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あんな約束をするもんじゃなかった。僕は学舎裏でため息をついた。
姉さんの大学合格を祝ってあげたい気持ちはあったが、いくらなんでも一日中姉さんの言うことを聞くなんて、軽はずみもいいところだった。姉さんは県内でもトップクラスの大学に一発合格、四月からは晴れて花の大学生になる。すると姉さんとの約束も当然叶えなければならないわけで、卒業式が終わった今、僕はこうして肩を落としているというわけだ。
冬の季節は終わりを告げ、校庭は桜の花片が舞っていた。まるで吹雪のように町中に降り注いでいて、春の到来を予感させる。絶好の卒業式日和だった。なんでこんな清清しい日に憂鬱な気分になるかなあと憤りを覚えるほど。
恭子は学校に通うようになり、以前と変わりない交友を続けている。僕に対する妬心も、少しずつ和らいでいるようだった。それでも、僕が女子とお喋りすると、今のは何の話だと色々詰問してくるが。どうやら僕のことを完璧に諦めたわけではなさそうだ。しかし前よりは砕けた調子で付き合っていけるようにはなったと思う。
そんなことを考えていると、
「空ー。待ったー?」
姉さんが息を切らしながら走ってきた。
僕は「そんなことないよ」と返事をする。
「ほんの二、三十分てところじゃないかな、今日は姉さんのために一日中奉公するって約束だからね。さあ、とりあえず合格祝いにどこかに食べに行こうか。姉さんには色々と助けてもらったからお礼がしたいし」
あれ以来、かなみとはメールや電話を頻繁に取り交わすようになった。玲子さんからは禁止されてるらしいが、大激論した末に認めさせたらしい。先程もメールが届いていた。今度合格祝いに何か持って行きますと、絵文字たっぷりに飾った文章で、かなみらしいと言えばかなみらしい。
「んっふっふ。まあ、どこがいいかと聞かれたらー」
姉さんは僕に腕を絡ませながらはしゃぐように言った。
「やっぱりホテルで一日中空とゆったり過ごしたいかなあ? もう高校も卒業したことだし。空も安心して子作りに専念できるね!」
「い、いや、まずいって。それに僕はまだ在学中だし」
後ずさってしまうのも無理からぬことだった。血のつながりはなくても姉弟には変わりないのだから。そんなにストレートに求められてきても、ほとほと困ってしまう。
ひとまず喫茶店でお茶でも飲もうと、二人で校門を抜けようとした。その途端、姉さんが絡める腕にぎゅうっと力が入った。
「姉さん? どうしたの?」
「……空」
姉さんは離すまいとばかりに、僕の肩に頭をもたれかけてきた。ははあ、そういうことか。僕は姉さんの豊かな黒髪を、乱さないよう注意して撫でてあげた。
「ん……ふぅん♡」
姉さんは心地よさそうな声を漏らす。
「うふっ判ってきたわね、空。女の喜ばせ方を」
「女の喜ばせ方じゃなくて、姉さんの喜ばせ方でしょ?」
僕は突っ込んだが、姉さんが喜んでくれるなら何でもいいか、と思い直した。
校舎を出て、取りあえずは喫茶店に向かう。姉さんと一緒に、降雨のように桜散る町並みを歩きながら、僕はかつてない多幸感に包まれていた。本当の家族じゃなくても、人は幸福になれるのだ、としみじみ感じながら。
僕の心境を知ってか知らずか、姉さんはみっちり僕の体に身を寄せていた。