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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第三章【星から目を逸らした騎士】
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 とうとう御前武道会の当日となってしまった。今日から五日間、本選に出る為の予選を行う。参加人数は三百人と聞いていた。その中から本選に出場できるのは五十人位らしい。一回負ければ終わりという厳しいものだが、出るだけで自慢出来るような名誉ある戦いの場だ。気を引き締めて参加をしようと思っている。


 そしてこの大会にはいくつかの決まりがある。


 ・武器を手から離す、もしくは膝を地面に付いたら負けとする。

 ・所持する武器は一つまで。

 ・魔術の使用は可。(但し回復魔術の使用は不可)

 ・服装は自由とする。


 他にも細々としたものがあるが、大雑把に言って上記四つを守っていれば問題無いとされている。

 御前武道会の会場は王都の外れにある円形の闘技場だ。古くからある建築物で、五年毎に補修も行われているという。普段は月に一度の闘技大会の会場として使われ、誰もが参加権を持つその大会は遠方からも見に来る者も多く、王都の中の観光地の一つとされている。

 円形の闘技場は天井部分が無く吹き抜けで、観客席にだけ日光や突然の雨を避ける為の天幕が張られている。収容人数は一万人程度で、毎回予選・本選共に入場券は完売するという人気のある催しものだ。

 国王陛下などが観戦をする第一貴賓席は通常の観客席より高い位置にあり、外に剥き出しとなった席には雨や風を避ける為の様々な魔術がかけられていると聞いたことがあった。

その下にある第二・第三貴賓席は大臣や宰相、その家族などが座るようになっていて、恐らくアセスの家族の席はそこになっているだろう。本選当日、隣の家の旦那さんと奥さんの顔が蒼白になっている様が想像出来た。パライバ殿下も庶民家族の為にとんでもない席を用意してくれたものである。

 

 早く目覚めたからと朝からのんびりしているうちに、家を出る時間となってしまったので、慌てて外に出た。会場には厩舎など無いので、乗り合いの馬車で向かう。馬車乗り場は闘技場に向かう人々で長蛇の列を成していたが、警邏機動隊に所属をしていた時代に見慣れた光景だった。その為このような事態は想定済みで、列に並ぶ時間も考慮して家を出て来ていた。


 つい一ヶ月前まで汗ばむ陽気が続いていたのに、最近は霜が降りていたり、近日中には雪が降るかもしれないとも言われている。昨日アセスと見た薔薇の蕾が綻び始めているかもしれないが、バタバタしていて見る余裕も無かった。


 フェーミナ様から頂いた戦闘衣の上から元々持っていた外套を纏い、目立たないように帽子を被った姿で会場へと向かう。目立たないように努めた格好は、以前別の地方から来た酔っ払い観光客に、派手な髪色だと絡まれたことがあったからだ。御前武道会の開催期間は祭のように王都全体が盛り上がり、人々は昼夜関係なく酒を浴びるように飲んで、大いに楽しむ。それによって生じる揉め事も多くなり、騎士団の世話になる者も少なくは無い。そんな事から用心に越したことはないと考えている。


 会場にたどり着けば、闘技場の凱旋門の前には大勢の人で溢れ返っていた。市場のような出店が沢山並んでおり、怪しい人物の「入場券を譲ろうか?」という声掛けも居た。しかし素早く騎士に取り押さえられ、どこかへと連行されている。相変わらず警邏機動隊の仕事は速い。


 御前武道会の参加証を提示すると待機部屋まで案内された。大部屋には沢山の着飾った騎士達が、暇を持て余している。

 連なった隣の部屋の長机の上には食事や飲み物も準備されており、状態維持の魔術が掛かった皿の上には出来たてを保ったままの食事が湯気を出して並べられている。朝食は済ませてきたので、飲み物だけを給仕から貰い、近くにあった椅子に腰掛ける。

 先日見た御前武道会の本にあった通り、参加者は三十代後半から四十代半ばの騎士達が大半だ。ざっと見た所で、二十代と思わしき若者は居ないように感じる。辺りを見回すが、知り合いの姿も無い。待機室は何箇所かあるようなので、別の部屋には居るのかもしれないが。


