異世界に来ました、引きこもります
「なんだこれ……」
昨日の飲み会でちょっといつもより羽目を外し過ぎただろうか、と窓の外の眺めに目をやりながら考える。
一人暮らしをしているアパートの部屋から見える風景は確か多くのマンションやアパートが立ち並んでいる様子で、しかも3階にある部屋のため目の前のマンションの階段が良く見えるポジションにあったはずだ。
間違っても今目の前にあるように水平線まで見渡せ、下の方に目をやると遠く離れた位置に辛うじて町の様子が見えるような風景ではないはずだ。
視線を部屋の中に戻すと昨日しっかりと意識を保って戻ってきたのと同じ部屋の様子が目に入る。
お世辞にも片付いてるとは言えない部屋の様子に安堵しつつとりあえず部屋の外はどうなっているのかと扉を開けて外の様子を伺って、そして無言のままに閉めた。
昨日までは格安アパートではよくあるコンクリートの廊下が左右に伸びていて、目の前に広がるのは家の窓よりは少し開けた、しかしあまり変わりない景色が広がっていたはずだ。
それがなぜ赤いフカフカそうな絨毯がひかれ、煌びやかな照明で飾られ、そして多くの人が私の部屋の方をじーっと眺めていたのか。
あれ、私が知らない間にこのアパートって億ションか何かに改装されたの?私家賃とか払えるかな……と現実逃避をしてみようと試みるもさっき扉を閉じてから外がやけに五月蠅い。
いや、きっと気のせいだ、これは夢、そう夢だ。
「勇者様、ようこそいらっしゃいました!」
バーン、と音が鳴りそうなほど勢いよく扉が開けられ煌びやかな服装の男性が意気揚々と入ってきて良く分からない話をし始める。
妙齢の女性の部屋に男性が一人で堂々と入ってくるとはいい度胸をしている者だ。
誰かちょっと前の私に、いくら混乱していようとも一人暮らしの女性が玄関の扉の鍵をかけ忘れるなんて防犯意識に欠ける行動をしてはいけないと叱ってほしい。
というかこいつは誰だ。
「あぁ、申し訳ありません勇者様。状況の説明をさせて頂くのでどうぞこちらに」
ささ、どうぞどうぞと促すようなセリフを口にしながらこの失礼な男に有無を言わさずに私は引きずられ今度は煌びやかの一言じゃすまないような大広間に連れられていく。
一目見た瞬間に気づいた。
あ、この部屋こんな部屋着以下のボロボロのTシャツと短パンじゃ来ちゃいけない場所だ、と。
「と言うわけで勇者殿、魔王討伐に向かってくださいますね?」
「お断りします」
あの大広間に連れてこられておそらくお偉いさんだろう人が来てほぼ無理やり頭を下げさせられてからツラツラと、この国について建国から現在までを語られた結果そう尋ねられたって答えは一つに決まっている。
簡単にまとめると、ここ数十年魔王が各地を侵略して暴虐無人なふるまいをしててもうそろそろ歴史あるこの国にもその手が伸びてきそうなんで勇者としてあなたを呼び出しました、どうにかしてください、と言うことらしい。
「な、なぜですか!?」
「いや、なぜって……。その魔王とやらを討伐するのはとても大変だとご自身でおっしゃったじゃないですか、つまり命の危険があるわけですよね? それだけのことをする分利益があるっていうなら考えますが無理やり呼び出されて行けと言われて行く訳ないじゃないですか」
ブラックスレスレの私のバイト先でも自給と賄いと社員割引と言う利益があるから私は働いているのであって、ただ働きした上に命までかけるとかそんなことするわけがない。
「と、言うわけで諦めて私を部屋ごと元の世界に帰してください。良く考えたら今日の授業私発表有るんで何が何でも行かなきゃいけないんです、異世界行ってましたとか言ったら一発で単位落としかねないんですよ」
第一、そっちが勝手に勇者勇者とあがめたててるけど私ただの女子大生だから、現在装備は布の服とかそんなレベルの無地のTシャツに短パンだからね、靴すら履いてないというこの現状。ヒノキの棒もあれば勇者の初期装備行けそうな気がしてきた。
「わ、分かった! では魔王を討伐した暁には君を確実に元の世界に戻すと約束しよう」
