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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第一章【星を見つけた騎士】
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 昨日の雨から一変して、真に澄み渡った青空が広がっている。

 結局昨日は王宮にある仮眠室で一晩を明かし、今日という日を迎える事となった。


 本日の執務室での業務も平穏無事に終わり、夜勤の隊員達に仕事を引き継いだあと、休憩室に待機させていた日勤の隊員の元へと急いだ。


「すまない、遅くなった」


 部屋には事務担当の爺さん以外の六人の隊員達が、寛いだ状態で待機をしている。これから上司が来るのを知っていて尚、隊員達は寛いだ状態で待機をしているのだ。そして何よりも許せないのは、俺が部屋に来ても姿勢を正さないことだった。


「ーーお前ら、本当にいいご身分だな」

「あ、隊長来てたんすか」


 ーー来てたんすよ。さっきからな!!

 ああ、舐められてる。フロース様にご指摘頂いた通り、完全に俺は部下に舐められていた。

 まあ、百歩譲って舐められているのはいい。だが、目の前で繰り広げられている、ソファに寝転がって本を読んだり、食べ物を持ち込んで食べ散らかすなどのダラけっぷりだけは許せなかった。

 緩慢な態度を見せる騎士らしからぬ若者には、特別な制裁を与えなければ。そう思って俺は隊員たちにこれからの楽しい予定を発表した。

 

「ーー今から訓練をする」

「はあ!?」

「何言ってるんですか?」

「隊長、まだ地面は泥濘ぬかるんでいますよ」


 昨日は大雨で、今日は晴れていたが、湿度が高かった為に地面はまだ完全には乾いていない。様々な状況で戦闘を行う遠征部隊なら、泥濘んだ地面でも訓練を実行するだろうが、うちは主に室内での護衛を中心とする親衛隊だ。遠方へ出かける公務は、雨天時には即中止となるし、綺麗に整備された街道に沿って移動をするので、泥まみれになりながらの戦闘はありえないのだ。なので泥の上での戦闘訓練など不必要だと判断している。


 隊員達は口々に今日は無理だと言うが、地面が濡れているのを理由に訓練を嫌がることなど想定済みだ。


「ああ、いつも使っている場所はまだ泥濘んでいると思って、他の場所を使う許可を取ってあるんだ」


 もう帰る気分だったのか、隊員達は口々に文句を言っているが、知った事ではない。

 訓練は大事だ。ーー俺の鬱憤を発散させる意味合いで。


「お前らうるせえぞ! ごちゃごちゃ言わずに黙って付いて来い」


 室内はシン、と静まり、皆外していた剣を腰に差し始める。お坊ちゃん達はちょっと乱暴な言葉を使えば言う事を良く聞いてくれる。汚い言葉はあんまり使いたく無いが、仕方が無いのだ。


 使用の許可を取ったのは王宮前にある芝生が張られた場所だ。ここは日当たりや水はけも良く、地面はほとんど乾いていた。

 俺は早速剣を抜いて隊員に声をかける。


「レイク、お前からだ」

「うへえ…また俺からっすか」


 レイク・アンダーベル。

 子爵家の五男で、この部隊の中で一番若い十七歳だ。

 若者は自分の体力に余裕があるうちに相手をし終えたいので、いつも一番に指名をする。

 

「来い!」

「へーい」


 レイクは間の抜けた返事を返したが、剣を抜くと全力で駆けて来る。走って来ながら両手で構えた剣を振りかぶり、俺の首元を狙って横に払って切りつけてくるが、剣で受け止めて、そのまま打ち返す。レイクが体の均等を失いかけたついでに足払いをして転倒させた。細いレイクの体はゴロゴロと地面を転がり、あっという間に全身芝生だらけになっていた。今日は調子が悪いのか倒れたままの状態で両手を挙げ、降参だとこちらに示す。