 給仕の兄ちゃんが淹れてくれた紅茶を飲み終えた頃、予選の開会式が始まると声が掛かった。参加者達は戦闘場に案内され、精霊教会の司祭からのありがたい話の後、セレスタイト王太子様の開会宣言が行われる。

 予選会は陛下の代わりに王太子様が騎士達の戦いを見守る。貴賓席にはセレスタイト王太子様の婚約者様であるマリアンヌ様に数名の王族が座っていた。あのシトリン様も観覧に来ているようで、きっちりと巻かれた金の縦ロールのお陰で美形の多い兄妹の中でもひと際目立っている。観客席も見回してみたが、床屋の親父の姿は確認出来なかった。ちなみに渡した入場券は両親に贈った物だったが、王都は遠いから行けないと送り返されてしまったものだ。冷たい家族だと思っていたが、今では本当に喜んでくれる人の手に渡って良かったと感じている。


 その後対戦表が公開され、自分の名前を確認してみれば、第十五試合と記されている。案内人に聞けば一時間ほど待ち時間が発生すると言われる。


 待機部屋で時間を潰そうと向かうと、中に人はほとんど居なかった。一日目に試合の無い人や、待機時間の長い人は別の場所に行っているのかもしれない。

 

 先ほど同様に飲み物を貰い、長椅子に腰掛ける。今から先が長いなと考えながら紅茶を一口啜った所で、口の中のものをそのまま噴出しそうになった。


「ぐ、げほっ…あ、危なっ…!!」


 自分の隣には先に人が座っていたみたいで知らずに腰掛け、紅茶を飲んでいる途中に気が付いたのだ。

 隣に座っている兄ちゃんは全身を覆う黒い外套を纏い、頭巾も深く被っているのでその表情は窺えない。そして恐ろしく気配が無く、待機部屋の黒い壁紙と黒い長椅子に完全に溶け込んでいたので、全く気が付かなかった。


「す、すみません、勝手に座って」


 黒ずくめの兄ちゃんの肩がビクリと揺れ、こちらに顔を向ける。頭巾の中から覗いていたのは顔半分を覆う仮面だった。前髪は撫で上げているのか、こちらからは見えない。


「……」


 気持ちは分からなくも無い。あんな大勢の人の前で戦えと言われたら顔も隠したくなるだろう。重ねて謝れば、仮面の兄ちゃんはブンブンと首を振って気にしていないといった反応を示した。

 

「武道大会に出るのは、今回が初めてなんですか?」


 仮面の兄ちゃんはコクコクと頷く。暇なので話しかけてしまったが、何というか、隙の無い人だと思った。かなりの武術の使い手だろうというのはパッと見ただけでも窺える。


「そうでしたか。俺も初めてなんですよ。何だか緊張して落ち着かなくて…」


 兄ちゃんも同じ気持ちだったのか、何度も頷いていた。自分の緊張を解す為に一方的に話しかけてしまったが、大人しく聞き入ってくれた。そうこうしているうちに順番が回ってきたのか、名前を呼ばれる。


「あ、次俺みたいです。すみません、べらべら喋ってしまって」


 首を振りながら口の端を上げて、微笑んだように見送られる。


 結局、あの若者は一言も言葉を発しなかった。


 初戦の相手は若い騎士だった。警邏機動第五部隊所属、グラン・テキストル。年は二十代半ば位だろう。

 審判を勤める司祭が名前を読み上げれば、会場から歓声があがる。


 剣を抜いて構えれば、戦闘開始を告げる空砲が空に向かって放たれた。


 闘技場の地面は土だ。一番戦い慣れた環境なので安心していた。空砲が放たれた瞬間に対戦相手のグラン・テキストルが剣を振り上げた状態で駆けて来る。振り下ろされたその剣を受け止め、軽く弾き返す。そしてがら空きになっていた胴に向かって剣を横にはらって切り倒そうとしたが、寸前で回避されてしまった。

