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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第三章【星から目を逸らした騎士】
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「素晴らしい朝だな、イグニス!!」

「……」

「どうした? 元気が無いな」

「……」


 朝から元気良く現れた男装の変人ことラウルス・ランドマルクが、颯爽と公爵家の馬車に乗って現れ、片手を上げながら挨拶をしてきた。どうしてお前がここに?…という言葉を飲み込んで、頑張って心の友を笑顔で迎えたのに目が笑っていないと指摘をされてしまう。


 数ヶ月前に会ったラウルスは肩に付くか付かないかの長さだったのに、何が起こったのか髪がさらに短くなっており、男前に磨きがかかっている。短くしただけで見目が良くなるとは羨ましいものだ。…まあ、女性とは程遠い姿になってしまってはいるがな。


 今日は前に約束をしたフェーミナ様と遠乗りに出かける日だ。医者からは大丈夫だという許可を貰ったが、魔物や野盗に姿を晒さないように途中まで馬車で行き、道が狭くなったら馬で移動しようという計画を練っていた。

 先日行った泉川へは王都の近くを流れる川沿いに走るだけだ。昔から水のある場所には大精霊の守護があるので魔物は出ないと言われているが、以前パライバ殿下が公務を行った際に、魔物避けの魔術がかけられている筈の街道に黒牙狼が出現した例もあったので、用心に越したことは無いという結論に至った。


 目立たないように護衛は最低限にして、綺麗に整備された街道を進む。この辺りは野盗が出ることもあり、警邏けいら機動隊の隊員が頻繁に、悪い子はいねえか~、悪い子はいねえか~、と巡回をしている。先ほどから何回か王都周辺の見回りをしている騎士にすれ違い際に話を聞いたが、ここ数ヶ月は平和らしい。

 目的の場所まではゆっくり進んだので一時間ほど掛かった。途中からは馬に乗っての移動となったが、フェーミナ様は公爵家の従者の馬じゃなくて、馬のラウルスに乗りたいと仰ったので、一緒に騎乗する事となる。真っ白い馬が珍しかったらしい。相変わらず動物と相性の悪い(人間のほうの)ラウルスは、公爵家が連れて来ていた馬に跨るも、言うことを聞かないようで苦労していた。果てはラウルス自身が馬から見えないように、遮眼帯ブリンカーを装着させてから行く、という荒技で先に進んでいた。


「この辺にはよく来るの?」

「いえ、久々です。警邏機動隊に居た時にこの辺りを巡回していて」

「そうなの。綺麗な場所ね」

「はい。心が洗われるようです」

                  

 泉川までの小道は馬一頭が走れる位の広さしか無かったが、空は大きな木で覆われ、多少の薄暗さはあるが、日の光を和らげる木々はありがたいものだった。葉と葉の間から差し込む木漏れ日も、風が吹くとキラキラと煌めいているように見える。穏やかな森の中でのんびりと周囲の景色を眺めながら目的の場所へと走った。

 二週間ぶりに訪れた泉川は変わりなく美しい場所だ。馬を川のほとりに連れて行き、水分補給を済ませたあとは日陰に繋いでおく。馬のラウルスの鼻先を撫でていると、出かけ際のフロイラインの様子を思い出してしまった。


 早朝、すっかり自分も行く気だったフロイラインは、馬小屋から早く出せと地面を足で掻いていた。しかし今回は連れて行く訳にもいかなかったので、今日は留守番だと告げると、首をブンブンと振って怒りをあらわにしていた。低い声で嘶く様子は、まるで「私を置いていくなんて…絶対に赦さないんだからね…」と囁いているようだった。折角仲良くなれたのに、また噛み付かれる日々が始まるかもしれない。


 ラウルスは草むらに敷物を広げ、フェーミナ様に座るよう勧めている。周囲に居る使用人達はせわしなく籠に入れて持って来た食事を並べていた。実は朝食をまだ食べていないのだ。ここに来るまでのも何度かお腹が鳴ってフェーミナ様に笑われてしまった。誰も居ない中で、またお腹が空腹を訴える。…お腹が空いた、そろそろ限界かもしれない。

 

 公爵家の方々が用意してくれた食事は、夕食では?と思うほど豪勢なものだった。籠に盛られたパンは数種類あり、白く丸いパンに干した果実が練り込まれたパン、表面がガリッとしている食感の細長いパンに、ケーキのようにふっくらとしている甘いパンなどだ。普段は長期保存が可能な、固く黒いパンしか食べていないので柔らかいパンというだけで嬉しい。甘かったり、しょっぱかったりな味つきのパンなんて自分の中では高級品に分類されている。どれも美味しそうだ。

