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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】
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【休日の過ごし方】その二

 遠乗りから帰宅後、少しだけ休んで市場へと向かう。荷車を持って来て、朝市に出掛けようとしていると、フロース様より呼び止められた。


「ねえ、どうしてフロイラインを連れて行かないの?」


 フロイラインが荷車を引かない旨を伝えると、彼女は首を傾げてながらこちらを見つめる。


「何日か前にフロイラインと市場に行ったけれど、荷鞍に荷物を乗せてくれたわよ」

「!?」


 な、なんですと!?

 あのお嬢様フロイラインが荷物を持つという労働をしたという事実に驚愕してしまった。


「あの子、フロイラインは荷物を持たなかったの?」

「……前に市場に連れて行った時、荷車を引くのを嫌がってしまって…」

「あら、そうなの? もしかしたらその日のフロイラインは体調が悪かったのかもしれないわ」

「……」


 果たして、そうなのだろうか。

 あのお嬢様が荷車を引く姿がどうしても想像出来ない。

 しかし、フロース様が大丈夫だからと言うので連れて行く事にした。

 フロイラインと荷車を馴染みの飼料屋に預かって貰い、食品街に行って食料品を買いに出掛ける事にした。

 彼女が手に持っていた籠を預り、人混みに流されない為に腕に掴まるようにお願いをする。

 そして、いつもと同じように人でごった返した食品街は、忙しなく移動をする人々で溢れていた。

 その場には他人を気遣う余裕などは一切無く、道行く人達がこちらへぶつかって来る勢いで歩き続ける危険な場所となっている。そんな前方からの危険から守る為にも、フロース様を近くに引き寄せて歩いた。


「イグニス」

「?」

「私ね、前に一人でこの時間帯にお買い物に来た事があってね」

「な、なんだって!?」


 この時間の市場は一番混み合う。そこに彼女みたいな細いお嬢さんが一人で行ったら、人の波に押し潰されてしまうだろう。


「お買い物を終えてね、帰っていたら案の定、人にぶつかってしまって…」

「……」

「一番最初に市場行った時、全然危険も感じなかったから、一人でも大丈夫って思い込んでいたのよね。私、あなたとお話をするのに夢中で、守ってくれていたなんて気が付いて無かったのよ」

「…それは」

「だからね、守ってくれてありがとう、っていう気持ちを伝えたかったのよ。今も、前に行った時の事も」

「フロースさ…」

「あ、魚屋だわ! 私、いつもあのお店で買っているの」


 フロース様は俺の腕を引いて、魚屋の前の人垣に駆け寄る。


「イグニス、夜は何が食べたい? それとも魚じゃない方が良い?」


 もう、何だか泣きそうになっていた。彼女はどうして自分というつまらない人間にここまでしてくれるのかと。


「イグニス? どうかしたの?」

「白身魚の揚げ煮が、食べたいです」

「あら、本当に? それ、私の得意料理なのよ!」


 そんな風に言ってフロース様は数種類の魚を購入して、魚屋を後にする。他に野菜屋、肉屋と回り、一週間分の食料品を買い終えた頃には、人もまばらになっていた。


 フロイラインの待つ飼料屋に戻れば、店の主人が藁や餌などを荷車に積んだ状態にしてくれているのに気が付く。


「兄ちゃんや、いつもの通りで良かったかなあ?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「おや、そちらの娘さんは」

「奥さんです」

「あらら、また、見たことも無い位の綺麗な娘さんを頂いたもんだなあ」


 本当に、俺には勿体無い程の素敵過ぎる奥さまだ。自分のどこを気に入ってくれたのかは謎だが、彼女が傍に居てくれる間は幸せにしたいと決心を固めている。


 飼料屋に藁代と餌代を支払い、問題のフロイライン様を見るが、普段と同じように澄ました顔で、店の主人から貰った餌を優雅にみしていた。


「おい、お前は本当に荷物が積まれた荷車なんか運べるのか?」


 フロイライン様はお食事に夢中でこちらを見向きもしない。


「フロイライン、食事は終わった? お腹いっぱいになったの? 良かったわねえ」


 フロイラインはフロース様にやさしい言葉で話し掛けられ、更に銀色のたてがみを撫でて貰っている。俺の事は無視した癖に、フロース様には目を細めて、鼻先を体に押し付けて上機嫌な様子を見せていた。


「さあ、帰りましょうか」


 フロース様はフロイラインを荷車に繋ぎ、ぽんぽんと軽くお尻を叩けば、ゆっくりと歩み始めた。


「フロイライン、お前……」


 フロイラインはフロース様の指示に従ってあっさりと荷車を引いて歩く。なんという事だろうか。俺はこの一年半以上、自分で荷車を引いていたというのに。


「まあ、とってもいい子ね」

「……」


 フロース様は荷車を引くフロイラインを褒めながら隣を歩く。

 …荷車位俺だって引いていた。どうして初めて荷車を引いているフロイラインがこんなにも褒められているのか、誠に遺憾である。

 

