表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】
54/60

【サクラメント】

 俺は今、一人で公爵家に来ている。

 いつもの執事のオッサンより居間に通され、中にはフェーミナ様とアルゲオ様が待ち構えていた。


「いらっしゃい。イグニス」

「……本日は、お忙しい中、時間を割いて頂いて」

「堅苦しいしゃべり方は必要無いわ。ーー私たち、家族でしょう?」


 本日の訪問はこちらから希望をしたものだった。フェーミナ様、アルゲオ様のお二方に話したい事があると。


「まあ、お掛けになりなさい」

「は、はい。その前に一言申してもよろしいでしょうか?」

「なにかしら?」

「……」


 フェーミナ様とアルゲオ様の威圧的な視線に負けそうになりながらも、自らを必死に奮い起たせ、話を始める。


「ーー申し訳ありませんでした!!」


 石の床面に両手と膝、額を付けて、謝罪の言葉を震える喉元から振り絞って発する。


「大切なお嬢さんに多大なる苦労をかけてしまいました!! 本当に何と謝罪をしたらいいのか……」


 今日、公爵家へ訪問をした目的は、今回の結婚について謝る為だった。フロースも着いて行くと言って聞かなかったが、必死に家に残るように言い含めて、なんとか一人でやって来た。


「頭を上げて頂けるかしら? 下を向きながら話すのはとっても辛いのよ。それにそんな風にしていたら、私達が悪い人みたいじゃない? …ねえ、アルゲオ?」

「……」


 まだ謝り足りなかったが、見下ろすのが辛いと言われてしまえば、頭を上げるしかない。

 命じられた通りに姿勢を元に戻したが、フェーミナ様やアルゲオ様の顔など直視することは出来なかった。


「大人しく座ってちょうだい」

「…はい」


 なんだろうか。謝ったのにスッキリ出来ないまま、言われるがままに着席をする。


 フェーミナ様は扇で口元を隠しているので、表情は読めないが、こちらを見つめる目は穏やかなものでは無い。

 一方のアルゲオ様はいつも通り、眉間に皺が寄った状態の不機嫌顔だ。


「あなた、今日はそんなつまらない話をするために来たのかしら?」

「も、申し訳ありません……」

「フロースの事は、あの子が自分で考えて勝手にしたものだから、あなたが謝る必要は無いのよ」

「それでも、私が彼女の好意を受け取らなかったばかりにこのような、苦労を……」


 フェーミナ様はパチリと扇子を閉じて、こちらの言葉を遮る。

 

「あの子は苦労を自分で買って出たの。それをあなたが謝るのは可笑しいことだわ」

「……」


 フェーミナ様はそう言ってくれたが、俺はそう思う事が出来なかった。だから今日、ここに来て謝罪をしてーー謝罪を行って、フェーミナ様やアルゲオ様にどうして欲しかったのか、いざ謝ってみれば、自分でもよく分からなかった。


 先程言ってくれたように、あなたは悪くないと言って貰い、許しの言葉を聞きたかったのか、それとも頭ごなしに仕様もない駄目人間だと罵って欲しかったのか。


「ーーイグニス、今回の事は娘が勝手にした行動だ。気に病む事は無い。むしろ嫁に貰ってくれて礼を言いたい位だ。……こちらに気を使ってくれる気持ちは有難いが、謝罪は受け取れない」

「アルゲオの言う通りね。このお話はこれでお終い」

「……はい。ありがとう、ございます。フロースさんのことは大切に致します」

「ふふ、それは当たり前の事よね。もしもあの子が泣いて帰って来る様な事態が起きたら……」

「……」


 フェーミナ様はそれ以上の言葉を続けなかったが、敢えて聞かずとも、浮かべている微笑みを見て、自分がどのような目に遭わされるのかがありありと想像出来てしまった。


 勿論彼女を泣かせるような行いはしないと心の中で誓っている。


◇◇◇


「そんな辛気臭い話よりも楽しいお話をしましょうよ」

「は、はあ」


 ……な、なんだろうか、楽しいお話とは。


 最近の楽しいお話といえば、フロースと一緒に雑草取りをした事だが、楽しかったのはきっと俺だけだろう。


「ーー結婚式の事とか。日にちとか花嫁衣装の事とか決まっているのかしら?」

「!?」


 結婚式については前に二人で話し合って決めていた。


 半年後に身内と近しい知り合いに、孤児院の子供達を招待して、街中にある小さな礼拝堂で行うと。フロースはまだフェーミナ様に予定を話していなかったとは思ってもいなかった。