 他には香辛料で味付けをして炙った骨付きの肉に、焼いたひき肉の腸詰や蒸かしただけの野菜、ぶつ切りにされた数種類ものチーズに果物まであった。大きな筒状の容器から出てきたのは暖かい野菜のスープで、山の中は冷えるから用意されたものだろう。デザートは果物の他に小さく切り分けられたクリームたっぷりのケーキに、砕いたチョコの入ったクッキーや、季節の果物の彩りが美しいパイまである。


「さあ、遠慮せずにお食べなさいな」

「ありがとうございます、いただきます」


 いつもはしない食前のお祈りをして、渡された布巾で手を拭ってからご相伴に預かる。目の前には大きなカップに果実の絞り汁が置かれ、喉も渇いていたので一気に飲み干した。すると背後に居た仕着せのワンピースとエプロンを身に着けたお姉さんがお代りを注いでくれる。…他人から食事のお世話をされるのは、どうも落ち着かない気分になって駄目だ。徹底的に申し訳なくなってしまう。


 食事はどれも美味しかった。用意された品目が庶民寄り、というか親しみ深いものばかりだったのは、全てラウルスが食べたいものを使用人が聞いて揃えたからだという。

 ラウルスの幼少期は非常に貧相な暮らしをしていたので、繊細で高級な料理よりも大衆向けの大雑把な味付けの食事を好んでいた。当時伯爵家令嬢(と言うと違和感が…)だったラウルスの庶民的感覚があったお陰で、自分達は価値観がズレることなく仲良くやれて来たのだろう。その辺は感謝をしなければいけないと思っている。


 食後に淹れて貰った紅茶を飲みながら、一息ついていると、小さな陶器の入れ物に入っている角砂糖に目が止まった。近くにいた使用人のお姉さんに貰ってもいいか訪ねる。


「? ええ、いいですよ」

「ありがとうございます」


 容器から数個の角砂糖を取り出して、一旦失礼しますと声を掛ける。


「…あなた、角砂糖なんか持ってどこに行くの?」

「馬にあげるんです」

「馬に? 砂糖を?」

「はい。馬の大好物なんですよ」

「そうなの? はじめて知ったわ」


 馬のラウルスが朝の遠乗りが無かった為に不満気に思っているのかもしれないので、好物を貰えないかと申し出たのだ。


「自分もはじめて聞いた時は驚きました」

「ええ、甘い野菜が好きだとは聞いたことがあったんだけどね。…良かったら他のにもあげてきてくれる?」

「分かりました」


 使用人のお姉さんが容器ごと角砂糖を渡してくれた。馬のラウルスを繋いだ草むらの日陰に行くと、公爵家の馬も同じ場所に待機している。ラウルスに角砂糖をあげていると、他も馬も近づいてきて、我も!我も!と沢山のお馬さんに囲まれてちょっとした恐怖を覚えてしまった。


 その後は川を眺めたり、何気ない会話などをして時間を過ごす。


「イグニス、あなたは子供の頃、川で何をして遊んでいたの?」

「村の近くにある川は流れが速くて近づくなって言われていましたね。農業用のため池とかでは水切りとかをして遊んでいましたが」

「水切りってなにかしら?」

「石をですね、こうやって投げて」


 足元に転がっている石を拾って水面と平行になるように投げる。すると川の表面で石が跳ね、二回ほど波紋を残して水の中へと沈んでいった。ううむ、思った以上に跳ねなかったな。子供の頃は五回位続いていた気がしたが。それでもフェーミナ様は始めて見たものだったようで凄いわ!と褒めてくれた。


「ラウルス、あなたもやってみなさいな」

「私ははじめてだな」

「あら、川遊びはしなかったの?」

「ランドマルク領では寒い時期は凍っていたし、暑い時期は干からびる寸前だったから、遊ぶ場所という認識はありませんでした」

「そうだったのね」


 ラウルスも足元にある適当な石を持ち、川に向かって投げたが、勢いが強すぎて一度も水面を跳ねずに向こう岸まで石がたどり着いてしまった。ラウルスよ、どんだけ肩の力が強いのか、というかどんだけ投力があるんだ。…アレが本当に女性なのだろうかと疑問に思う。

