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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第四章【流れ星は地上で輝けるか?】
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 私がお祖母様から引き継いだお仕事は執務関係だけではなくて、孤児院への訪問も含まれていたの。公爵家の慈善事業はここ十年間、お祖母様が担当をしていて、家令の話では子供達との交流を積極的にしていたみたい。

 ルティーナ大国には全土で百箇所以上の児童保護施設があり、その地方に住む貴族達が社会貢献を目的として恵まれない子供達などに寄付を行うのだけど、施設によって格差を出さないように金額などは国の方針で決まっているの。

 金貨六枚。それが孤児院へ寄付出来る金額で、これ以上でも、これ以下でもいけなくて、ぴったりの枚数でなければいけないと定められているわ。


 それでも人数の多い所は金貨六枚では足りないらしいの。なるべく一箇所に子供が集まらないように、微調整は行っているみたいだけれど、全体に管理が行き届いていないのも問題視されているそうね。

 どうしてもお金が足りないという孤児院は、比較的大きな子供が奉公に出たりして、生活に必要なお金を賄っていたと聞いたわ。でも、子供だから沢山給金は貰えないし、その子達の負担も大きかったみたいで、困っていたらしいの。


 そのお話を聞いたお祖母様は、家から着なくなったドレスなどを孤児院へと持って行って、子供達に針仕事を教え、解いたドレスなどで作った品を市場へ売りに出す、というお仕事を考え出したの。勿論これは公爵家の事業という扱いで、孤児院には売り上げの中から人件費のみが支払われる、という仕組みで運営されているという説明を受けたわ。これだったら子供達皆で出来るし、一部の大きな子供だけが苦労をするものでも無くなったと、各地方の院長様から感謝の手紙が届いたのですって。


 そんな感じに今までのお祖母様が書かれた孤児院訪問の記録に目を通し、明日の訪問に備えていたわ。

 幸い針仕事は得意だし、お仕事を手伝うことも出来ると思っているのだけれど、一つだけ心配があるのよね。


 ――私、子供が苦手なの。


 前にね、ランドマルク領に居た時に、一度だけ孤児院を訪問した事があったのよ。普段はラウルスと妹のユーリアが行っていたのだけど、丁度孤児院の訪問日にユーリアが風邪を引いて、ラウルスにも急用が入ったから代わりに私とお父様が行く事になったのよね。


 子供達はね、ランドマルク家の家紋が入った馬車が到着したのに気が付くと、喜んで駆け寄って来たのよ。でもね、馬車から降りた私とお父様を一目見て、蜘蛛の子を散らすように、子供達は逃げ出して、泣き叫ぶ子も居たり、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていたわ。

 後で院長様から話を聞いたら、私たち親子の顔が怖かったみたいで、子供達の心に傷を残してしまったのですって。

 失礼しちゃうわ、って思ったけれど、今思えば怖かったのはお父様だけなのかもしれないわ。だってお父様ったら目の下のクマは酷いし、顔色も青白いし、目つきも悪いし、背は大きいし。それに比べて私はほんのちょっとだけ目つきが悪いだけで、それ以外は可愛いものでしょう?


 そんな事があったものだから、その日以来子供達と触れ合う催しは避けていたのよね。


 でも、大丈夫よね、きっと。明日は見た目が怖いお父様、居ないし。私一人での訪問だから。


 …そう思って孤児院に行ったのだけれど。


「……」

「いやあああああ」

「わああああん」

「ひいいいいっ」


 この光景は、以前お父様とランドマルク領で見たものと凄く似ているわ。


 出迎えてくれた小さな子供達は私の顔を見るなり大泣きを始めたのよ。あわてて微笑んでみたけれど、逆効果だったみたいで、ますます泣き声が大きくなってしまったの。

 

 泣き叫ぶ三歳から五歳位までの少年少女達前にどうして良いか分からずに、一人立ち尽くしていたわ。だってどうやって慰めればいいのか、どうすれば泣き止んでくれるのか分からなかったのだもの。


「わあ、フロース様! お待ちしておりました。っていうか、あんた達何泣いているのよ!?」


 奥から出て来たのは十四歳位の女の子で、泣いている子達をあやし始めたわ。地面に膝をついて目線を合わせ、背中を軽くポンポンと叩きながら優しい声で泣かないように言い含めていたの。子供はあんな風に目線を合わせてお話すれば良いのね。もしかして私が上から見下ろしたから怖かったのかしら?

