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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第一章【星を見つけた騎士】
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 今日は休みだ。

 親衛隊の良い所は決まった日に必ず休みが取れることだろう。他の部隊は任務が長引けば休みは潰され、気がつけば半月近く休みが無い場合もある。なので極限まで疲れるという経験を親衛隊になってからの、ここ二年間程は免れていた。


 本日はいつもの様に愛馬ラウルスと遠乗りに出かけ、市場で食料と朝食を買い、馬の餌と藁も大量に購入する。今日は市場で沢山買い物をすることを決めていたので、一度家帰ってから馬の背中に荷鞍を乗せてから再び出かけた。

 買い物を済ませて荷鞍に藁や餌を乗せるとラウルスは興奮したように高い声で嘶き、荷物が背中にあるのを嫌がった。手綱を引くがその場で踏ん張り、言う事を聞かない。そのうち「ブヒブヒ」と鳴き出すが、まるで「いやだ、いやだ」と言っているように聞こえた。


 --ラウルスよ、そんな事言ったって、仕様しょうが無いじゃないか。背中にある品は全部お前のものなんだから。


 このように馬の餌や藁を買いに来る度に、俺たちは激しく揉めている。最後はラウルスが諦めてトボトボと帰る事になるんだが、自分は騎士の馬であって荷馬では無いと主張しているつもりなのだろうか?馬の気持ちは一切分からないのと、自力で藁と餌を買いに来るのは大変なので、申し訳ないと思いつつも協力して貰っている。パライバ殿下から賜ったラウルスは血統の良い馬で、本来ならばこのような用途で連れ歩くのは、馬自身の自尊心を傷つける行為なのかも知れない。


 ーーすまない、ラウルス。頑張って働いて荷車とそれを引く動物を飼うからしばらくは我慢してくれ。


 いや、よく考えたら動物を増やすのは止めたほうがいいのかもしれない。小屋を作らなければいけないし、餌代や世話も大変だろう。だったら荷車は俺が引けばいいのか。しかし引いてる所を知り合いに見られたら最悪だな。 

 帰宅後は馬小屋に帰したラウルスの餌樽に藁や干草などを入れ、市場で購入した果物も刻んで入れてやる。馬は甘い食べ物が好きだ。しかし与え過ぎると病気になってしまうので、あげるのは週に一度か二度に留めている。果物の他にも花の蜜や砂糖なんかも大好物で、樽の中に入っていると目の色が変わる。


 買って来た品を家に放り込むと、再び外に出て馬小屋掃除の時に出た物の処分を始める。馬小屋から出た不要物とは馬糞と藁である。掃除は毎日行い、週に一度の休日にまとめて始末をする。ちなみに一週間も放置すると臭うので、防臭の呪文が掛った大缶を購入し、その中に保存をしている。住宅街で動物を飼うのは大変なのだ。


 馬糞と藁は畑や花壇の肥料になる。しかし小さな菜園と規模の小さい薔薇の苗では多くを必要としない。なので近所の農家に持って行き、引き取って貰っている。

 ちなみに肥料としての馬糞は薔薇との相性が良いとされると本に書いてあった。枯れかけていた苗が復活をしつつあるのも、馬糞のお蔭なのかもしれない。


 農家のお宅から帰って来た俺は朝食を済ませ、畑の雑草取りをしつつ、昼食の心配を始める。

 買って来たパンに炙った燻製肉を挟んだものを食べようか、それとも奮発して街の中央にある食堂まで食べに行くか。

 そんな風に考え事をしていると、塀の外から見慣れた茶色い頭がちょこちょこと見えた。あれは隣の家の子供、アセスだろう。彼に用事があった俺は塀から顔を出して声を掛けた。


「よっ、アセス!」

「うわ! びっくりしたあー…ってお兄ちゃんか」

「おう。お使いか?」

「うん。お母さんったら酷いんだ。こんなに沢山…」


 アセスは両手で持っていた籠を持ち上げて見せる。中には野菜や果物などがぎっしり詰まっていた。


「荷物を置いたらうちに来てくれるか?」

「うん? また業務連絡?」

「…内緒だ」

「えー何、何ー?」

「荷物置いて来いって」

「はぁい」


 アセスの言う業務連絡とは、俺が殿下の公務に付き添って家を空ける時にするお願いのことだ。野菜と薔薇の苗の水遣りや、新聞や手紙などを郵便受けから取り出す仕事を頼んでいる。特に郵便受けを毎日空にするのは大切な事だ。何日も中身が溜まったままでいると、それだけで泥棒にこの家は長い間留守してますよ、と伝えるようなことになるからだ。