 相手はすぐに二撃目を打ってくる。会場の歓声と剣戟の音だけが響き渡り、一瞬の油断も許さぬまま時間は過ぎて行く。

 グラン・テキストルはどうやらかなり近い間合いでの攻撃を好むらしい。あんまりにも近付いて来るので決め手がなかなか打てないまま、打ち合いは続く。


 額に汗が伝うのが分かる。体力には自信があるが、相手も二十代の若者だ。それに疲れているようには見えない。そろそろ決着を付けなければ。

 剣を片手で持ち、近づいて来たグランの剣を避け、胸の上部を拳で叩きつける。よろけた隙に振りぬいた両手で構え直した剣で再び胴体部分を狙った。


「そこまで!」


 審判を務める司祭の声がかかり、大きな喝采の声が上がる。


 先に膝を付いたのはグラン・テキストルの方だった。


 何とか一戦目を勝ち抜く事が出来たのだ。


 ほっと胸を撫で下ろしながら廊下を進む。途中で対戦表を管理している精霊教会の神父らしき人に、次の対戦についての予定を言い渡された。


「イグニス・パルウァエ殿ですか?」

「はい」

「次の対戦は明日の第三十戦目となります。遅れないようにいらしてくださいね」

「わかりました」


 一度待機部屋に行ったが、先ほどの仮面のお兄ちゃんの姿は無かった。もしかすると対戦中なのかもしれない。

 これからどうしようか考える。…とりあえず王宮に戻ってパライバ殿下に報告でもしようかと思い、街へ向かう乗り合いの馬車を探しに出かけた。


◇◇◇


 パライバ殿下の執務室は無人だった。今日は休みだったのかと机に中に入れていた勤務表を確認すれば、休みの印は付いていない。今日の朝は酷く冷え込んだので、風邪でも引いたのだろうか?

 休憩所に行けば誰かが居るかも知れないと思って扉を開いたら、そこにいたのは寛いだ姿で読書をするフロース様が居た。


「うわ、すみません」

「あら、あなた…どうしたの?」

「いえ、試合が終わったので報告をしようと」

「そうだったの」


 早めに仕事が終わったパライバ殿下は婚約者のリセッタ様と王宮の庭園の散歩に出かけたらしい。フロース様も同行するように誘われたが、お断りをしたとか。


「パライバったら酷いのよ。仕事が終わったならあなたの試合を見に行ってもいいかって聞いたら駄目って言うの」

「それは…」


 殿下の気持ちは分からなくも無い。あんなに人の多い場所では何が起こるか分からないので、出来れば静かな所で待機してくれる方がありがたいと思う。


「で、どうだったのよ」

「あ、勝ちました」

「…何か落ち込んでいるように見えたから負けたのかと思ったわ」

「はは…なんだか会場の熱気にてられてしまったようで」

「大丈夫なの?」

「はい。大分落ち着いてきました」


 フロース様は久しぶりに紅茶を淹れてくれた。最近は殿下の公務が中心だったので、執務室でフロース様の紅茶を口にする機会も無かったのだ。

 手渡された暖かな飲み物が体の冷えをじんわりと癒す。やはりフロース様の紅茶が一番美味しい気がする。


「そういえば、お兄様は見かけたかしら? 私と同じ銀髪なんだけど」

「公爵様ですか? いいえ」


 今回の大会にはフロース様の兄上でもあるレグルス様が特別枠で参加をしている。しかし銀髪の参加者は見当たらなかった気がするが、三百人も居たので記憶も定かでは無い。


「そう。もしお兄様に会ったら仲良くしてくれるかしら」

「…はい」


 どうすれば公爵様と仲良く出来るのか。レグルス様も父親であるアルゲオ様のような威厳たっぷりの人物なのだろう。年は三十だと聞いていた。いくら年も近いからと言って仲良くなれる自信は無かったが、その場しのぎに返事をする。

 

 念のために公爵様がどんな方なのかをフロース様に聞いてみた。


「公爵様ってどんな方なんですか?」

「ーー暗いのよ」

「え?」

「思わず引いてしまう位の根暗で、口下手で、友達が居なくて…」

「……」

「それから」

「!! あ、あの、大丈夫です。分かりました」

「そう?」

「はい、今度お会いしたら声をかけてみます」

「お願いね」

「…はい」


 …公爵様は少し変わっている人みたいだ。

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