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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】

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【休日の過ごし方】その一 

 結婚をして初めての休日。

 俺が休みの日でもフロース様は早起きだった。

 昨日の夜に休日は毎回馬を遠乗りに連れていくという話をすれば、フロース様もフロイラインに乗って付いて行きたいと言ったので、一緒に出掛ける事となったのだ。


 フロース様は遠乗りの先にある草原で食べる朝食まで準備をしてくれた。乗馬用の服を纏って、寒いので上から外套を着込む。

 外はまだ日が出たばかりで薄暗い。そんな中を馬に跨がって進んで行く。


「……冷えますね、大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫、と言いたい所だけれど、寒いわ」


 そうだろう。頬を撫でる風は身を切るように鋭く、歯を食い縛る位の冷たさだ。吐く息も白くなる程で、地面にも霜が下りていた。

 草原までの道のりは順調だった。フロイラインが結構走れる事を意外に思ったが、何よりもフロース様の乗馬の上達振りにも驚いてしまった。


 草の上に下り立って、二頭の馬を自由にさせる。普段思い切って走れない馬達は嬉しそうに駆け出した。


「…あなたは、いつもこんな事をしているのね」

「まあ、はい。そうですね」

「…ねえ、イグニス。敬語は止めてって言っているでしょう」

「それは、善処をしま、善処する、つもりで……はい」


 数日前より話し方など普通にするように言われていたが、あまり出来ていないのが現状だ。

 今まで敬語で話していたのに、いきなり話し方を変えるというのは思っていた以上に難しい。

 しかも相手は元王族のお姫さまだから余計にそう思うのだろう。しかしその元お姫さまも今は庶民騎士の奥さんなのだから、人生とは何が起こるか分からないと不思議に思っていた。


「ねえ、だったら私の名前を呼び捨てで言ってみて」

「!?」


 よ、呼び捨てだなんてとんでも無い!!

 フロース様はフロース様だ。偉そうに呼び捨てなどと…。

 しかしながら、一般家庭で奥さんのことを様付けで呼ぶというのは可笑しいのかもしれない。


「……」

「どうしたの? まさか嫌なの?」

「いえ」


 草むらの中で大きな岩を風避けに座る自分に、同じく岩の前にしゃがんでいたフロース様は、こちらに近付くようにグッと距離を詰める。


「恥ずかしかったら、こうやって耳元で言ってもいいのよ?」

「!?」


 少しでも身動ぎなんかすれば触れてしまうような位置にフロース様が居て、俺の耳元まで接近して小さな声で囁く。

 その瞬間にドクリと心臓が高鳴り、前後不覚になるような錯覚を覚えてしまった。


「……」


 数日前に結婚をしたものの、フロース様とは寝室は別で、勿論清い関係を続けていた。

 彼女が男性に恐怖心を抱いている、という話を聞いていたので、がっつかないよう、血の涙を心の中で流しながら日々、努力をしてきたのだ。


「!! 少しこの場所で待っていて貰えますか?」

「?」


 近くに在ったフロース様の体が微かに震えていたので、その辺にある木の枝を集め、火を起こす。


 魔術で作った炎はこちらの魔力が尽きるまで消失しないという利点があって、薪が無くとも燃え続ける。しかし一つ残念な事があり、自分が作れるのは小さなものなので、火を大きくする為の薪が必要になってくるのだ。


「暖かいわね」


 起こした焚き火を前に、フロース様は安堵をしたような一言を呟いていた。やはりこの時季の遠乗りは厳しいのかもしれない。一応来る前にかなり寒いから家に居た方が良いとは言ったものの、聞き入れて貰えなくて現状に至っている。