「なんで無理やり連れてこられたのに返してもらう為に命をかけなきゃいけないんですか、それは少なくとも呼び出した以上責任もって返すところまでやってくださいよ。しかも魔王を倒してから戻ったって授業には間に合いそうもないですしだったら命かけ損じゃないですか」
なんか無効としてはものすごく譲歩したらしい声色で言ってくるが、そもそもそれ利益以前の問題なんですけど。
あれ、これもしかして私がこの話しなかったら魔王倒して帰ってきても帰宅できなかった感じなの? いや、部屋はあるけど。
「そちらの言い分としては私に魔王を倒すまで帰られると困る、と言うのは分かりました」
一つ溜息をついて私がそう言うと周囲の人は顔を輝かせて私を見る。
というか気づいてなかったけどなんか最初に私を連れてきた人とその後に来たやたら偉そうな人以外にも人がいっぱいいるんだけど。
私この格好なうえにノーメイクでこの状況ってどんなさらし者だよ。
「ですが私としても必要もないのに命を危険にさらすわけにはいきません」
そう、命の危険と若干ぼかしているが死亡確実な状況に自ら進んで行く訳にはいかない。
「というわけで、皆さんが私をもう送り返してしまえと思うまで自分の最初に居た部屋で暮らそうと思います。返したいと思ったらいつでも返してくださって結構ですよ? 何年待とうとも私魔王討伐にはいくつもりないんで早目に見切りをつけて次はもっと正義感が強く実際に力も強いお方をお呼びすることを提案しておきます」
ニッコリと笑ってそう言って私はそのまま大広間を出て引きずられた道筋を辿って自室へと戻る。
「あ、すみません。そういえばここの城の厨房ってどこにありますか?」
長時間居座ることになるなら食料も必要だな、と考えて途中ですれ違ったメイドさんにそう尋ねる。
帰るその日まで、私は養ってもらう気満々だ。
「勇者様、勇者様」
私がこの世界に来てそろそろ1週間が経つ。
発表週にぶっちぎった挙句、2週連続で連絡もなしに休んだ私に教授はニコニコ笑いながら怒ってるんだろうなーと遠い目をしながら思いをはせていると今日も最初に会ったあの男性がその扉の外まで来ているらしく、声をかけてくる。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
しっかりチェーンをかけて扉を開けて対応する私は現代の一人暮らし女性の鑑だ。
「勇者様、今日こそこの部屋を出て一緒に魔王討伐に向かいましょう。そろそろ国の方もしびれを切らして勇者様を無理やり着の身着のまま放り出すかもしれません」
申し訳なっそうにそう言われるがいくら煌びやかな人間といえど毎日会っていればそこそこなれるし、そもそもよく見たら着ているものが豪華だから騙されてたがそこまでイケメンでもない彼にそんな表情をされても私の良心は傷まない。
「でしたら私を力尽くで放り出すその方に魔王討伐に行ってもらえばいいんじゃないかしら、だってその方は私よりもお強いんでしょう?」
なんか向こうが勝手に勘違いして私のことを勇者だと思い込んでるからそう言ってニッコリ笑って封殺しておく。
最初に日に強い奴呼び直せって言ったのちゃんと聞いてなかったのかなー、あれだけ人数いたのにここの国の人大丈夫か。
「では、私を送り返す予定が出来たらまた会いましょう」
そう言って私は扉を閉めて鍵をかけ直す。
確か昨日もこの台詞言った気がするけど、いつになったら元の世界に帰してくれるかなー。
昨日厨房からかっぱらった、もとい頂いてきたものを思い出しつつ今日の夕飯を考える。
「とりあえず帰った時に教授に土下座するために自主的にレポートもう1本くらい書いとかないとなー」
資料は部屋にあった本しかないが、有りがたくないことに時間はまだまだたっぷり有りそうだからなんとかなるだろう。
異世界に無理やり召喚されて勇者になれって言われても普通に無理じゃね?から始まった作品。とりあえず引きこもるのにパソコンと本が欲しいと思ったから部屋ごと来たけどたぶんインターネットは繋がらないから結局パソコンあってもそこそこの暇つぶししか出来なさそう……。