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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第七章【番外編】
49/60

49 【空白の一年~イグニス・パルウァエの脳内日記帳】

フロース編の裏側を寂しく生きるイグニスのお話。

 一日目


 フロース様に気持ちに応えることは出来ないと言ったのは自分なのに、どうしてこんなにも気持ちが重いのか。

 今日が夜勤で本当に良かった。多分酷い顔をしていると思う。


 二日目


 フロース様の代わりに来た、新しい侍女さんが紹介される。

 金の髪に、利発そうな琥珀色の目の女の子だ。下の弟と同じ位の年だろうか?

 名前は、確か……パンナコッタちゃん?

 なんだか少しだけ違う気がする。


 三日目


 先日の宣言通り、ラウルスから手紙が届くようになった。

 あいつは本気でフロース様といちゃこらする気らしい。

 手紙にはフロース様と二人で公爵家の庭にある小さな家に住む事になったと書かれていた。

 (手紙より抜粋)【フロースと一緒の寝台に寝る事になったんだが、朝起きると、彼女が私にぴったりと密着して寝ていた。分かった事と言えば、フロースのものはユーリアよりもずっと小…ああ、君はこんな話には興味ないか】

 ――という一文があり、何の話だ!? 詳しく!! と思わず叫んでしまったが、手紙を灯りの前で透かしても、火で炙っても、続きはどこにも書かれていなかった。


 ラウルスよ、お前は本当に酷な事をする。


 それにしても、大人の女性同士で一緒に寝るとか全く以てけしからんことだ。


 手紙に中で気になった事といえば、ラウルスの妹はそんなに立派なものをお持ちだという事実。前に会った時には全然気がつかなかった。


 …数日前まであんなにも落ち込んでいたのに、こんな話題で気分が盛り上がるなんて、男とは本当に仕様も無い生き物だと我ながら落ち込んでしまう。


 五日目


 ラウルスの手紙によると、フロース様は市場に行ったり、料理を作ったりしているらしい。

 まるでラウルスと二人で夫婦ごっこをしているように感じている。しかも貴族の生活ではなく、庶民の暮らしを真似ているようにも思えた。

 一体何を目的にしているのかは全くの謎だ。


 十日目


 何となくフロース様のやろうとしている事が分かって来た。

 この勘違い野郎! と言われるかもしれないが、もしかして俺の為に庶民 生活を覚えているのでは? と勝手に勘繰ってしまう。


 疲れているから、そのように勝手に思い込んでいるのかもしれない。


 まだ寝るには早い時間だが、今日は眠ることにした。


 十五日目


 ラウルスの手紙の中で、ついにフロース様の計画が明らかにされた。


 彼女の謎の奮闘はやっぱり庶民の習慣を身に付け、自分と一緒に暮らす為のものだった。


 フロース様に会いたい。会って、そんなことはしなくてもいいと伝えたい。


 しかし、実行をする前に手紙の中でラウルスから、フロースには絶対に会いに来るな、と釘を刺されてしまった。


 それにしても、ラウルスの癖に妙に鋭い。


 何となく悔しい気分だが、今は奴の言いつけ通りに、会いに行くのは我慢をしよう。


 二十日目


 今日もパンナコッタちゃんは元気だ。


 子供は元気が一番。


 それにしても彼女の名前をレイクに聞いたのに、早速忘れてしまった。どうして女性の名前が覚えられないのか。

 …まあ、いいか、パンナコッタちゃんで。響きが可愛いし。


 そういえば、以前朝市で会ったコーワの妹の名前も思い出せねえな。

 何だったか…エクレアとかエレクトーンとかそんな風だった気が。


 こっちは会うことは無いだろうから問題ないが。


 二十日目


 最近美人な女性を見てもなんとも思わなくなってしまった。

 フロース様という美の最高神の前では、どんな美しい女性でも霞んで見えるのだろう。


 なんという罪作りな女神なのだろうか。


 フロース様に一目会って、敬慕しております!! という心からの信仰心をお伝えしたい。


 二十五日目


 レイクがフロース様の近況について聞いてきたが、俺が知るわけが無い。


 そう言えば何故か悲しそうな顔で「やっぱり俺の養子になりませんか?」と訳の分からない提案をして来た。


 どうしてお前が俺の親父になるんだよ。


 最近の若者の考えている事は全く理解出来ん。


 目的の分からない養子縁組の件は光の速さでお断りをさせて貰った。


 三十日目


 あの口が悪くてクソ生意気だったイーオン・アストリムが日に日に軟化をしてきて、敬語を使い始めたり、今までのことを謝ってきたり、正直気持ちが悪い。


 他の隊員曰く、三ヶ月前程にあいつは婚約したらしいが、婚約者に色々と調教…ではなく、教育をされているんだと。


 どうやらいい娘さんを貰うみたいだな。


 それはそうと、隊員達め。こちらの空気を読まないで次々と婚約をしやがって。

 この調子だと来月のパライバ殿下のご成婚が成立した途端に結婚する奴も出てきそうだ。


 三十五日目


 朝、市場に行ったら銀髪の女性が…と思いきや、白髪のお婆さんでした。