 …こいつは体が軽すぎる。それに足回りが弱いのか、走って来る際にも躓きそうになっていた。


「レイク、肉・魚・果物を均等的に摂って、もう少し太る努力をしろ。あと足回りも気をつけろよ」

「う…はい。ありがとう、ございます」

「次! イルデ、来い」

「…はい」


 イルデ・ウイットラン。

 二十一歳の伯爵家の次男。先日フロース様と服装について【首元を寛げるな・肩の飾り紐の色が隊指定の物と違う】という指摘を受けていたが、もとの姿のままで正されてはいなかった。親衛隊総隊長公認の聞かん坊なので、俺はとっくの昔に諦めている。

 しかし剣術の才能はあり、長い手足から繰り出される一撃は簡単に受け流すことは出来ない。それに負けず嫌いなのか、打ち負かしても何度でも挑んで来る。親衛隊には勿体無い人材なのかもしれない。一度遠征部隊などの悪環境で揉まれて来れば一皮剥けるに違いない。


「イルデ、お前は左に踏み込む時に一度剣を引く動作が入るみたいだ。気をつけろよ」

「…分かりました」


 服装以外の指摘は素直に受けるのがいつも不思議だった。世の中色んな人が居るんだなと思う。


「次、ハヤテ!」

「御意!」


 ハヤテ・ハットリ。

 一年半前に隠密機動局という国の機密を扱う部隊からパライバ殿下が引き抜いてきた人材だ。俺と同じ平民で、東国出身だという。この辺では聞いた事の無い奇妙な喋り方をする二十五歳の男だ。奴もかなりの童顔で、見た目は十五歳位の少年に見える。メイドの女の子からお菓子を貰ったりと可愛がられているのを何度も目撃したが、彼女らはハヤテが二十歳を過ぎた男だと知らないのだろう。 

 こいつは【カタナ】という片刃の珍しい武器を所持している。カタナは騎士達が使う両手剣に比べて、ペラペラとした頼りない外見をしているが、見た目に反して耐久度は強く、刃が沿ったように曲がっているのは切れ味を増す為に作られているとか。他にも様々な暗器を何も無い所から奇術師のように取り出してはこちらに向かって投げ、一瞬の油断も許さない戦いとなっている。

 鍔に向かって剣を打ち、ハヤテの手からカタナが離れた隙に、小さな体を背負って投げる。


「ぐっ……む、無念な、り!」


 ハヤテは受け身を取って一度は立ち上がったが、何故か胸を押さえてその場に倒れる。相変わらず訳の分からない男だ。


「おい、お前は諦めが早すぎる。もっと粘れ」

「し、承知仕った…」


 それから残りの三人の訓練を終え、二時間ほど隊員同士の打ち合いをさせたあと、解散となった。

 隊員達は散り散りとなって帰る者も居れば、残って素振りを始める者も居た。抜き身の状態で持っていた剣を鞘の中へと入れ、額の汗を拭っているとハヤテが近づいて来た。


「隊長殿、もう一度打ち合って頂きたい」

「ああ、構わないが」


 もうすっかり日も暮れて、辺りは暗くなっている。王宮の窓から灯りが差し込んでいるので何も見えないということは無かったが。


「おお、あそこに在るのはフロース殿!!」


 ハヤテの指し示す方向を見れば、窓枠に肘を付いてこちらを見下ろす女性が居る。遠すぎてその人がフロース様かは分からなかったが。あの辺りはパライバ殿下の衣装室があるので彼女で間違いないだろう。


「フロース殿が隊長殿に手を振っているみたいだが」

「は?」


 ハヤテは手を振り返さないのかと聞いてきたが、そんな行為など恥ずかしくて出来る訳が無い。それにこちらに振っているとも限らないのだ。そんな俺を見かねたのか、ハヤテが代わりに両手を大きく振って返していた。


 それから少しだけハヤテの相手をして、服を着替えて帰ろうとしていると、両手に抱えきれないほどの衣装を持ったフロース様と鉢合わせる。慌てて駆け寄って抱えていた服を全て受け取る。


