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 夕食も終わり、姉と僕は親父の部屋にある仏壇の前まで来た。数秒拝んで位牌に線香を立てる。親父と、そして母さんに。

 僕は仏壇の上にかけられてある二つの写真を見た。母は僕が生まれてすぐ死んだ。写真が好きだったそうで、笑顔の似合う綺麗な人だと思う。自分の母親の容姿を褒めるのは気恥ずかしいが。


 親父の遺影はどこか寂しそうだった。今年の正月にみんなと取った写真を切り取ったものだが、全く楽しそうじゃない。かといって怒ったり悲しそうにしてるかといえばそうでもない。しいて言えば疲れている。あるいはどんな顔をすればいいのか迷っている。そんな表情だ。


 写真を見るたびに思う。この二人は釣り合わない。いや、釣り合わないどころか、どうして一緒になったのか疑問に感じるくらいだ。だが僕は、親父から死んだ母のことを聞いたことはなかった。二人が結ばれた経緯を知る機会は一生なくなったといえるだろう。


「ねえ空。本当に例の子供に心当たりはないの?」


「うん。だから言ってるでしょ」


 両手を合わせ、お祈りをすませた姉が言った。聞くだけ無駄なことだが、聞かずにはいられないのだろう。ちなみにこれを聞かれたのは夕食の時から数えて四十回ほどだ。そろそろ少しキレそうになる。


「じゃあ、なんで許嫁なんてのがいるのよ」


「親父に聞いてよ。僕は知らない」


「そのお父さんがいないから空に聞いてるの!!」


 耳元に大声で叫ばれ、キーンとする。鼓膜が破れたらどうするつもりだ。


「わかんないよ。あの子また来るって言ってたから、その時聞けば?」


「……いつ来るのよ」


「それは聞かなかったな」


「はあ。どうしてこう空って肝心なところが抜けてるんだろうね。まあそこが可愛いところだし、愛らしすぎて犯してあげたい気になるんだけど」


「後半は賛成できないけど、前半は反省するよ」


「でもねえ。せっかく私たちだけの愛の世界が開けるって時に、どうして婚約者を名乗る謎の少女なんて出てくるわけえ?」


「考えられるとしたら、遺産目当て――とか?」


「遺産? お父さん大した貯金なんて持ってなかったじゃない」


「そうだけど。何か勘違いをしてるとか。いきなり小学生の婚約者っていうよりは、現実味を帯びてるじゃない」


「あの子の親が、私たちの遺産を狙ってるってこと?」


「でも、冷静に考えるとそれはないかもね。あの子の着てる服、結構いい服だったし。少なくとも金に困ってるわけではなさそうだよ」

 

「……あの子よりも、あの子の親に言ってやった方がよさそうね」


「喧嘩はやめてよ。姉さん僕のことになるとすぐカッとなるんだから」


「ああ、空に絡んだ暴走族を壊滅させた話? やあねえ。私だって一応反省してるんだからね?」

 

 ちなみに姉さんは空手の達人で、段位は二段。普段は温厚で暴力など振るわないのだが、あのときだけは相当おかんむりだったらしい。本人たちは道を歩いてる僕に気なしに絡んだらしいが、たまたま近くを通りがかった姉さんに回し蹴りや正拳突きを何発も食らい、いまだに病院生活が続いてるらしい。


「もう暴力は振るっちゃ駄目だからね? ね・え・さ・ん?」


 少し意地悪してあざけるような口調で言う。


「うーっ。そんな言い方しないでよお。襲いたくなっちゃうじゃない」


「そんな意図は一切ないんだけどね」


 姉さんには御褒美に聞こえたらしい。


「んもう。それより、今日で冬休み終わりだね」


「ああ。明日から三学期の始まりだ」


 僕ら姉弟は勉学に勤しむ勤勉な高校生で通ってるので、課題をやり残すなんてこともなかった。


「また学校でもイチャイチャしようね♪」


「そうだね。部活動に励んだり、勉強とか精々頑張ろうね」


「えーっ。空、新聞部なんてそんなに面白いの?」


「見るのはそんなでもないけど、やるのは結構いいね」


 嘘だった。新聞の記事を書くことは別に好きではない。就職を有利にするために、比較的楽な部活を選んだつもりだった。それゆえやる気は0と言ってもいい。


「お姉ちゃんとしては空と二十四時間一緒にいたいけど、弟がやりたいっていうことには口を挟めないよお」


 姉さんが心底困った表情で僕を見た。


「理解のある姉で大変助かるよ」


 僕はぽんと姉さんの頭を撫でてあげた。その手を姉さんが掴む。


「やっとお姉ちゃんの魅力が分かったみたいね。じゃあ、そろそろ一緒に寝ようか」


「一人で寝るよ。おやすみ」


「あっ! ちょ、空!?」


 必死に袖を掴んでくる姉さんを引き剥がし、部屋へと戻った。

 その途端ゼンマイが切れたおもちゃみたいにベッドに倒れこむ。一体今日はなんて日だったんだ。頭がおかしくなりそうだ。


 しかし……姉さん一人だけでも苦労してるというのに、婚約者か……。僕は別に不細工ではないけど、そこまで整った容姿とは言いがたい。なのに何故二人の女から追いかけまわされなきゃいけないんだ。


「かなみ、か」


 僕は彼女のくったくない表情を思い出した。

 初めて告白された相手が三つ下の小学生だなんて。


「まさかあの子……ストーカーってことはないよな?」


 それならば頷ける。かなみの言ってることは全て妄想で、親父との約束云々も彼女の頭で描いた作り物。だったら話は簡単で、警察にいって然るべき施設で保護させればいい。


 というより、無視してればもうこないかも。彼女だって学校はあるだろうし、ずっとこんなふざけたことは出来ないはずだ。ここは僕と姉さんの家。彼女が何を言おうと締め出してやればいい。


 僕は自分で自分の考えに頷きながら、ベッドの横に置いたオルゴールを見た。親父の残した遺品の一つ。その中でこれだけが妙に気になって持ってきた。それに、僕はこれを見たことがある。どこかで。


 それがいつのことだったか、どんなシチュエーションだったか。何も思い出せない。それが逆に腹立たしい。しかし何度かネジを回してみたが、よくわからない曲が聞こえてくるだけだった。


 まあ、どうでもいいかそんなこと。

 下手な考え休むに似たりと、思考を働かせるのを諦め眠りにつくことにした。

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