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 僕と草薙さんは気絶した玲子を背負って、土手に停めてあるベンツの後部座席に乗せた。脱力してると女性でも結構な重さだった。起き上がったりしないかとビクビクしたが、寝入っているところを見ると、眼を覚ます心配はなさそうだ。


 助手席に座ると、姉さんが言った。


「さあ、行きましょうか。出来るだけ早く空の傷の手当をしたいわ。とっとと家まで送り届けてちょうだい」


「承知いたしました。すぐにお出しします」


 一同乗り込んだことを確認すると、草薙さんは車を出した。並んで後ろの座席に乗車したかなみが、僕に話しかけた。


「くーちゃん」


「ん?」


「あの、ごめんなさい。まさかママがくーちゃんを殺そうとするなんて、思ってもみなかったの」


「かなみが謝ることじゃないさ」


「そのことですが」


 草薙さんはルームミラー越しに、僕を見ながら言った。


「こんなことを申すのはおこがましいのですが、今日あったことは、亘理さんたちの胸の内に秘めていただけますか」


 車はゆっくりと夜道を直進していた。傷は致命傷とまでいかなくても、怪我は怪我だ。憎く思わないでもなかったが、僕は草薙さんの申し出を受け入れた。


「いいですよ。他人ならともかく、血を分けた親ですから」


「ありがとうございます。さしあたっての慰謝料、迷惑料、治療費などは十分な額を並河財閥からお支払い――」


「いらないわ」


 姉さんが口を挟んだ。


「その代わり、二度と私たちの前に顔を出さないで。故意にしても偶然にしてもよ。約束を守れないようならどんな手段を用いても報復させていただくわ」


「かしこまりました」


 草薙さんはハンドルを操作しながらペコリと頭を下げた。


「しかし安心しました。お嬢様にとってもそちらの方がよいと思ったので」


 後ろにいるかなみをちらりと見て、彼は少しだけ顔をほころばせた。僕もかなみを横目で見ると、足元をじっと見つめ、なんだか元気がないように思える。気になって声をかけてみた。


「どうしたのかなみ。さっきから黙り込んで」


「うん……」


 かなみは俯いたまま、力なく呟いた。


「考えてみたんだけど、やっぱり婚約解消だよね。パパもママもあんなにくーちゃんたちに迷惑かけたんだから。でも安心して。あたし、もうくーちゃんたちの所には来ないから」


 こんなにしゅんとしてるかなみは初めてだ。

 僕は言った。 


「かなみ、本当にそれでいいの?」


「え……」


「親だ子供だと馬鹿げた意識に縛られちゃってさ、僕らは犬や猫じゃないんだから、自分の意思で考えて行動できる生き物なんだよ。そりゃあ空回りすることもあるさ。所詮は他人同士なんだから。だけど、それでも親子なんだから。骨が折れても関係を築いていかなきゃいけない。人間が帰るためには居場所が必要だし、愛情がないと、どんどんやさぐれるからね」


「くーちゃん……」


 かなみは、顔を上げた。


「だから、そんな悲しそうな表情しないでよ。かなみにそんな顔は似合わない」


「うん……わかった」


「そういうわけでさ、いいでしょ姉さん? かなみとは、ちょくちょく会ってやろうよ。悪いのは親で、子供に罪はないんだから」


「ええ」


 姉さんはちらっとかなみを一瞥した。


「空がそうしたいなら、私はそれでいいよ。でも私はもうすぐ受験だから。あんまり遊んであげれないわよ」


「朱音さん、大学に行くんですか?」


「まあ、一応受験生だからね。有名大だから流石に手を焼くと思うけど、それでも受かるわよ。受かるけど、その間に空に手を出したら……ふふふ、どうなるか判ってるわよね?」


 姉さんは前を向いていたが、フロントミラー越しに唇をひくひくさせてるのが見えた。ありゃ、これは大学行っても直りそうもないな。姉さんも大人になったら少しは落ち着いてくれるかと思ったが、それはなさそうだ。


「うん、大丈夫。朱音さんとは、真っ向から勝負がしたいから!」


「あら言うじゃないの。私だって髪の毛先ほども譲る気はないわよ」


 かなみはやっと笑顔になり、姉さんに対して宣戦布告をした。


「もっと大きくなったら、くーちゃんをぞっこんにさせてやるもん」


 かなみは僕に視線を移すと、「ねー」と明朗に言った。


「いつかそう思わせるように頑張るもん。朱音さんよりいい女になるために、明日からめいっぱい努力する」


「それは大変結構な心構えだけど」


 僕は苦笑しながら茶化した。


「かなみがいい女ねえ」


「あー、くーちゃん今馬鹿にしたなー!」


 かなみはむくれて僕の胸を軽く叩いた。ふざけ合う内に、車は自宅に到着していた。草薙さんは少し手前に停車させ、僕らを下ろした。

 

「くーちゃん」


 かなみがウインドウを下ろして言った。


「なに?」


「……バイバイ、だね……」


「何だよ。今生の別れみたいに。そのうちまた会えるさ」


「あはは。ねえ、くーちゃん」


「ん?」


「こっちにきて」


 かなみは手招きした。


「こう?」


「もっと近く!」


「……どうしたのさ。まだ何か――」


 かなみの顔に後数センチというとこまで近づいた時だった。


「んっ……」


 身を乗り出して、かなみは僕の頬に口付けをした。


 唇が軽く接触したのみだった。そして、すぐ離れた。


「……えへへ」


 かなみは、はにかみながら笑った。


「あー! 何やってんのよあんたわああああああああああああああ」


 一瞬のことで、止める間もなかった姉さんは憤激した。


「やばーい! 草薙、早く出しなさーい!」


「は、はい。お嬢様!」


 慌てて草薙さんは車を発進させた。

 ベンツは吸い込まれるように夜の街を走っていく。


 姉さんはそれを見送りながら、

「ちっ」


 と舌打ちをした。だが、追いかける気はないようだった。


「……まあ、今回だけは見逃してやるわよ」


 姉さんにも判っていたようだ。

 あれはかなみなりの「お礼」だってことに。


 僕はキスされたほっぺを触った。

 初めて会った時はかなみと唇同士の接吻をした。今のは子供が背伸びした口付けに過ぎない。だが大人の真似事をして悦に浸るよりは断然いい。仮に悪かったとしても、そう思いたい。


 僕は視界から消えるまで、退散ように滑走するベンツを見送っていた。

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