 とりあえず、決まっている予定を伝えると、フェーミナ様は少し寂しそうにしているように見えた。


「花嫁衣装は自分で作ると言っています」


 何度も花嫁衣装だけは店で頼むように説得をしたが、フロースは自分のドレスと孤児院の子供達の衣装は手作りすると言って聞かなかった。今は花嫁衣装そっちのけで子供用の服を一生懸命作っている最中だ。勿論そんな事実など言える訳が無い。


「ドレスだけは店で作って貰うように勧めたのですが」

「あら、あなた、あの子から聞いていなかったの? 貴族の娘はね、母親と二人で花嫁衣装を作るという伝統があるのよ」


 それは知らなかった。

 しかしいくら裁縫が得意と言ってもフロース一人でドレスなんぞを作れるものかと密かに心配もしていた。型紙があるから大丈夫だとは言っていたが。


「ちょっと待って頂けるかしら?」

「?」


 フェーミナ様は近くに居た侍女のお姉さんに目配せをして、退室して行った彼女を待つこと数分。侍女さんが持って来た大きな紙袋を手渡された。


「これは?」

「それはね、要らない布切れなの。良かったらフロースに渡してくれる? きっとドレス作りに役立つ筈だわ」

「……? は、はい、分かりました」


 それからフェーミナ様に夕食に誘われたが、フロースが家で待っているからと、恐る恐るお断りをさせて貰った。


◇◇◇


 家に帰ると不機嫌面の奥さまの姿があった。今まで服を作っていたからか、身につけているエプロンは糸屑だらけで、本人にも疲弊の跡が表情から窺える。

 しかしながら、今日は見たままに不機嫌なのだろう。何故かと云えば付いて行くと言ったフロースを無理矢理家に閉じ込めるようにして、公爵家に出掛けたからだ。


「おかえりなさい。お祖母様と秘密の話は楽しかったかしら?」


 怒ってる。フロースちゃん、まだ怒ってる。どうすれば許して貰えるのか。


 公爵家に謝りに行っただなんて、言える訳が無い。


「た、ただいま、その、ごめん……」

「私も久しぶりにお父様やお祖母様とお話をしたかったのに」


 病気がちなフェーミナ様や、月に一度しか王都に帰って来ないアルゲオ様には滅多に会える方々では無く、フロースも月に一度会いに行く位だ。

 その唯一とも言える機会を、俺が潰してしまったのだ。


「フロース…何て謝ったらいいのか」

「ーー嘘よ」

「え?」

「折角のお休みなのに、あなたが一人で出掛けてしまうから、寂しくて」

「!?」


 な、なんだって!?

 上目遣いでこちらを見上げ、フロースは少し恥ずかしそうにしている。

 か、可愛い。うちの奥さんは何て可愛いのか!!

 抱き締めてもいいだろうか、と迷っている間にフロースの意識は別のものに移っていた。


「ねえ、その紙袋は何なの?」

「……え? ああ、これはフェーミナ様がフロースにって」

「私に? 何かしら」


 紙袋を受け取ったフロースは、中に何が入っているかを確かめていた。


「まあ!!」


 紙袋から出てきたのは純白の布切れ。これは何なのだろうか。


「フロース、それは?」

「ドレスよ。お祖母様が型紙を作って、布も切ってくれて、後は縫うだけの状態まで作ってくれたみたいだなの!」

 

 フェーミナ様はこちらの状況を何もかも分かっていて、用意をしてくれていたのだろうか。


 あの御方には、本当に頭が上がらない。本当に完璧な人だと思っている。


「実はね、結婚式の事で心配をかけたく無くて、ずっとお祖母様やお父様に会ってなかったし、詳しいお話もしていなかったの。それで今日あなたが公爵家に行くって言うから、そろそろ会いに行った方がいいのかしら、って思って……。でも、お祖母様には全てお見通しだったみたい」

