表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第五章【地上の星は輝く術を模索する】
43/60

43 【挿話】レイク・アンダーベルの隊長観察日記帳 

 November 2


 ついにフロース様は第七部隊から居なくなってしまった。


 そんな中で、新しく来た侍女様も幸運なことに美人だ。フロース様が月のような人ならば、新しい侍女様、アンリエット様は太陽のような人で、居るだけでその場が華やぐような美人。ちなみにフロース様は居るだけでその場の空気が冷えるようなお人でした。でも隊長と一緒ならその冷たい空気も暖かになっていたんだけどね。


 …ああ、駄目だ。居なくなってしまったフロース様のことばかり考えてしまう。


 November 4


 隊長は相変わらずだ。

 アンリエット様が淹れた紅茶も、お馴染みの子供っぽい軽薄笑顔チャラスマイルで美味しいという感想を言っている。フロース様にだけ言っていると思いきや、アンリエット様にまで言っているとは!! 隊長、見損ないました!! フロース様はもう過去の女性なんですか!?

 …と一人で怒っていたら、古株の隊員が隊長はミルティーウ様(六十一歳)にも笑顔で紅茶のお礼と感想を言っていたという情報をくれた。その当時は隊長は熟女趣味では!? と大変な騒ぎになっていたらしい。

 ミルティーウ様が居た時は隊長の紅茶を飲む様子を気にしてなかったから、皆に同じ態度で接しているなんて知らなかった。


 なんというか、さすがだ。


 それに隊長ってば、天然紳士。


 November 12


 休憩所に行けば隊長が居た。

 なにやら手紙を真面目な顔で読んでいる。もしや恋文!?


 何故かと言えば、机に上に置かれている封筒には女性の字のような丁寧な文字で【親愛なるイグニス・パルウァエ様へ】と書かれていた。


 フロース様からか!? フロース様からなのか!? くそお、フロース様の文字が分からない。一体誰からなのか。


 そんな風につい手紙の方に視線が行っていたら、隊長に頭を叩かれてしまった。

 いつの間にか大接近をしていたらしい。


 …気持ち悪いって言われちゃった。ちょっと落ち込む。


 November 21


 なんだかアンリエット様がチラチラ隊長を見ている気がする。


 ま、まさか、隊長のことが気になるのだろうか!?


 このような短期間で惚れてしまうとは、貴族のお嬢様方の恋心とはちょっと安易チョロ過ぎないか!?


 勿論隊長は安心の鈍感さで、その熱い視線にすら気が付いていない。

 そんな隊長に踏み込んで行って、心を奪ってしまったフロース様は、本気まじ半波無いぱないと思いました。


 大丈夫ですよ、フロース様、隊長のことは俺ら第七部隊が死守しますから!


 November 30


 隊長に休日の過ごし方を聞いたら、馬と一緒に遠乗りに行った後、市場に行って、部屋の掃除と庭弄りをしていたと。


 良かった。女性の影は全く無い。


 っていうか、フロース様、何をしているのですか!? お休みの日は会いに行ってあげてください!!


 …隊長、枯れに枯れていますよ!!


 December 5


 再び休憩所で隊長と遭遇。


 今回は本を真面目な顔でお読みになっていました。


 題名は【冬野菜と家庭で出来る簡単なお手入れ】。


 …駄目だ、この人。


 月末には恋人達の為の催し事である聖夜があるのに。


 今、しなければいけないのは、贈り物の目録を見て買う物を選んだり、食事に行くお店の情報誌を見て研究をしたりする時季でしょう!?


 ああ、そういえば聖夜はパライバ殿下の公務と重なっていたような。


 December 8


 本格的なアンリエット様の攻撃が始まったみたいだ。


 安心出来るのは、隊長が笑顔でその攻撃を上手く避けているということ。


 まだ一度も【隊長を小悪魔の魔の手からお守りする隊】は出動していない。

 多分、あの人は無意識で行っていうのだろう。

 あんな美人に迫られて、顔色一つ変えないとは。


 さすが、鋼の紳士、イグニス隊長である。


 December 19


 もう何度目かも分からない、隊長との休憩所での遭遇。


 フロース様と違ってアンリエット様はこの休憩所には近付かない。

 いつも「――ああ、イグニス様は何処にいらっしゃるのかしら?」と休み時間は探しているようだが、俺達は隊長の居場所を漏らさないようにしている。


 そしてその渦中の人物である隊長は、一生懸命制服のボタンを縫い付けていた。物凄い速さで針を扱う手つきを見て、だから嫁さんがいらないのか、と妙に納得をしてしまった。


 それに俺の隊服のボタンの解れを目敏く発見をして、縫ってやるから脱げと言われてしまった。


 隊長は身なりには気をつけろ!と怒りながら、俺の制服のボタンを縫ってくれた。


 幼い頃に繕い物をしながら怒る乳母との苦い記憶を思い出してしまった。


 December 23


 今日から四日間、公務でセンチリアという街に行く事が決まっている。

 隊長のことばかり考えていたので、自分の婚約者への贈り物をすっかり忘れていた。


 馬を駆った移動の休憩中に婚約者への贈り物を忘れていた、やばい、と隊長に相談をしたら、センチリアでぬいぐるみでも買えばいいだろうが、と助言をしてくれた。

 …確かにセンチリアはクマのぬいぐるみが有名だけれど。


 彼女は十六歳なので喜ばないと思います、って返せば、十六歳はまだ子供だろう、というお返事が。


 あ、あれ。もしかして、隊長、同じ十六歳のアンリエット様のことを子供扱いしているのか!?


