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 家に帰り、郵便ポストを開けたところで僕はため息をついた。


「またか。毎日毎日ご苦労なことで」


 正体不明の封筒を握り締めながらぽつりと呟く。

 手紙を返し裏面を見ると、宛名はやはり僕の名前になっていた。


 夕焼けは周りの住宅地をほのかな朱に染め上げていた。時刻は五時十一分。恭子と別れてそのまま帰ってきたのだが、そのころには寒さが我慢の限界を越えるレベルまで来ていた。空は粒ぞろいの結晶を紙吹雪のように降らせ、散った雪は形の崩れたアイスクリームのように、少し黒ずんだ白さで積もっている。

 

 今日は来ないのでは、という期待もあった。だが差出人は律儀だったらしい。こんなものは読む必要がない、とわかっているが早く犯人を突き止めてお灸を据えてやりたい。僕はその場で封筒を開け中の手紙を読んだ。

 そこにはこう書かれてあった。


「折角の警告を無視したな。ならばこちらも行動に移す」と。


「なんだこれ?」


 一言で切り捨てると鞄の中に乱暴に突っ込む。

 行動に移す、とは穏やかではない。身に覚えもないのに危険なことはないはずだが、可能性は無いとは言えない。どちらにしろ気になる文面だ。


「最近変なのに絡まれてるよな。かなみといいこのストーカー女といい」

 だが今ドアを開けた時、中からぬっと人の顔が出てきたら?

 そしてその手には光るナイフが――。

 いや待て。ホラー映画でもあるまいし、そんな都合の良いタイミングで刺されることなんてあるもんか。


「まったく、馬鹿馬鹿しい」


 ぶつぶつ言いながらドアを開け玄関に入ると、

「ストーカーがどうしたの?」


 姉さんが、顔を突き合わせていた。


「ぎっ……」


「ぎっ?」


 姉さんは首を傾げた。


「ぎゃあああああああああああああ!」


 僕は声を張り上げ悲鳴をあげた。

 その後腰を抜かして姉さんにリビングまで担いでもらったことは、我ながら情けなかったと思う。

 

 姉さんは僕をリビングに入れ、コーヒーを淹れてくれた。インスタントではない。電動ミルで豆を挽いた本格的なものだ。僕は角砂糖を一個だけ入れ喉の奥に流し込む。薄い甘みが優しく舌を滑り、いくらか心が落ち着いてきた。うーん、やっぱりコーヒーは焙煎に限る。


「つまり、昨日から妙な手紙が送られてくるようになったのね」


「……うん」


 僕はコーヒーを皿の上に乗せながら答えた。

 姉さんはそれを見ながら冷静に話を進める。


「差出人の名前も無く、筆跡も定規を当てて書かれていたのよね? まあこんな直接的な方法を取ってる時点で、空の知り合いなのは確実だけど」


「そうとは限らないと思う」


 僕は言った。文面はやや過激だが、誰かの悪戯という線もある。


「いいえ。これは間違いなく空の知ってる人間の犯行よ。でなければ、わざわざ“他の女”なんてターゲットを絞ったりしないでしょう?」


 姉さんは昨日送られてきた、一枚目の手紙を指差した。やはりストーカーということで話は決まってしまうのだろうか。僕は薄くため息をついた。


「まあ、今のところ問題はないけどね。何かあったら協力をお願いするよ」


 僕がそう言うと、姉さんは憤慨した様子で立ち上がった。


「そんなの駄目よ! 空に危険が迫っているのかもしれないのに、大人しく待っていられないわ! いい!? 今日からは別行動禁止よ! 常に私のそばにいなさい。食事のときも、着替えのときも、寝るときも、ト、トイレのときも、お風呂のときも……うふふ」


 最初少し頼もしいなあって思ったことが恥ずかしくなるくらい、姉さんは不気味に僕の体を凝視しだした。まずい、かなみやストーカー女に気を取られてばかりいたが、こいつも十分危険人物なんだ。

