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 僕は姉さんに首根っこを捕まれ、リビングに連れ戻された。


「痛っ」


「これどういうこと?」


 たった一人の弟を容赦なく壁に叩きつけ、息が顔にかかりそうなほど近づけ問い質す。姉さんに憧れる生徒なら完全に堕ちているところだ。


「そう申されましても、私めには何が何やらさっぱりでございまして」


 思いつく限り丁寧に頭を下げた。

 敬語どころか日本語が完全に間違ってると思うけど。


「あぁん!? お姉様に楯突く気かゴラァ?」


 姉さん。口調が完全にヤクザだよ。


「ちょっとー、開けてよ。二人ともいるのは分かってるんだからね」


 ドア越しに響くかなみの声。

 でもどうして僕たちがいるって分かったんだ? 疑問に思うと姉さんが僕の持つ携帯を指差した。


「それよ」


 見ると、通話は繋がったままだった。


「あ……」


 会話は筒抜けだったわけか。僕は慌てて電話を切る。


「くーちゃーん。早くあけてー。婚約者が凍え死んでもいいのー?」


 爆弾発言だった。姉さんは唇をピクピク痙攣させている。


「いいわ。開けてやろうじゃない」


 姉さんは残忍な――もとい、腹を括った顔で僕を見た。


 もうどうにでもなれ。僕は玄関に戻るとやけくそにドアを開けた。


「ありがとー。くーちゃんだぁーいすき♪」


 中に入ると僕の胸に抱きつき、顔を埋めながらかなみは言った。


「あ~、くーちゃんの匂い。もうたまんない」


「は、はは。て、うわ!?」


「キャッ!」

 

 そのとき、後ろから飛んできた包丁がかなみの頭を掠めた。

 ギリギリでかなみを床に押し倒したから大事には至らなかったが、あと数秒気づくのが遅かったら……。僕は壁に突き刺さった凶器を見て顔を蒼くした。


「ちょっと! 何するの!?」


 かなみは僕に抱きついたまま抗議した。


「あら、ごめんなさい。害虫を威嚇しようとしたら、手元が狂ったわ。天才の私でも過ちを犯すことってあるのね。これは新たな発見だわ」


 全く悪びれる様子もなく、姉さんは両手に包丁を持ちながら立っていた。そのうちの一本をかなみに突きつける。いや、どうして僕の家で火曜サスペンスが始まるんだ。しかも自分が主役とか嫌過ぎる。


「次は外さないわ。空から離れなさい」


「むーっ」


 頬を膨らませ、かすかな抵抗をするかなみ。だがそれも少しのことで、

「……わかった」


 かなみは渋々僕から離れた。だが流石に恐怖を感じたのか、ペタリと床に尻餅をついてしまった。

 これはまずいんじゃないか。明らかな一触即発状態だ。日を改めさせた方がいいんじゃないかと思ったが、その心配は杞憂に終わったようだ。姉さんは包丁を引っ込めると、かなみに手を差し出した。


「並河かなみさんね? あなたには話を聞きたかったの。さあ上がって」


「いいの?」


「いつまでも玄関にいたって仕方ないもの。ただしちゃんと事情を説明するのよ」

 

 かなみはじっと姉さんの手を握り、ふっと笑った。


「いいよ――くーちゃんにもね」


 そのまま姉さんはかなみをリビングに通す。


「まずは自己紹介といきましょう。私は亘理朱音。空の姉よ」


 僕の隣に座ると姉さんが言った。かなみも反対側のソファに腰掛ける。


「並河かなみです。初めまして、お義姉さん」


 姉さんはピクリと眉を動かした。


「あなた、空の婚約者とか嘯いているようだけど、今日はどんな用で来られたのかしら?」


「あははー。婚約者の家に遊びに来て何がいけないんですか? それとお義姉さんは身内も同然なんですから、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう」