 フロース様禁断症状が出始めているようだ。


 四十二日目


 パンナコッタちゃんに食事に行かないか誘われた。


 しかし子供が喜びそうな食事を出す店を知らないので、お断りをさせて貰った。


 ごめんよ、パンナコッタちゃん。

 今度調べておくから。


 その時はお友達と一緒に出掛けるといいよ。

 俺みたいな新人オッサンが年若い娘さんなんかと出掛ければ、たちまち警邏機動隊に発見をされて、事情聴取をされてしまう。


 俺とて鉄格子の中で、不味いパンと腹を壊しそうな水なんかを飲みたくないのだ。


 自らの保身の為に、向こうからのお誘いを拒絶してしまったことを申し訳なく思っている。


 五十八日目


 頻度は減ったが、相変わらずラウルスからの手紙は届いていた。

 この充実した隊員達の私生活を尻目に、忙しい日々を送っている中で、腐らずにやっていけているのは、フロース様の頑張りを知っているからだと思っている。


 六十六日目


 下の弟が結婚したという手紙が届いた。


 ……もう、羨ましいとか、爆発してしまえとか、そういった感情は隊員達の結婚で麻痺をしていたので、素直に良かったな、と思うだけだった。


あのアホの弟が結婚とは、うん。実に御目出度いことだ。


 ただ、これで兄弟の中で結婚をしていないのは俺だけになってしまう。


 おまけに同封されていた爺さんからの手紙には【都会のポヨンポヨンな可愛い子ちゃんを早く連れてきてくれ】と一言だけ書かれていて、危うく手の中で燃やしそうになった。


 八十二日目


 久々にパライバ殿下の奥方様の護衛に就いた。


 相変わらずの無表情でこちらの働きを労ってくれた。


 殿下とは本当に似た者夫婦だと思っている。


 百日目


 二十歳を過ぎてからの時間の経過は早く感じていたが、三十を過ぎればそれ以上に早く感じる。


 そんな中で一日を無駄に過ごすことなく、有意義な毎日を送ることを心に留めておこうと思っている。


 三十二歳になった一人の寂しい夜に決意した思いだった。


 百二十日


 レイクが家に遊びに来たいと言うので招けば、家が綺麗だと驚いていた。


 ここの家は呪われた家と言われているだけで、いい物件なのだ。

 築十五年位だが、ほとんど住人が住んでいなかったので、素晴らしい状態を保っている。


 居間へと案内をして水を出せば、何だこれは!? と首を傾げていたが、れっきとした飲み水だ。


 この家では男には水しか出さないと勝手に決めている。


 百五十日目


 最近また仕事が忙しくなって来た。王都から離れる事も多くなる。


 パンナコッタちゃんが寂しいと言うので、ゆっくり休めよ、と言っておいた。


 そうそう、彼女の名前はアンリエットというらしい。


 いつまでも名前を覚えられなくってごめんよ。


 百六十日目


 久々のオッサン会合という名の定例会議に参加。


 本日も華麗に会議室からの逃走を図る。


 しかしながら、途中、騎士隊で一番権力のあるオッサンこと、近衛部隊の総隊長に会ってしまい、食事を共にする事となってしまう。


 お話の内容は近衛部隊に来ないか? というお誘いだった。しかもいきなり第一部隊への配属だという。


 近衛部隊は親衛隊以上に選良意識の強い集団だ。

 真面目に考えて、上手くやっていけるとは思わなかった。

 それにパライバ殿下の元で長く仕えたいという決心もあったので、その場で断った。


 総隊長殿に可笑しな男だと笑われてしまった。


 その通りだと自覚している。


 二百日目


 今日は休みだ。

 隣の奥さんから肉の塊をおすそ分けで貰ったので、久々に料理でもしてみようと思う。


 材料は

 ・肉

 ・糖蜜

 ・芥子菜カラシナ

 ・香辛料

 ・豆油

 ・白ワイン

 ・食用油


 ボウルの中に肉を入れ、カラシナと糖蜜、白ワインに豆油を混ぜたものを揉み込むように漬け込んで、一時間放置。

 一時間後、食用油を敷いた底の浅い鍋に肉を置き、粉末にした香辛料を両面に振り掛ける。

 焼けた肉を食べやすい大きさに切って盛り付ける。

 ボウルの中に残った漬け汁を鍋で煮込んで、ソースにして焼きあがった肉にかける。

 題して、【何かの肉を焼いたもの。カラシナソース添え】の完成だ。


 白ワインと買ってきたパンと完成した料理を並べ、一人満足をする。


 焼きたての肉を一口。


 ――うん、不味い。


 多分調味量の分量を間違った。


 二百三十日目


 フロース様に差し上げた薔薇の花は一年に二回花を咲かせる。

 ところが、半年後の雪解けの時期には蕾を一つも付けなかった。花を全て切り取ってしまったのが悪かったのか。

 頑張ってお世話をしてみたが、家を離れている事も多かったので、次も駄目かもしれない。

 しかしながら、俺の不在中はアセスが一生懸命手入れをしてくれているみたいだ。


 三百二十日目


 今日はパライバ殿下とその奥方リセッタ様が街中を馬車で婚礼行列を行う。


 こういった王族の婚礼行列は二十年ぶりらしい。

 なんでも二十年前、とある王族が婚礼行列を行っている途中に、集まっていた群衆の中から生卵が飛んできたという事件があった為からこういった行事を今まで控えていたとの事。