「そうだったのか」

「ええ。ドレスの事はお祖母様のお蔭で何とかなりそうだから、心配しないで」

「分かった」


 それからフロースは家事の合間を縫って衣装の準備をしているようだった。何度か仕事から帰って来た後に手伝いを申し出たが、素気なくお断りをされてしまう。


◇◇◇


 それから数ヵ月が経ち、結婚式を明日に控えた午後に、突然の訪問者は現れる。


「ーーごきげんよう」

「ど、どうも」


 予想外のお客様は、この返済が終わっていないあばら屋に入ってもらうのも申し訳ないほどの高貴なご婦人、フェーミナ様だった。


 侍女を従えてやって来たフェーミナ様を居間へ案内をする。フロースは朝から自室でドレスの仕上げをしていて、決して覗かないようにと厳命をされていたので、いい付け通りに従っていた。


「フロースは?」

「に、二階の奥の部屋に」

「そう」


 フロースの居場所を聞いたフェーミナ様は、すっと立ち上がって二階に向かおうとしていた。慌てて彼女を呼んで来るからと言って止めたが、結構だと断られてしまう。


 時計を見ればもう少しでお昼になろうか、という時間帯だった。


 本当に勝手で申し訳ない事情なのだが、市場が終わる前にお馬さんの餌と藁を買いに行かなければならないので、フェーミナ様の事はフロースに任せて、侍女さんに出掛けて来ると伝言を残して市場へと向かった。


 一時間後、帰宅をすれば二階よりフェーミナ様の叱咤をする声が聞こえてくる。居間に居た侍女さんは顔色一つも変えずに、俺にお茶を飲むか聞いて来たが、優雅にお茶など飲んでいる場合では無かった。


「信じられない、あなた正気なの!?」

「だってもっと簡単なものだと思っていたのよ!!」


 部屋の中では珍しくフェーミナ様とフロースが言い合いをする声が漏れている。

 外からご機嫌を窺う勇気は無かったので、直接扉を開かせて貰った。


 部屋の中には花嫁衣装を囲んで針を忙しなく動かずフロースとフェーミナ様の姿がある。これは一体どういう事なのだろうか。一見して純白のドレスは完成している様に見えるが。


「フロース、どうかしたのか?」

「ーー!! イグニス!? ここには来ないでって言っていたでしょう!!」

「フロース!! 口を動かさないで手を動かしなさい!!」


 いつの間にか背後に控えていた侍女さんが、花嫁衣装自体は完成をしているが、ドレスに施す刺繍や宝石を縫い付ける作業が終わっていないようだと説明をしてくれた。


 だからフロースは朝から珍しく慌てていたのか。


 しかしフロースやフェーミナ様の傍らには山のような糸や飾りの宝石が置かれている。果たして明日までに間に合うものか。


 花嫁衣装は親子で作るのが伝統となっているらしいが、このままでは間に合わないかもしれないので、余計なお世話だと分かっていたが、駄目元で声を掛けてみる。


「あの、何かお手伝いをする事は、ありますでしょうか?」

「大丈夫だからイグニスは休んでーー」

「裁縫したことはあるの?」

「ボタン付け程度ですが」

「だったらこれをお願い出来る?」

「お、お祖母様!? 何を言っているの!?」

「見栄を張っている場合では無いでしょう!! どうにかして、家族で協力をして仕上げるのよ!!」


 フェーミナ様より頼まれたお仕事は、飾りの宝石を図面通りに縫い付ける簡単な作業だった。


「イグニス、飾りも刺繍も花嫁の幸せを祈る特別なものなの。だから、図面通りに丁寧に作ってね」

「……はい」


 ボタン付けしかした事の無い自分が手伝っても良かったのだろうか。せめて丁寧に縫い付けようと、一針一針真剣に花嫁衣装に飾りを付けた。


 幸いにも騎士服のボタンよりは簡単に取り付けることが可能な物だったので、案外早く仕上げることが出来た。


「あの、終わりました」

「え、本当に? 早過ぎないかし…あら、上手ね」


 良かった。一応合格みたいだ。

 役に立つことが出来たとひと安心している所に、フェーミナ様から新たな糸と図面を渡されてしまった。図面には花の模様が描かれている。ーーもしかして刺繍を頼むつもりなのか!?