 近くで泣いていた子供の前に膝を付いて、女の子がしていたように声をかけながら背中をぽんぽん叩いて、あやしてみたのよ。


「ごめんなさいね。怖かったかしら? 私はあなた達に会いに来たのよ」


 そう言ってまなじりの涙を拭いながら幼子のご機嫌取りをすると、次第に落ち着いてくれたわ。

 子供ってそんなに苦手に思うような生き物ではないのかしら?

 それによくよく見たら子供って小さくって、温かくって、可愛いのね。今まで気が付かなかったわ。


 ここに居る子供達は全員で三十名程。皆で掃除、洗濯から食事の準備までしているのですって。最年長の子は十七歳で、しっかりした女の子だったわ。

 持って来たドレスで作る、市場で売る小物を製作している間は、女の子達が引っ切り無しに話しかけてきて、話題には困らなかったの。お喋りしながらも手はきちんと動いていたから、その技術には感心をしたわ。


 製作をする小物もお祖母様が型紙を作っていて、手順通りに作るだけの簡単な作業なのよね。お祖母様、流石だわ。


 びっくりしたのは男の子もこの針仕事に参加をしていたことね。みんな器用で、頑張ればお菓子が買えるって言いながら励んでいたのよ。


 そんなこんなで、半日という時間はあっという間に過ぎて行ったわ。


 …念のために家に帰ってから鏡に向かって微笑んでみたら、おぞましい表情で笑う自分の顔が映っていたの。これは子供達も泣き叫ぶ訳だわ。


 それにしても、どうしたら素敵な顔で笑う事ができるのかしら?今度誰かに聞いてみなくてはいけないわね。


◇◇◇


 パライバの侍女をすることになって、衣装関係も任されるようになったので、あの子の為に毎日着る服を見繕ったり、新しい服を注文したりしていたのだけど、驚いたのは衣裳部屋の服の量!

 呆れた事に幼少時代からの服を処分しないで、全部取っていたの。なんでも乳母のミルティーウがパライバとの思い出だからと、大切に保存をしていたみたい。


 でもね、衣装部屋がいっぱいいっぱいで、ぎゅうぎゅうなのよ。何がどこにあるのかも分からない!今度ある式典で使う、王家の紋章入りのスカーフを探すのにどれだけ苦労をしたことか!

 それでパライバに許可を取って孤児院の事業に回す事にしたのよ。勿論売り上げの一部は服の持ち主であるパライバに入る事になるわ。あの子もその仕組みを理解してくれたの。


 窓の外からは金属同士のぶつかる音が聞こえて、何かと覗き込んだら親衛隊の騎士達が剣術の訓練をしていたみたい。


 剣の打ち合いをしているのは、黒髪の東国出身の…名前は何だったかしら?そういえばあの子とは自己紹介をしていなかったわ。親衛隊は全員で十八名いるらしいのだけど、まだ会った事も無い隊員も居るのよね。


 その子の相手をしているのはイグニスで、剣を振るう姿は暮れる日の中に溶け込むように、一体と化していたの。その中で揺れる赤い髪は一際目立っていて、大地の上で本当に燃えているように見えて、とても綺麗だったわ。


 手合わせはイグニスの勝ち。東国の子の剣を弾き飛ばして、その体を背負って投げ飛ばしていたわね。

 それにしても驚いたわ、彼、とっても強いのね。普通の人よりも小柄だから、剣で勇ましく戦う姿が想像出来なかったのよ。

 もしかしたら、お兄様と対等に戦えるかもしれないわ、と思ったけれど、そんな機会なんて訪れる訳が無いわね。でもお兄様、次の御前武道会に出るとかお祖母様が言っていたわ。イグニスは出場するのかしら?参加するのであれば、お兄様を差し置いてでも応援するわ。


 その後は服の整理を再開させたのだけれど、剣の打ち合う音は止まることなく、それから二時間は続いていたかしら。

 日も沈み、辺りが何も見えない事に気が付いて明かりを灯して後片付けをしたの。

 部屋の出る前に外を覗いたら、ちょうど訓練が終わった頃なのか、隊員達は散り散りになっていたわ。王宮の中からの明かりが広場に差し込んでいるから、外は全く暗い状態では無いのよね。


