
そんなつもりはあったが、僕は取り繕うように言った。
「じゃあ、私と恋人になってくれる?」
「考えとくよ」
「約束破っちゃ駄目だからね」
約束か。子供のころ結婚するとかいう約束を勝手にさせたられただけだ。法的拘束力は一切ないはず。
「嘘ついたら、たとえ空でも容赦しない」
「まあまあ落ち着いて。とりあえずお腹すいちゃったから、姉さんの作った美味しい朝ごはんが食べたいな」
「もう空ったら。『お姉ちゃんの美味しい体が食べたい』だなんて」
姉さんがポッと顔を赤らめた。
「で、でも空がそんなに言うなら、お姉ちゃんいいよ?」
ベッドの上からすりよる姉を無視し、僕は一階へと降りる。後ろから「待ってよ~お姉ちゃんを置いていかないで~」と年上とは思えない口調で姉さんが追ってきた。
冬の日の朝。親父と母さんの仏壇に姉弟揃って手を合わせる。最近の僕らの日課だった。
「さ、ごはんにしよ、空」
ひとしきり祈り終わると、姉さんは太陽のような笑みを浮かべた。僕は頷き、リビングに入り姉さんと向かいのテーブルに腰を下ろした。テーブルの上には既に焼きたてのパン、焙煎のコーヒー、半熟のスクランブルエッグなどが置いてある。
「空、本当に大丈夫? お父さんのことはあまり気にしないほうがいいわよ」
「大丈夫だって。流石に慣れちゃったよ」
はっきり言えば、身内を失ったショックがないわけではない。悲しい気持ちだってある。だがそれを言うと姉さんは自分のこと以上に僕のことを気遣ってしまうだろう。子供じゃないんだし、ここは平気な顔をしておくべきだろう。
「空は偉いね。葬儀のときも泣かないできちんとしてたし」
涙か。親父の葬式をしたのは、ほんの一週間前。あのとき僕らは家で食事をとっていて、急報で呼び出されたときにはすでに親父は亡くなっていた。姉はすぐさま葬儀社に電話、親類への連絡をしてくれ、あれよあれよという間に葬儀が行われたという印象しかない。
涙を流しそうになったのは、炉で火葬をするときだった。あんなので焼いたら熱いじゃないか、窮屈じゃないか。そして骨だけになった親父を見て、涙がこぼれた。
しかしそれもわずかのことで、うっすらと滲む程度のものでしかない。
あの程度の量なら日常生活で山ほど流してきただろう。
「学校行ったら、きちんと勉強するんだよ? 空」
「ああ、うん。そうだね」
「なんなら私がいろいろ教えてあげるからね。それこそイ・ロ・イ・ロ♪」
いやそこまで教えてくれなくてもいいよ。
「……うん、ありがとね」
だが僕の口から出た言葉は逆だった。
姉さんに逆らう怖さは十分わかってる。
「あと言っておくけど、浮気は絶対ダメだからね?」
姉さんが鋭い眼で詰め寄ってくる。僕は尋ねた。
「浮気するって、だれに?」
暗い瞳のまま姉さんは答える。
「決まってるじゃない。並河かなみとかいう雌豚によ」