 むしろこの手紙が姉さんの仕業だったとしても僕は何も驚かない。


「姉さんと常に一緒とか、僕がストレスで死んでしまうよ」


「なに? お姉ちゃんのこと邪険に扱う気? もういっそのこと空の童貞奪って私なしじゃいられなく――」


 姉さんがそこまで言った時、僕のポケットで携帯電話が振動を始めた。見てみると知らない番号からの着信だった。嫌な予感がして姉さんのほうを見ると、死んだ眼で僕を睨みつけている。


「誰から」


「わ、わかんない」


 携帯は着信を続けていた。電話に出るまでかけ続けるつもりだろうか。


「とりあえず出てみるよ」


 姉さんからの圧力に耐えかね、僕は通話ボタンを押してしまった。そのとき適当にやり過ごしておけばよかったと、後から猛省するはめになるとは知らずに。


「もしも――」


「くーちゃん?」


 相手は名前も名乗らずにそう訊いてきた。少し甲高い子供の声。間違いない、こいつはかなみだ。


「…………」


 僕が黙っていると、彼女は追撃の手を加えてきた。


「おーい、わたしの大切な婚約者のくーちゃーん?」


「……あなたのお掛けになった電話番号は現在使われておりません」


「うん、間違いない。くーちゃんだね。あたしよ、かなみよ!」


 居留守を使おうとしたが、駄目だったらしい。かなみは嬉しそうに声を張り上げた。一体どういう意図で電話してきたのだろうか。


 戸惑う僕の横で姉さんが、

「誰から? 誰から?」

 と、小声でしつこく問い詰めてきた。


「ちょ、ちょっと待って姉さん」


 僕はとりあえず電話の主との会話を進める。


「どうしてこの番号を知ってるんだ?」


「調べたの。探偵を雇って」


「ああ、そうなの……」


 今時の子供はこんなに行動力があったのだろうか。別に番号を知られたところで困りはしないが、相手の考えが分からない以上は気味が悪い。


「それで何か用? 今忙しいんだけど」


 なるべく声を押し殺しながら僕は尋ねた。先ほどから姉さんがいぶかしむような視線を送ってきている。出来れば早く電話を切りたい。


「くーちゃんの声が聞きたくてねー。用もあるんだけど」


「僕に?」


 かなみの用など、碌な事であるはずがない。

 姉さんは苛々した様子で僕の挙動を見ている。


「そうそう! それでね、今から直接話がしたいなと思って」


 かなみは天真爛漫といった様子で言った。こちらが自分の用件を飲むのを前提で話をしている辺り子供らしい図々しさだ。だが今は構ってる余裕はない。


「今はちょっと――本当に忙しいんだ。また今度にしてくれ。じゃあ――」


「朱音さんとイチャイチャしてるだけなのに?」

 

 電話を切ろうとした直後、かなみは切り込むような口調で言った。僕はハッとした。なぜ――なぜ姉さんの名前を知っているのか。


「どうして姉さんのことを知ってるんだ?」


 声に出してからしまったと思った。姉さんはピクリと眉を潜ませる。


「ちょっと、誰からなのよ。代わりなさいよ!」


 姉さんは僕から携帯を取り上げようと手を伸ばした。

 だがそうはいかない。僕は姉さんの手を避けながらかなみに言った。


「ま、また今度ゆっくり話をしよう。だから今日は――」


「――実は今くーちゃん家の前にいるの。だから開けてくれない?」


「はあ!?」


 叫ぶと同時にインターホンが鳴った。慌てて玄関まで駆け寄る。


「ちょっと、空!?」


 後ろを姉さんがピッタリついてくる。

 

 玄関口まで来ると、覗き穴から外の様子を眺める。


「やっほー」


 正直嫌な予感はしていたが、案の定かなみがとても嬉しそうな笑顔で手を振っていた。

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