 こうして帰宅をした我々は、無事に一週間分の食料品とお馬さんの藁と餌の入手に成功をした。


◇◇◇


 庭の手入れをしている間、フロース様は昼食を作ってくれていた。庭の中を見渡して、芝の中から生えてきている雑草をひたすら根っこから抜いて回る。

 畑の野菜に水を与え、芝の上に散った枯れ葉を拾い集めた。枯れ葉は肥料になるので、そのまま畑の中に埋め込んだ。

 本来なら動物のフンなどと混ぜ合わせて、しばらく放置をしなければきちんとした栄養分のある肥料にならないが、趣味の畑なのでその辺は手抜きだ。


 そうこうしているうちに、昼食が出来たと声が掛かる。

 机の上に並んでいたのは、分厚く切り分けられた四角いパンに、糖蜜と煮詰めた果物が乗ったものと、チーズと目玉焼きが乗った物の二種類が用意され、他には燻製肉と野菜を煮込んだスープ、焼いた魚が並べられている。どれも美味しくて、結婚してから今日まで何度思ったかは分からないが、うちの奥さまは完璧だと感じた。


 庭の手入れも終わったし、馬小屋も二人で掃除を済ませた。居間にある長椅子ソファに座り、買って来ていた本を読む。隣には何かを一生懸命編むフロース様が居た。部屋の中はとても静かだった。

 その沈黙を破ったのはフロース様で、思いもよらない一言を言って来て、驚く事となる。


「ーーねえ、イグニスは不満に思っていることや、お願いしたい事がある?」

「!?」


 いきなりどうしたのだろうか。彼女に不満など一つも無い。ある訳がなかった。


「別に、無いけど」

「そう? して欲しい事とか無いの?」

「!?」


 して欲しい事だと!? それなら話は別だ。

 とりあえず、とりあえず、な、撫で撫でとかして貰いたいし、いい子だと褒めて欲しい。それから、それから…

 …とりあえずいくつか思い浮かべたが、正直どれも気持ち悪い要求ばかりだった。こんな恥ずかしいことを言える訳が無い。


「何も無いの?」

「う、うーん…」


 いつの間にか彼女の太ももがぴったりと付く程に近付かれていた。腕を掴まれ、詰め寄るように聞いて来る。

 何だか草原での自らの暴走を思い出してしまい、気持ちを鎮めようと、机の上にあった紅茶を飲んで落ち着きを取り戻そうと努力をした。


「ねえ、いつになったら一緒の寝台で寝てくれるの?」

「ーー!!」


 口の中に含んでいた紅茶を全て噴いてしまった。

 ね、寝るとはどういう意味だろうか!? チョットワカラナイ。

 言葉の通り一緒に眠るだけならばお断りだ。何もしないで、隣に居る自信は無い。しかしながら、フロース様は俺の奥さんだ。何かをしても問題にはならない。

 …問題にはならないが、彼女との関係はゆっくりと縮めて行きたいと考えている。それまで自分の理性が保つかどうかは怪しい所だが。


「け、結婚式が終わった辺り?」

「なんですって!?」

「……」


 もしかして一緒に眠る事を熱望しているのだろうか。いやいや、そんな馬鹿な。


「半年後だなんて遅過ぎるわ!! そうよ、今日、今日から一緒に」

「ま、待って、落ち着いて下さい、フロース様」

「あなた、敬語と敬称はしない約束でしょう!? う、嘘付き!!」

「……」

「困ったわね。おまじないが足りなかったのかしら!?」

「!?」


 気が付いた時には自分の膝の上に跨がったフロース様の顔が目の前にあった。長い銀色の睫毛はくるりと上を向いていて、その中にある深緑の目は剣呑な輝きを放っている。


「私はイグニスと本当の夫婦になりたいのよ」

「本当の、夫婦?」


 本当の夫婦だと!? ナ、ナニソレ!? ……フロース様は意味が分かって言っているのか。


「それに一人で眠るのは寂しいわ」

「!?」


 頭を金槌で殴られたような衝撃が脳天を貫いた。その言葉を聞いた瞬間にフロース様を抱き上げて、彼女を二階の寝室まで連れて行った。


 それからの記憶はあまり無い。


 嘘だ。しっかりと記憶は脳に焼き付いている。


 あれだけ彼女の事は大切にするとか言いながら、光の速さで自分の中にあった誓いを破ってしまうなんて最悪な人間かもしれない。


 しかし、男とはそういう仕方の無い生き物なのだ。


 【休日の過ごし方】完。

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