 イグニスは何か指示を出しながら、汗を拭っているようね。近くに来た隊員と話しているかと思えば、あの東国の子が窓から覗き込んでいる私に気が付いて、指を差していたの。

 イグニスに向かって手を振れば、あっさりと無視してくれたわ。代わりに隣に居た隊員が手を振ってくれたけどね。手を振るのが恥ずかしかったのかしら?ちょっと位振ってくれてもいいのに。


 こんな所で油を売っている暇は無いので、帰宅をする事にしたの。あんまり遅くなるとお祖母様が心配をするし。


 袋に入れた服を両腕にかけ、三個分の箱に入れたものは両手で持って歩いていたら、誰かが慌てた様子で荷物を受け取ってくれたの。

 前が見えていなかったから正直助かったわ。でも、この気の利く紳士は誰かしら?って顔を見上げたら、イグニスだったのよ。この荷物は何かって聞かれたから、孤児院に持っていくものだと説明をしたわ。昨日の訪問で材料が尽きてしまったから、使用人に頼んで届けてもらうように支度をしていたのよね。それに半年後に開催される御前武道会の入場券も手配したから、一緒に持って行って貰わなきゃって。


 御前武道会は五年に一度王都で開催される武芸の大会で、沢山の人が各地から訪れるお祭りなの。今朝方お兄様の出場の手配をしたと言っていたから、イグニスも出てみない?って誘ってみたけれど、素気無くお断りをされてしまったわ。


 その事をとても残念に思っていたら、次の日パライバに参加をするように命じられて、悲惨な表情をしていたわね。


◇◇◇


 今日はお休み。

 お兄様の執務室でランドマルクに居るラウルスの妹に手紙を書いていたり、いつものお仕事をしていたりと忙しく過ごしていたのだけど、少しだけ場所を変えて息抜きでもしようかしらと、居間にお茶とお菓子をお願いして移動をしていたら、曲がり角で誰かとぶつかってしまったの。

 

「――きゃあ!」

「うわ!」


 風を切るように歩いていたつもりはなかったけれど、目の前に迫っていた硬い体に弾かれて転倒しそうになったの。でも、咄嗟にぶつかった相手が腕と腰を掴んで引き寄せてくれたから転ばずに済んだわ。


 突然の事にびっくりして、相手を見上げたら、なんとまあ、その人物とはイグニスだったのよ。ラウルスのお見舞いに来ていたみたい。前に来るようにお願いしていたのよね。

 それにしてもこの人の体、金属みたいに硬かったわ。騎士隊の制服には鉄とか仕込まれている訳ではないわよね?


 …はあ、本当に驚いた。


 それからこの人は帰ろうとしていたのだけれど、無理矢理捕まえてお茶に誘ったの。この所ゆっくりお話をする暇も無かったでしょう?ちょうどいいかと思ったのよね。


 でもね、まさか居間に仲の悪い、お父様とお祖母様が二人揃って居るとは考えもしていなかったのよ。


 お父様とお祖母様に囲まれたイグニスは、それはそれは可哀想なほどに居心地が悪そうにしていたわ。

 一応紹介をしたけれど、お祖母様は食い入るようにイグニスを見つめているし、お父様は全く興味無さそうだし。本当に悪い事をしたと思っているわ。

 どうして居間なんかに案内をしたのかしら?お客様なのだから、客間に案内をするべきだったのよ。

 先ほどからお祖母様が何か引っ掛かる事があったのか、質問攻めをしているし、しかも失礼な事ばかり聞いているし、気を悪くしているのでは、と心配で落ち着かなかったの。


 こんな展開になるんだったら客間に案内をして、私が紅茶を淹れれば良かったわ。それだったらいつもみたいにイグニスの笑顔を見る事が出来たかもしれないのに


 それから三十分ほどでイグニスとは別れてけれど、お祖母様の冷たい視線と失礼な態度を謝ろうと思い、駄目もとで後を追いかけたら、なんとか間に合って厩舎の中で謝罪出来たわ。


 一先ず安心をしていると、イグニスが手にしていた外套を私が寒そうだからと肩にかけてくれたの。


 寒い中で目の前に居た女性が震えていたから、自分の上着を貸してくれるという素敵な展開、本で読んだことがあるわ!と喜んでいたのに、後日この外套がラウルスから借りていたものだと判明するのよ。


 あの時のときめきを返して!!…っていう怒りはどこにぶつければいいのかしら。


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