「ああ、駄目。空、この餓鬼ここで殺すわ」


「姉さん、ストップ!」


 包丁を構える姉さんを慌てて制止する。


「どきなさい! 言っても判らない子供には、大人として躾けてあげなければならないのよ!」


 言ってることは正論だが、明らかに方法が間違っている。


「くーちゃんも大変ねー。こんなドぎつい人が姉なんて」


 かなみが暢気に言う。火に油を注いでいるとも知らないで。

 姉さんは僕をきっと見つめた。


「空、そんなことないわよね!? 今だってお姉ちゃんのことぺろぺろくんかくんかして、孕ませて妊婦さんにしてやりたいって思ってるわよね!?」


「どんな変態なの僕!?」


 姉さんの過激な言葉に僕は顔を赤くした。

 かなみは僕に向き直る。


「くーちゃんは朱音さんみたいなおばさんじゃなくて、あたしみたいなちっちゃいロリがいいんだよね? こんなババアより、十五歳未満じゃないと萌えないんだよね? オールドミスよりロリータ命だよね? つまり、妊娠させるならあたしの方だよね?」


「殺すわ」


 姉さんは包丁を振りかざしながら言った。


「空、私が投獄されてもちゃんと毎日会いにきてね」


「わーっ!? 待って待って!」


 僕は後ろから姉さんを羽交い絞めにした。だが姉さんは激しく抵抗を重ねて、

「離して空! ロリに女子高生の力を思い知らせてやるんだから!」


 振りほどこうとする姉さんを何とか宥めようとする。するとかなみが、

「そうだくーちゃん。この前食べに行ったチョコレートパフェ、美味しかったねー。今度は食べさせっこしようね☆」


「食べ……させっこ……!?」


「羨ましい? でも残念、あなたみたいに歳を取った人にそんな可愛らしいこと出来ないもんねー?」


「そんなことないわよ! 空、今度一緒にやりましょう?」


 姉さんはギラギラした眼で僕を見た。

 僕は黙ってため息をついた。


 最初からこうなることは判っていた。話し合いなんて出来る状態じゃないって。だが何故こうもかなみは姉さんを煽るんだろう。普通なら婚約者の身内には嫌われないようにするものだけど。


「かなみ、本当の所を教えてくれ。君は一体何をしに来たんだ?」


「え?」


「用もなしに来たんじゃないだろう? 僕に話があったんじゃないのかい?」


 じっと大きな瞳を見つめて言うと、かなみはゆっくりと僕に向き直った。


「……あたしの事を、もっとくーちゃんに知ってもらいたかったの」


 かなみはおずおずと言った。


 寂しそうに俯くその姿は、どこか弱々しげに見える。


「だからね」


 続けてかなみは言った。


「今晩、泊めて!」


「……何ですって?」


「……は?」


 かなみの提案に、僕と姉さんは仲良く疑問を返した。


「お互いのことを知るには、一緒の家で暮らすのが一番でしょ? パパやママにはくーちゃん家に泊まるって言ってあるし、明日はちゃんと草薙に送ってもらうから!」


「草薙?」


「いつも送り迎えしてもらってるの。あたしが一番頼りにしてる人」


「そうなのか。でもいいのかな。幾らなんでも一人で泊るなんて」


「別にいいのよ。あたしが家にいてもいなくても、あの人たちにはどうでもいいことなんだし」


 かなみは表情を硬くした。どうやら、家族にはあまり好かれていないようだ。しかし、だからといって、外泊を許すなんて無責任じゃないか? 小学生になる娘を、それもどことも判らない他人の家に泊めたがる親なんていないはずだ。かなみの親と面識はないが、どうやら愛情に満ちた家庭とは言えないようだ。


 僕は姉さんを見た。姉さんもまた、僕に視線を向けていた。


「どうする? 姉さん?」


「何が?」


「僕は泊めてあげてもいいと思ってる。姉さんは?」


「私は」


 姉さんは口篭った。


「ダメ……ですか? やっぱり」


 かなみは消え入りそうな声で呟いた。

 姉さんはそれを見てこほんと咳払いをする。


「しょうがないわね。一泊だけよ」


「姉さん……」


 僕はちょっぴり見直した。姉さんも僕以外の人に優しく出来るんだ。

 と思ったら、急に姉さんから表情が消えた。


「その代わり。もし空に手出しをしたら、タダで済むとは思わないことね」


「う、うん」


 かなみは短く答えた。


 姉さんも何だかんだで心が広い、と思っていたら小学生相手に恫喝をするなんて。やっぱり姉さんは姉さんだ。

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