「ーー暖まった所で、さっきのお話に戻っても良いかしら?」

「う……はい」


 敬語は使わない、そして名前は呼び捨てにして欲しい。

 彼女の願いはすぐに叶える事が可能で、実に可愛いものだ。何を躊躇っているのだと自分が情けなくなる。


「……フロ」

「やっぱりいいわ」

「え?」

「こんな事を言い出したのは、あなたと仲良くなりたかったからなの。困らせたかった訳では無いのに、……ごめんなさい」

「!! い、いえ、いや、そんな、困ってなんか無、くて、むしろ色々とお願いされるのはうれしい、と言いますか」

「!!」


 本当の気持ちを伝えるのは酷く難しい事だ。言葉に詰まりながら痛感する。


「……はあ、すみません、堅苦しくて。多分、すぐには難しいかもしれないけれど、少しずつ慣れるかと」

「本当に?」

「嘘は言わないと約束を…」


 こちらが言葉を言い終わらないうちに、フロース様は再び顔を寄せて接近をする。


「おまじないがあるの」

まじないい?」

「あなたの言った言葉を永遠にするための魔法なのだけど、してくれるかしら?」

「自分に出来るものなら」


 フロース様は自身が言い出した呪いをかける方法を、小さな声でゆっくりと耳打ちし始める。


「!?」


 耳元で囁かれたお呪いを掛けるとは、口から出た言葉を、言った相手の唇に口付けをして閉じ込める、という単純なものだった。


 ーー教えて貰った呪いを掛ける方法とは至極簡単なものだ。


 …簡単、そう、簡単だか、あの薔薇の花束を持って行って以来、情けない事にフロース様には指ひとつ触れていないという日々が続いている。

 もう夫婦なんだから、好きなように触れ合えばいいのに、元王族、元公爵家の娘、などと様々なしがらみが邪魔をして思うように接する事が出来なかったのだ。

 もしかして、自分の行動がフロース様に不信感を与えているのだろうか。

 ならば、この呪いは彼女を安心させる為に、勇気を出してやり遂げなければならない。


 密かに心の中で誓った事を胸に、決意をする。そして、見下ろしたフロース様の表情はいつも通りの不機嫌顔だった。


「イグニス、私の事、好き?」

「……俺は、フロース様の事が好き、です」

「だったら、お願い。その言葉も永遠のものにして」


 その言葉を聞いた途端に、理性は一瞬にして全て焼き切れていたように思う。

 細い肩を引き寄せ、柔らかな唇に口付けをする。


 夢中になって本能が赴くままに唇を奪い、荒々しく抱き締めながら口付けを交わす。


「……ん、ううっ」

「!!」


 フロース様の口から漏れた艶かしい息遣いを聞いて、ふと、我に返る。


 こんな寒空の下で何をやっているんだか。一度体を離して、様子を窺う。


 フロース様の頬は寒いからか真っ赤に染まり、視線は地面にあった。

 急いで上着を脱いで、肩に掛ける。


「……ありがとう」

「う、うん」


 顔に熱が集中しているのが自分でも分かった。非常に気まずい雰囲気の中、焚き火の枝がパチパチとぜる音だけが聞こえていた。


「折角持って来たから、朝食を摂りましょう」

「そうですね」


 家から持参してきた鍋の中に水を入れて、焚き火にかける。沸騰したら中に砂糖と粉末にしたお茶を入れてかき混ぜる、風味も香りも飛んでしまったと思われるお茶をカップに注いでフロース様に手渡した。

 フロース様も持って来た朝食を敷物の上に広げている。

 彼女が朝から焼いてくれた手作りのパンに、香辛料を振って揚げた魚、焼いた肉を串に刺したものに、細かく千切った玉菜に果物と朝から頑張ってくれていたみたいだ。


 フロース様はナイフで丸いパンを2つに切って、魚と野菜を挟んだものを手渡してくれた。一口食べて美味しいと感想を伝えると、柔らかに微笑んでいた。


「私、我が儘だったかしら」


 突然の呟きにブンブンと首を振る。我が儘だなんて一度も思った事は無い。


「あなたも、思っていることは言って欲しいわ」


 俺がフロース様に物申したいことなど、何一つ無い。朝早起きをして朝食とお弁当を準備してくれたり、昼間は家事を頑張って、夜は暖かい部屋で夕食と共に迎えてくれる完璧な奥さんだ。

 そう思っていると伝えると、安心をしたように息を吐いていた。自分の言葉が少なかったばかりに彼女を不安にさせていたのだろうか。本当に申し訳ないと思う。


「俺も、気が利かなくて、気付かない事があるかもしれないから、何か要望があれば何でも」

「イグニス、私、あなたにお願いがあるのよ! 言っても良いかしら?」


 勿論だと頷けば、フロース様は嬉しそうに瞼を細める。こちらの腕に手を掛けて、接近した状態でお願いを言った。


「休みの日は私の事だけ考えて欲しいの」

「!?」

「あなたの休みの日の朝は遠乗りに出掛けて、帰ったら市場にも行くし、庭のお手入れも手伝うわ。その後の余った時間だけでいいから、お願い」


 腕をぎゅっと力強く掴まれ、逃げ出せないように拘束されてしまう。振り払うことは容易いが、何故か体が動かないまま、硬直状態が続いていた。


「駄目?」


 駄目な訳が無い。頭の中なんて、勤務中以外は元よりフロース様の事でいっぱいだから、その願いはとっくの昔に叶っていることになる。


「……仰せのままに」

「ありがとうっ!! 嬉しいわ」


 腕に頬を寄せられ、先程閉め直した理性の蓋が再び緩みつつあったが、必死に我慢を重ねて、耐え忍ぶ。


「そうだわ、この約束にもおまじないを掛けなくてはいけないわね」

「!?」


 フロース様はそう言って体を離し、瞼を閉じて呪いを掛けるのを待っているような仕草を見せる。


「……」


 唇に軽く触れるだけの口付けをして、フロース様から離れると、少しだけ不機嫌な顔になって睨まれてしまった。あまりにも口を付けている時間が短かったからだろうか。


 彼女が気難しい顔をしている理由はとうとう分からなかった。


 【休日の過ごし方】その二に続く。

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