21
「さてと」
ひとしきり啼泣を続けたあと、僕は携帯電話の呼び出しをかけた。
相手は、先日アドレスを登録したかなみだった。
――もしもし、くーちゃん?
かなみの声は嬉しそうだった。
「うん、僕だよ。今大丈夫かな?」
――もちろん、くーちゃんからの電話なら何時間でもOKだよ!
「ははは。ところで、今家にいるの?」
――そうだよー。
「じゃあ、聞きたいことがあるんだ。他の人に訊かれたら困ることだから、出来るだけ目立たない場所に行ってもらえるかな」
――もしかして、あたしのこと、頼ってくれるの?
かなみは期待を込めて聞いた。僕は素直に答える。
「ああ、今はかなみだけが頼りだ」
――……くーちゃん……わかった。ちょっと待っててね!
どうやら張り切ってくれてるようだ。
僕はしばらく待機した。
――もーいーよ。
「周りに誰もいない?」
――絶対いない。
「じゃあ訊くけど、あれから何か変わったことはある?」
――変わったこと?
「玲子さん絡みの話とか」
――ママのこと……うーん。
かなみは考え込んだ。しばらくして、
――そういえばね。あたし、ママに訊いてみたの。あの古臭いオルゴールのこと。あれ、くーちゃんのお父様とママが昔付き合ってたころ、プレゼントとしてお互いに渡したものらしいよ。
「オルゴールをお互いにプレゼントか。ロマンチックだね」
――そうだよねー。あのママがそんなことするなんて、ちょっとびっくり。
「そうだね。いや、それよりも」
僕は話題を変えた。
「かなみの会社の社長って、誰が跡を継ぐの?」
――うーん、やっぱりパパじゃないかな。お爺ちゃんからも信頼されてるみたいだし。もう半分決まってるみたいだよ」
なるほど。このままいけば道隆さんが社長になるのか。
「そうなんだ。ところで、弟の宗二さんはどうなるの? 社長の弟になるとしたら、やっぱり重役ぐらいにはなるのかな?」
――あの人は、そういう形式ばったお仕事は苦手なんだって。今も会社の手伝いはほとんどしてないらしいし。
「まあ、向き不向きはあるからね。じゃあ宗二さんは並河財閥を引き継ぐ気もないってことか。道隆さんが社長に就任するのはほぼ決定なんだね。おじいちゃんが退任したらすぐにでもってところ?」
――どうだろうね。おじいちゃんも病気で入院してるし。
「入院? 何の病気かわかる?」
――ママに絶対人に言っちゃいけないって言われてるの……。
かなみは口ごもった。だがすぐに、
――でも、くーちゃんには教えるね! だって、あたしの婚約者だもん!
「……かなみ」
――えっとね。しん……しんふぜん? しんきんこうそく? なんだっけ。ああん、あと少しで出掛かってるのにー!
「わからない?」
――まって。くーちゃんの役に立てるんだもん! 何が何でも思い出す!
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
そう、慎重に考えて欲しい。
心不全と心筋梗塞では、深刻さの度合いが違ってくる。
――あ、そうだ。心筋梗塞だ。パパとママが難しい顔で話してたもん。『ゆゆしきじたい』だって!」
「由々しき事態、か。やっぱり、そういうことなのか……」
――そういうことって、どういうこと?
「ごめん、もうひとつ。おじいちゃんが心筋梗塞になったのはいつ?」
これが最後の質問で、そして最も重要なことだった。
――今から、二年前。その頃から、ママはくーちゃんのお父様とも会ってたみたい。それからパパもむっとする顔が増えた。
「そうか。やっぱりな」
――くーちゃん、なにかわかったの?
「……まだはっきりとは言えない」
そう、もしかしたら完全な的外れかもしれない。
「でも、もし僕の考えが当たってるとしたら」
僕は意を決して、その考えを口に出した。
「……さんを、今から言う場所に来るよう伝えて欲しい」
――今から?
「かなみ。すまない。今は説明する時間も惜しいんだ。頼む」
僕は固唾を飲んでかなみの返事を待った。
しばらくして、彼女は答えた。
――いいよ。
「本当?」
――その代わり、あたしも行くから。くーちゃんと一緒に――
「駄目だ!」
思わず受話口に向かって怒鳴ってしまった。
――ひぅっ。
いきなりで驚いたらしく向こうで小さな声が漏れた。
「……ごめん。大きな声を出して。かなみには本当に感謝してるよ。でも、これは僕の問題なんだ。その代わり約束する。一通り終わらせたら、包み隠さずかなみに全部話すって」
――わかった。
かなみはしっかりとした口調で言った。
――すぐにでも向かうよう伝えておくね。それと、もうひとつ。
「ん?」
――……無茶は、しないでね。
「ああ、ありがとう」
電話を切ると、僕は深く息をついた。
少しかっこつけすぎじゃないか。
全部一人で終わらせてからだ、なんて。
しかし自分から足を踏み出さなければ、この先一生後悔が残るかもしれない。ならばどんなに傷つこうが、真実を僕は知りたかった。例えそれがどんな結果を招くとしても。
時刻は七時半。窓の外はしんしんと雪が降り積もっていた。正直こんな時間に外に出たくはない。だけど行かなくちゃ。行って、けりをつけなくちゃ。
「……よし。行くか」
僕は覚悟を決めると家を出た。