 手を洗って外に出るとアセスが待ち構えていた。


「用事って何?」

「ほれ」

「?」


 俺は家から持ち出した白い封筒をアセスに手渡す。


「何これ?」

「中身見てみろよ」

「うん?」


 アセスは訝しげな表情で封をしていない封筒を中身を確かめた。しだいにアセスの眉間に寄っていた皺が解れ、代わりに驚きの表情に変わる。


「こ、これ、兄ちゃ…」

「嬉しいか?」

「うわ、うわあ!」


 アセスは芝生の上にペタリと座り込んでしまう。その半ズボンじゃチクチクするだろうに。


「ど、どうしたのっ、これ」

「ああ、上司に手配して貰ったんだよ。いつもアセスの家族にはお世話になっているからさ」


 隣の家の住人は寂しい独り者をよく気にかけてくれる。奥さんはよく料理を持ってきてくれるし、旦那さんは馬が好きなようでラウルスをたまに散歩に連れて行ってくれる。アセスのお姉さんはパンやお菓子を作っておすそ分けしてくれるし、アセス自身も休日の話相手になってくれていた。なのでずっと何かお礼をしたいと考えていたのだ。


「あ、ああ、ありがとう!! すっごい、すっごい嬉しい!!」

「それはよかった」

「うん!!」 


 五年に一度開催される武道大会は人気が高く、会場も一万人程度しか収容出来ない。入場券は一般に販売されるが、入手する為には何時間も並んだり、高値のついたものを購入したりなど、簡単に手に入るものではなかった。俺も従騎士時代に入場券販売の列に並んだが、一日の休日は全て潰れ、挙句決勝戦のある日は金貨一枚と高値がついていた。勿論そのような高値の付いたものを買える筈も無く、銀貨一枚の値が付いた予選会初日の券を迷った末に購入したのだ。

 しかしながら、苦労して手に入れた予選会は素晴らしいものだった。実力のある参加権のある騎士達がこぞって集まり、日ごろの成果を戦いによって見せ合うという舞台は、若者達に夢を与える最高の場となっていた。伯爵家の友人ラウルス・ランドマルクに一人前の騎士になったら参加をしてくれと夢を託したりもしたが、彼女はもう騎士団には居ない。代わりに自分が出場することになるとは夢にも思っていなかった。

 入場券を手にして喜ぶアセスをつい昔の自分と重ね合わせてしまい、過去の記憶が蘇っていたが、こちらへ向けられた言葉が耳に入り、ふと我に返る事が出来た。


「ーーもしかして、お兄ちゃんも出場するの」

「ああ、そうだ」

「ええええええ!? 嘘でしょう!?」

「本当だよ、アセス」


 俺は武道大会の参加申し込みを出した瞬間から腹を決めたのだ。出るからには優勝してやる!!と、そのような気持ちで挑もうと思っている。でなきゃわざわざ陛下に掛け合ってまで参加を推してくれたパライバ殿下に申し訳が立たないだろう。


「お、応援する!! 絶対、応援するから!!」

「ありがとな」


 アセスの家族を招いたのは最終日、即ち本戦が行われる日だ。予選なんかで敗退したら、俺の応援なんか出来ないだろう。

 アセス少年の瞳はキラキラと輝き、期待の眼差しが正直心に痛いと感じていた。その輝きを曇らせないように俺は勝ち進まなければいけない。


「失くさないうちに母ちゃんに渡せよ」

「うん!! ありがとう、お兄ちゃん!!」

「はいはい」

「じゃ、また今度ね」

「ああ」


 貰った入場券を大切そうに握り締めながら、アセスは走って家に帰る。隣の家からは興奮した状態のアセスの大きな声が筒抜けだった。喜んで貰えたようで何よりだと思う。

 

 ーー武道大会の当日、もしかしたら隣の夫婦は腰を抜かすかもしれない。パライバ殿下が手配をしてくれた席は貴賓席の隣で、国の重役が座るような場所だったからだ。


 俺も本腰を入れて体の調整を行わなければ。本来ならば、野菜の世話をしている暇は無いのだ。

 剣を研ぎ、体も鍛えなければならない。アセスに参加を伝えた事で緊張感が増して来る。


 御前武道大会は半年後だ。それまでに少しづつ準備をしなければ……、と考えつつもとりあえずやり掛けていた雑草取りを再開した。

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