 ざ、残念だ。隊長も、アンリエット様も。


 December 29


 早くも月末となってしまった。


 パライバ殿下の御成婚が成立したので、殊更に忙しい毎日を送っている。


 隊長、もう結婚しても大丈夫ですよ!!


 って言えば「死ね」と低い声と怖い顔で言われてしまった。


 ーー隊長、いくらなんでも、死ね、は酷いです。ちょっとだけ落ち込む。


 Martius 12


 公務、公務、ひたすら、公務。

 結婚の挨拶周りやら、隣国への外交、地方への視察などが入り乱れ、月の半分は王都から離れている。 今までにない位の厳しい日程だ。


 そんな中でもアンリエット様は隊長に粉を振り掛けることを怠らない。


 「イグニス様が居なくって寂しいですわ」


 というお言葉に対して隊長は


 「自分達が居ない間はゆっくり休んでくださいね」


 と釣れない返事を返していた。


 隊長はアンリエット様の分かりやすい好意に、気付いているのか、いないのか、本当に謎だ。


 どちらにせよ、隊長、恐ろしい子!


 と、いうのが我ら【隊長を小悪魔の魔の手からお守りする隊】共通の意見である。


 Aprilis 8


 休日、婚約者が市場に行きたいというので、人の少ない時間帯に連れて行けば、偶然フロース様と出会った。


 でも、普段と違って着ているものは安物で、少しだけ疲れた顔をしていた。


 一体どうしたのかとしつこく聞いてみたけれど、結局理由を話してくれなかった。


 質素な服を着て、市場でお買い物。


 …まさか、フロース様は身分を捨てて隊長の元に行こうとしているのか!?


 最近隊長と会いましたか? と聞けば悲しそうな顔で首を振っていた。


 隊長の事は俺達が守っていますから、と一方的に伝えて、去り行くフロース様を見送った。


 安物の服を着ていても、庶民が行きかう市場に居ても、フロース様の背筋はピンと張っていて、後姿なのに美しいと思ってしまった。


 Aprilis 9


 フロース様の影の努力を見てしまった翌日。


 隊長といえば、真面目な顔でお掃除に取り掛かっている。


 呆然と見ていれば、箒を持たされ、お手伝いを命令されてしまった。しかも腰が入っていない!! って怒られた。隊長、訓練じゃないんだから…。


 いやいや、隊長、掃除なんかやっている場合じゃ無いですよ! フロース様が…と言おうとしたけれど、早とちりだったらいけないと思って、黙っていた。


 隊長、掃除なんかしていないで、そろそろ男を見せて下さいよ…。


 Aprilis 27


 休憩所に居た隊長にお茶を淹れてみた。


 もちろん紅茶を淹れるのは初めてだ。

 想像力を最大限にまで膨らませ、紅茶を淹れる。


 やっとの思い出完成した紅茶はなんだか濁っている。ミルクを入れて怪しい色を誤魔化したけれど、雨の日の水溜りみたいな色になってしまった。…これは酷い。


 ――うん、不味そう。というか、絶対不味い。


 そう、分かってはいたけれど、一生懸命淹れたし、その気持ちを受け取って貰おうと、どきどきしながら隊長に「粗茶ですが」と言って紅茶を差し出した。


 その結果。


 「――なっ、こ、この、馬鹿野郎が!! …何が粗茶ですが、だ!! こんなの粗茶以下だ!! お茶と名乗るのもおこがましい!! よくもこんなクソ不味いものを作ったな!! 紅茶に謝れ!!」


 …と全力突っ込みを頂きました。本当にありがとうございます。


 こんなに本気の批判がくるとは思ってもいなかったです。


 肩を震わせながら紅茶を片付けているうちに、隊長は休憩室から居なくなっていました。


 隊長が使ったカップも洗おうと回収に行けば、なんと、カップは空だったのです。


 隊長は不味い、と罵りながらも全て飲んでくれていました。


 ――フロース様!! 隊長のこんな所が好きなんですよね!?


 さすがは天然紳士。侮れないお人だ。


◇◇◇


 ーーと、こんな感じに隊長の日常は緩く、穏やかに過ぎていく。


 その中に早くフロース様が現れたらいいな、って心から思った。


 【挿話】レイク・アンダーベルの隊長観察日記帳 完


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