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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第一章【星を見つけた騎士】
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「あれ、イグニス君じゃない?」


 本日の業務を完了し晩御飯の心配を胸に帰宅をしようとしていた所、渋い声のオッサンに呼びとめられる。


「どうも……」

「元気ないねえ、きちんと食べてる?」

「はは、食べてますよ」

「本当かい?」


 この只者ではない雰囲気を持ちながら近づいて来る騎士は、王太子様の第一親衛隊長アンストレア・ジャイヴァーという。撫上げた金の長い髪は後ろで一つに括り、薄い紫の瞳は銀縁の眼鏡が囲っている。年齢は五十前だった気がするが、正確なものは覚えていない。いつでも笑顔を絶やさず、屈強な筋肉を包む制服を上品に着こなす姿は様になっており、行く先々で婦女子の視線を集めてしまう罪作りなオッサンだ。そして俺の苦手とする【親衛隊長紳士の会】(と心の中で勝手に名前を付けて呼んでいる)の会員の一人としている。


「元気ですよ。今日も訓練で六人相手にして、その後城の外周を七周一緒に走って来ましたから」

「それは凄いね」


 因みに訓練は夜勤の奴らと入れ替わった後に毎日行う。俺たちみたいな親衛隊員は一日のほとんどを護衛対象と共に過ごし、剣を抜くことはめったに無いので、腕を鈍らせないよう欠かさず続けているのだ。


「夕食は食べたのかい?」

「いえ…」

「じゃあ一緒に食堂へ行こう! 最近どの隊長とも会わなくってね、一人で寂しく食べていたんだよ」

「あの、俺は今から帰…」

「たくさん食べないと大きくならないからね」

「……」


 三十を超えてから身長が大きくなる方法があれば是非とも聞きたいものである。

 隊長のお誘いは正直迷惑…じゃなくて、涙が出るほどにありがたかったが、家の鍋の中には昨日作った、あまり美味しくない出来のスープが残っているし、朝市で買ったパンも購入から今日で七日目なので、もうそろそろカビが生えるか生えてないかの状態だろう。パンが頑張れるのは今日が限度だと思っている。食料はなるべく無駄にしたくは無い。

 そんな訳でお断りの言葉を口にしようとした時、いきなり肩をがっちり掴まれ、ぐいぐいと前に押されるように歩かされてしまう。まるで連行をされているような気分になり、肩の手を振り払おうとしたが、何故か体が全然動かない。

 ジャイヴァー隊長との身長差は頭二つ分ほどあり、並ぶと大人と子供のようだ。隊長が大きすぎるのと俺が成人男性としては小さいのが原因だろう。そんな感じなので小柄な俺は驚くほど容易くジャイヴァー隊長の行きたい方向へと連れ去られてしまった。訓練の後だから汗だくなのに、結構疲れているのに、どうしてこうなった。また、隊長の体から香水の良い匂いがしているのも俺の神経を激しく逆なでにしていた。


 上級職に就く騎士達専用の食堂は、ご婦人方のお茶会でも開かれそうな小洒落た空間となっている。給仕の女の子は俺たち二人の姿を確認すると、お辞儀をして席へと案内をしてくれた。

 白いテーブル掛けの上には数種類のナイフにフォークが並べられ、芸術品のように綺麗に畳まれたナプキンが目の前に用意される。そんなお貴族様的な食事の光景を見ただけで、なんだか胸がいっぱいになってしまった。

 執事のような、ぱりっとした黒い仕着せを纏った若い兄ちゃんが出てきて、一品一品丁寧に給仕してくれる。


 一品目、サラダ。酸っぱい味のソースが掛っている。冷たくて美味しい。


 二品目、スープ。根菜をすり潰して漉したものを牛乳と煮詰めたもので、舌触りがとても滑らかだ。


 三品目、パン。どうしてスープと一緒に出さないのか謎だ。口に中の水分を全部持って行かれた。


 四品目、魚料理。白身の魚に数種類の香辛料をまぶし、強火で焼いたものだ。骨も無く表面はカリカリで中はふっくらとしている。しかしナイフとフォークでチビチビ食べなければならないので、味はよく分からなかった。


 五品目、甘ったるい果実の氷菓。口直しのもので、デザートでは無いらしい。目的が良く分からん。


 六品目、肉料理。分厚く切られた肉が出て来たが、激しい運動のあとにはきつい一品だった。あと中がほとんど赤い。もっとよく焼いて欲しいものである。お腹の具合が心配だ。


 七品目、パン。ま た お ま え か ! ! 安心の口内水分泥棒である。どうして肉と一緒に出て来なかったのか!!…それはそうと、パンは齧って食べたい派だ。千切っては食べ、千切っては食べ、という貴族様式は正直面倒だ。パンくずもいつもより出る気がする。もう出て来ないでくれと心の中から願った。