 

 こうして楽しい一日は終わり、家路へと着いた。


 数日後、驚きの贈り物が我が家に届いた。贈り主はフェーミナ様で、この前のお礼が書かれた手紙と、箱の中からは深緑の布で作られた戦闘衣が入っていた。

 念のためにもう一度宛名に間違いが無いかを確認した後に、服を広げてみる。

 騎士隊の制服の形に似た戦闘衣は、中のタグに五つ星の印が付いていた。これは、この服にどれだけの防御魔術がかけられているかを示すもので、頂いた服には最高位のものが付加されている印があった。


 そもそもこの国で戦闘衣と呼ばれる物は、縫い合わせる際に魔術がかけられていて、魔術・打撃・剣撃・防水・防臭など様々な脅威から守る力が付加されていた。服に加えられた魔術の等級は星の数で分類されており、ルティーナ大国の騎士服も星の三つ付いた戦闘衣が一人一人に支給されている。故に他国の騎士のように重く、手入れの大変な甲冑などを身に付ける必要は無いのだ。

 詰襟に房飾りが施された華美な制服は他国からも人気で、街を巡回する警邏機動隊の隊員は観光客にも人気だ。【世界一優美な騎士団】という呼び名は制服と、公務で王族と共に出回ることの多い親衛隊を見ての感想だろう。逆にうら若いお嬢様方が、遠征部隊の野生児なんかを目撃したら失神をするかもしれない。


 手紙にはこの服を着て御前武道会に参加して下さいと記されていた。


 …フェーミナ様、ありがとうございます。噂話でほとんどの参加者が新しく戦闘衣を注文しているとか、過去に騎士服で参加をした者は居ないという話をレイクから聞いて、正直焦っていました。

 その噂話を聞いてから戦闘衣の見積もりに行ったが、驚きの事実を知ることとなる。店主から告げられた見積もり額は一つ星の戦闘服で金貨百枚。そんな訳の分からない金額を提示され、検討しますという都合のいい言葉と共に逃げるように帰って来た記憶を思い出す。


 それにしても、このように高価な品を貰ってもいいのだろうか。贈られたものは喜んで受け取ることが礼儀、ということは知ってはいるが、いかんせん値段が値段だ。明日こっそりフロース様に聞いてみよう。


 公務が続けて重なったり、結婚のあいさつ回りをする為に地方の夜会に参加したりと、忙しい日々を過ごすうちにあっという間に御前武道会の前日となった。

 今日は色々と準備があるから休んでいいと言われたが特にする事も無く、二時間程木刀で素振りをした後に、庭に生えている雑草が気になったので草刈りを始めた。


「あ、兄ちゃん!!」

「アセスか」


 久々の隣の家の子供、アセスが塀の上から顔を出す。


「この前のお土産ありがとう! おいしかったよ」

「そうか。こっちも助かったよ。いつもありがとうな」

「与えられた任務は確実にこなします」

「ふむ。アセス隊員の尽力に感謝する」

「あはは」


 アセスには公務で家を空けている間、薔薇や野菜への水やりや、郵便受けの手紙や新聞を家の中へ入れる仕事をお願いしている。


「薔薇の花、咲きそうだね」

「そうだな」


 来た時に枯れかけていた蔓薔薇が三年目にして蕾をつけたのだ。まだ綻んでおらず何色の花を咲かせるのかも分からない。うまくいけばあと数日で開花するだろう。


「いち、にー、さん、しー、…全部で十個、蕾がついているよ」

「そんだけしか無いのか、意外に少ないな。本には大量の花で葉が見えない位に開花する品種だって書いてあったんだが」

「ふーん。でも兄ちゃん今までお世話を頑張ったもんね!」

「アセスもな」

「うん! それに蕾が付いただけでも大勝利だよ!!」


 いい子だなと思ってぽんぽんと頭を叩けば、子供扱いをするなと怒られてしまった。八歳児は立派な子供なのだが。


「それはそうと、兄ちゃん、髪の毛切ったんだ」

「……まあ」

「格好いいね!!」

「!?」


 部下には不評だったが、アセス個人には好評だったようだ。本当にこの子はいい子だ。…ちょっと待っていろよ、飴玉でもあげるから。


 家の中を急いで探ったが、軟体動物の干物しか見つからなかった。こんなもんは要らないか…というか、それ以前に八歳児は干物を貰っても喜ばないか。でも、炙ったら美味しいよ。


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