「あ、あの、刺繍は無理で」

「単純なものだから大丈夫よ!! ちょっとあなた、イグニスに教えてやって!!」


 時間が無いからと急かされ、フェーミナ様のお付きの侍女さんに教えてもらいつつ頑張ってやってみたら案外出来るもので、結局最後まで手伝うことになってしまった。


 日付けも変わる頃に花嫁衣装は完成をした。


 フェーミナ様には泊まっていくように言ったが、明日の準備もあるからと帰って行ってしまった。


 バツの悪そうな顔をするフロースの頭を撫でて、今晩は休む事にする。


◇◇◇


 こうして迎えた結婚式の当日。


 純白の花嫁衣装に身を包んだフロースは、本当に綺麗だった。

 連日にも及んでいた衣装の準備で疲れているだろうな、と思っていたが、そんなことは無くて、幸せそうな表情で今日という日を迎えているようだ。


 街中の礼拝堂には孤児院の子供達と第七親衛隊の騎士が数名、ユースティティア公爵家からはフェーミナ様とアルゲオ様、そして忙しい合間を縫ってパライバ殿下までもが参列してくれた。


 今日身に付けている式典用の騎士服はパライバ殿下からの贈り物で、特別な飾りがいくつも付いた華美な仕様となっている。婚礼用に用意された派手な服が少しだけ恥ずかしかったが、奥さまにだけは好評だった。


 滞り無く式は進んで行き、残りは誓いの口付けを残すばかりとなった。

 頭をすっぽりと覆っているベールを上げると、世界で一番美しい花嫁が自分を見上げている。


 参列者の注目が集まる中で、誓いの口付けは頬とか額でも大丈夫かと考えていた。流石に人前でするのは恥ずかしい。確かパライバ殿下は額にしていたような。神聖な儀式だと分かってはいるが、どうしても勇気が出ない。


 フロースの肩を掴み、顔を近付けるが、孤児院の子供達が「今からちゅーするの?」などと騒ぎだして、一気に顔に熱が集まるのを感じていた。

 フロースが招待客には見えない角度から早く口付けしろと腹をはたかれる。


「イグニス、焦らさないで」

「う、うん。ごめん…」


 別に焦らしている訳では無く、照れているだけだったが、正直に言い出せずにいた。

 サッと一瞬で終わらせようと頬に顔を寄せたが、フロースから「頬なの!?」という苦情が聞こえて来る。奥さま的には頬や額は駄目だったのか。

 愕然としながらも素早く姿勢を戻して、やり直しを決心したが、とある物音に邪魔された。


 それは礼拝堂の扉が開く音だった。

 出入口からは人の姿がある。


「うわあ、凄い!! 王子様だーー!!」


 孤児院の子供が突如として現れた人物を見て叫んだ。


 遅れて来たのは、全身を覆う赤い外套に大きな羽根の飾りの付いた同色のベレー帽を被った、異国の王子風の衣装を纏った参列者だ。


「ーーす、すまない、続けてくれ」

「……」


 異国の馬鹿王子様風の男は申し訳なさそうに席まで移動をしていた。


 というか、


 ラ ウ ル ス 、 ま た お 前 か ! !


「王子様!! どこの国からやって来たの!?」

「え? いや、その、私は」


 本物の王子様(パライバ殿下)を尻目に、子供達は偽物王子に食い付き、ざわざわと騒ぎ始める。


「コラ!! あなた達、大人しくしなさい!!」


 司祭役をしていた孤児院の院長先生は、子供達を諌めに走り出す。当の子供達も席を立って馬鹿王子ラウルスを囲み始めていた。


「ーーなんだ、あれは」

「あの衣装はきっとお祖母様が用意した服よ」

「……結構な、ご趣味で」


 もう、こちらを見ている人達なんて居ない。


 ラウルスよ、なんて事態を引き起こしてくれたのか。


 呆れながら、ラウルスを囲んだ子供達との騒ぎを眺めていると、裾を引かれているのに気が付く。


 目の前に立っているフロースが、自身の唇を指差していた。

 ……今の隙に誓いの口付けをしろと言うのか!?


 周囲を再び見渡したが、やはりこちらを見ている者は一人も居なかった。


「……」

「ねえ、早くして!」

「……はい」


 やはり、恥ずかしい気持ちはあったが、瞼を閉じて待つフロースの唇に口付けをした。


 【サクラメント】完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