 八品目、チーズ。どういう目的で品目に組み込まれているのかは謎。普通に美味い。酒が欲しくなるが、勤務中というか騎士の服を着ている間の飲酒は禁じられている為、果実の絞り汁を飲んで我慢をする。


 九品目、デザート。ようやく最終地点までたどり着いたようだ。出て来たのは寒い季節に育つ赤い皮を持つ果実とクリームを包んで焼いたお菓子だ。どうすればこのお菓子をお上品に食べることが出来るのか分からなかった。目の前に座るジャイヴァー隊長は驚くほど綺麗に食べていた。…っていうかなんで男二人で食事を摂っているのか疑問に思う。魔術師団なんかには女性の隊長も居るし、一人か二人か連れて来ても…と思ってしまった。その位侘しい気分になる食事会だった。


 十品目、紅茶とお菓子。またお菓子…小さなケーキを給仕の兄ちゃんに山のように詰まれてしまった。そんなに食べれないのに。甘いものは別腹なのは女性だけだろう。


 食べている間、ジャイヴァー隊長は四人いる娘のうちの末の子について語り倒していた。なんでも今年で十五歳になり、とても美人なのだが、人見知りで大人しい性格をしているとか。趣味は刺繍と、庭に花を種から育てたり、苗を植えたりすることで、婚約者はまだ居ないという。


「それでイグニス君はどうかなって?」

「なんの話ですか?」

「なにってうちの子を嫁に貰わないかって話だよ」


 ……どうやら今までの話はただの娘自慢では無かったようだ。


「ありがたいお話ですが、もっと若い者の方が気が合うではありませんか?」

「え? 君、一体いくつなんだい? まだ二十かそこらだろう?」

「…三十一です」

「そ、そうだったんだ」


 またしても勘違いしていた人がいて若干へこむ。それよりも十五歳の子といえばうちの村ではまだ子供扱いをしている時期だ。貴族はそれが当たり前という話は聞いた事があるが、成熟していない子供を嫁に貰うつもりは毛頭無い。


「最近の若者はみんなちゃらちゃらしてて、鏡で髪を確認したりさ、何しに王宮ここに来ているのって何度も怒ったんだけどね。…そんな男達に末の子を渡したくなくってさあ」


 曰く他の姉妹達は夜会などで結婚相手を見つけてきたらしいが、例の末っ子は父親の影に隠れて他の人達と交流を取ろうとしないとか。

 こうなればジャイヴァー隊長が相手を探さなければならない。それで俺に声を掛けて来た、という訳だと話す。


「リリシアナっていうんだけど一度会ってみない?」

「いえ、すみません。王子も結婚していないですし」

「殿下なら心配要らないよ。もうすぐ婚約者が決まりそうなんだ」

「そうなんですか」

「ようやく決まりそうって我が君が言っていたよ」

「それはおめでたい事ですね」

「そうそう! だからさあ…」

「いえいえ、ジャイヴァー隊長の娘さんなんて恐れ多い」


 貴族のお嬢様なんぞ我が身にはありがた過ぎて勿体無い。

 そもそも俺には住宅借り付け金という名の借金がある。それにジャイヴァー隊長の家は伯爵家でかなりのお金持ちと聞いた事があった。その暮らしに慣れた娘なんぞ嫁にすれば金銭感覚が合わなくて大変な事になるだろう。

 実を言うと騎士隊の中に離婚を経験した者は案外多いのだ。勤務先である王宮には貴族の娘さんが行儀見習いで来ており、若者達は一瞬の燃えるような恋情に溺れ、そのまま結婚という名の最終目的地まで走り抜けてしまうという。しかしながら、その欲望のままに走った結果、待っているのは互いの価値観の違いや、生活環境のズレだ。衣・食・住というのは生活をしていく基礎であり、生まれ育った時から感覚が染み付いているものでもあって、それを変えることは酷く難しい。

 俺の買った家も大貴族の奥さんと貴族の四男で、裕福ではない家庭で育った騎士が建てたものだが、この二人も価値観の相違から離婚をしてしまったという話を購入前に聞いた。

 結婚相手には身の丈にあった者を選ばなければいけない。家を買う為にお金を貸してくれた親衛隊の総隊長が何度も何度も言っていた言葉だ。全くその通りだと思う。


「まあ、今日いきなりだったし、ゆっくり考えてよ」

「いえ……はい」


 ジャイヴァー隊長が今にも泣きそうな顔をしていたので、これ以上はっきりと断る事が出来なかった。

 どうせ一ヶ月に一度会うか会わないかの人だしと思い、適当に返事をしてその場を切り抜けた。

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