「大丈夫ですか?」

「ええ、帰ろうとしていたのに悪いわね」

「いえ…しかしこれは一体?」

「孤児院に持って行くパライバの着れなくなった服よ。もうすぐ御前武道会があるでしょ? 予選会の閲覧の招待状と一緒に持っていこうと思って」

「なるほど」


 ルティーナ大国では五年に一度、国王陛下の前で武術の腕を披露する大会が催される。その期間中は王都全体に人が溢れ、お祭り騒ぎが予選会を含む一週間と続く。

 五年に一度しか開催されない理由は、優勝商品の剣を作る期間がそれだけ掛るとも言われているが、本当の理由は明らかにされていない。


「あなたは出ないの?」

「はは、まさか」


 陛下の前で戦うだけあって出場条件は厳しく定められている。まずは伯爵家以上の家柄を持ち、騎士隊に八年以上籍を置いている者、それか上級職に五年以上就いている者、そのどちらかを満たしている者のみに参加権が発生するらしい。


「つまらないわね」

「そんなことありませんよ。閲覧席は毎回満員御礼ですし、皆開催を楽しみにしています。見に行かれるんですか?」

「ええ…伯父様に一緒に見ないかって言われているのよ。でも、応援する人が居ないから、お断りしようかしら」

「……」


 フロース様は気軽に【伯父様】と呼んでいるが、その人物とは国王陛下のことだ。そのお誘いを断るとな。流石は王族のお姫様だ。しかし貴賓席という絶景な場所で観覧出来るのに勿体無い。俺なんか従騎士時代に一度予選を見に行ったっきりだ。


「も、勿体無いですよ! その大会を見たくても見れない人の方が多いんですから」

「そうなの? …でも伯父様の隣なんて晒し者になりそうだし」

「……」

「あなた、出てみない?」

「え?」

「伯父様に特別出場権が貰えるか掛け合ってみるわ」

「いえいえいえいえいえいえ!! そのようなこと、滅相もないッ」


 出場権を持たないのに無理矢理参加するなんてそれこそ晒し者だ。それに予選で落ちたりなんかしたら格好がつかない。


「あなた、結構強かったじゃない」

「ありがとう、ございます。でもうちの隊員達が弱いだけで、私自身はそれほど強くないと…」

「そうなの?」

「お恥ずかしながら」


 フロース様が扉を開いた部屋に入り、長椅子の上に服を置く。そこには衣装箱が用意されていて、綺麗に畳んで中に詰め始める。


「今回の大会にね、私のお兄様が出るのよ」

「公爵様が」

「ええ」

「…お兄さんは応援しないんですか?」

「勝ち進むことが分かっている人を応援しても面白く無いでしょ?」

「はあ…そうですか」


 フロース様の兄である公爵様は、社交界をはじめ今まで公の場に来た事は無いと言われている。騎士でもないその人が一体何故参加をすることになったのか謎だ。


 服を全て箱に入れ終わり、フロース様とは別れた。


◇◇◇


 翌日、パライバ殿下から一枚の書類が渡される。


「殿下、これは?」

「武道大会参加申し込み書だ」

「え?」

「父上に言って特別参加を許して貰ったのだ」

「な、何故私が…?」

「折角開催されるのに応援をする者が居なかったらつまらないであろう」

「……」


 ーーどこかで聞いた事のある台詞を返されてしまった。

 い、嫌だ、出たくない!!晒し者にされたくない!!今にも叫んで逃げ出したかったが、殿下は俺に期待の眼差しを向け、激励の言葉を掛けている。


「これを機会に周囲を見返せばいいだろう」


 万が一予選なんかで負けたらどうするんですか、殿下…。


「貴殿はどこに出しても恥ずかしくない騎士だ。安心せよ」


 殿下はズンズンと圧力をかけていく。その度に胃がキリリと痛んだ気がした。

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