 そんな中でパライバ殿下は国民の為に婚礼行列を行うことを決めて、本日の決行となった。


「あああああ、怖いよおおおお」

「言うなよ…忘れていたのに」

「大丈夫だって。もし当たるなら先頭を歩く隊長だから」

「……」


 若い親衛隊員達は婚礼行列中に飛んでくるかもしれない生卵に怯えていた。

 今回の親衛隊の仕事は、パライバ殿下とリセッタ様の乗った馬車の護衛だ。

 俺は婚礼行列の先頭を歩くという素晴らしい名誉を頂いたのだ。


「お前ら、卵なんか飛んでくる訳ないだろう?」

「でも…」


 生卵が投げられた王族は国民を馬鹿にするような態度を取っていたらしく、その腹いせの為という報告書が上がっていた。

 パライバ殿下は国民にも人気があるし、その心配は無いように思っている。


「パライバ殿下は普段から国民を大切にしているし、仮に生卵が飛んで来たとしても、落ち着いて処理をするんた。お前らも驕ることなく、謙虚な態度で警備に就けよ。――万が一卵なんかが飛んできたら婚礼行列は中止だ」

「は~い」

「隊長―、質問がありまーす」

「何だ?」

「生卵を割らないでうっかり手で受け取ってしまった場合、婚礼行列は」

「中止に決まっている!!」

「隊長―、生卵はお菓子に」

「入る訳がない!!」


 …こいつらはこんな時でもふざけやがって。本当に国民の前に出しても大丈夫なのか。

 一度ガツンと叱っておこうと決心していたら、背後から思わぬ怒号が聞こえた。


「――あなた達、隊長が怒らないからって馬鹿な質問ばかりして!!」

「やっべえ、副長が怒ったぞ!!」

「逃げろ!! 来月夜勤ばかりにされるぞ!!」


 今まで執務机に大人しく座っていたイリエが隊員を怒鳴りつけ、部屋から出て行った二人の隊員を走って追いかけて行った。


 勤務表を作るのは副隊長であるイリエの仕事だ。

 なるほど。悪さをすると夜勤多めの激務にされてしまうのか。

 出て行った隊員と入れ替わるように、第七部隊の緑色の制服に身を包んだオッサン達が入って来る。

 彼等はパライバ殿下の婚礼行列の為だけに構成された楽器隊だ。先頭を馬に乗って歩く俺の後ろを演奏しながら行進してくれるオッサン達で、その実態は各部隊の隊長やら何やらの管理職に就いているお偉い方となっている。


 何だか急ごしらえで集められたオッサン達なのに、和気藹藹わきあいあいと話す様子を見ていたら、第七部隊には無い絆のようなものを感じ取ってしまった。


 こうして婚礼行列は始まる。

 街中は人で溢れかえっていた。


 お馬さんもめかし込まれ、少し迷惑そうにしている。

 楽器隊の演奏が始まり歩き出すと、凄まじい声援に包まれた。


「騎士のお兄ちゃーん!!」


 人混みの中から小さな子供の声が聞こえる。

 …お兄さんとな!? 果たして誰のことだろうか。


 ちなみに現在の隊列では


 騎士のオッサン【三十二歳】


 楽器隊のオッサン衆

 

 金管楽器オッサン【五十一歳】金管楽器オッサン【四十二歳】金管楽器オッサン【五十八歳】

 木管楽器オッサン【六十歳】木管楽器オッサン【四十八歳】木管楽器オッサン【三十八歳】

 打楽器オッサン【五十二歳】打楽器オッサン【四十五歳】

 

 弦楽器オッサン【五十七歳】弦楽器オッサン【四十九歳】弦楽器オッサン【五十歳】

 

 金管楽器オッサン【五十三歳】金管楽器オッサン【五十二歳】


 …という、子供から見える位置には見事にオッサンしか居ない。


 ごめんな、もうちょっとしたら綺麗な見た目の良い兄ちゃん達が来るから。


 しかしながら、子供の声援を無視する訳にはいかなかったので、騎士のオッサン(俺)が代わりに手を振ったら、喜んでくれたみたいだったので、よかったと肩を撫で下ろす。


 隊員達の心配を余所に、婚礼行事は何事も無く終わった。


 三百五十日目


 フロース様を振ってしまったあの日から一年が過ぎようとしていた。


 薔薇の花は蕾を付け、あと少しで綻ぶ季節となるだろう。


 今年は寒くなるのかと暢気に考えている自分の元に、温かな季節がやって来るということを、この時は想像もしていなかった。


 【空白の一年~イグニス・パルウァエの脳内日記帳】完


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