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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第二章【星を掴めなかった騎士】
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 こうしてパライバ殿下とフロース様を見送った後に、王都への帰路につく事となる。殿下とエキドルの乗って来た馬は後日街の人が届けてくれるらしい。

 王都へ続く街道を走っていると、途中で魔術師団の団員らしき集団が道を閉鎖していた。

 こちらの接近に気がつくと、若い魔術師が駆けて来る。


「お疲れ様です。魔術師団・第二特務調査隊所属、ゲイン・マーツと申します」

「大国騎士団・第七親衛隊、隊長のイグニス・パルウァエだ」

 

 師団員の話によれば、早朝より街道を閉鎖し昨日の魔物が出現した原因について調査をしているらしい。


 昨日、ヤリナタリアに到着後、街の騎士隊に街道から魔物が発生をしたという報告を一番に行った。その報告を受け、ヤリナタリアの騎士隊は即座に王都へ早馬を走らせ、事件を知らせに行ったという。それを受けて、魔術師団の調査部隊が現場に派遣された。


 調査隊の隊長とも話をしたが、街道に敷かれた魔術は正常に作動しており、周囲にも誰かが干渉した跡は残っていないと言っていた。

 こちらからも魔物の様子などを伝えたが、ごく普通の黒牙狼と変わらない、という役に立たない情報しか提供出来なかった。黒牙狼は遠征部隊に所属している時に何度か戦ったが、その時の動きと同じように思えたのだ。連携の取れない、本能のままに襲いかかるという、決まりきった型は覚えてしまえば脅威でもなんでもない。それに操られているとすれば、もっと賢く戦うだろう。


 双方で情報の確認をしたが、結局原因は不明。魔術師団より調査書を預かって、王都への旅路を再開する。


 魔術師団が居た場所より三時間程で王都に到着する。まず始めに執務室へ行くとパライバ殿下の姿は無く、事務担当者によれば、昨日の魔物騒ぎについての会議が行われているとの事で、その場に急いだ。


 会議ではルティーナ大国にある全ての街道の魔物避けの魔術の強化を行い、移動する乗り合い馬車などに護衛を付けるように取り決め、その任務にあたる新しい騎士隊が発足されるとの事。


 パライバ殿下は会議の後、執務室へ行こうとしていたが、顔色が良くなかったので、私室へ下がるように王太子様より言い渡されていた。流石のパライバ殿下も王太子様の言うことは素直に聞くらしい。


 執務室へ戻ると事務担当の姿は無く、代わりにフロース様が居た。朝見たブラウスとスカートではなく、いつもの黒のワンピースにエプロンという仕着せを纏っている。


「お帰りなさい。昼食は食べたの?」

「いえ、そんな暇は無くて」

「そう、大変だったわね」


 フロース様はもう怒っていない様だ。ラウルスがいい仕事をしてくれたのか。


「何か食べる?」

「大丈夫です、お気になさらず」


 バタバタ走り回り、日中の暑さにやられた為か食欲が湧いて来なかった。フロース様が用意してくれた冷えた果物の絞り汁だけで満足していた。夜になって涼しくなれば何か食べる事も出来るだろう。


 額の汗を拭っていると、フロース様が後方にある窓を開いてくれた。微弱ながら風が吹いて部屋の中の空気が澄んだ気がする。

 

 そんな事よりも仕事に集中しなくては、と気合いを入れ、机にむかって山積みされた書類の処理を始める。


「後頭部、綺麗になったわね」

「……おかげさまで」


 フロイライン様が毟ってくれた髪の毛は、二ヶ月で綺麗に生え揃った。このままだったらどうしよう、という不安な日々を過ごしていたが、あんまりにも悲壮感を漂わせていた為か、フロース様が大丈夫だからと何度も励ましてくれた。今思えば落ち込み過ぎだったと反省している。


「もうどこの毛が無くなっていたか、分からないわね」


 そう言ってフロース様は、何故か俺の後頭部を撫で始める。


「……」

「あなたの髪の色って不思議ね。普通赤髪っていえば茶色にほんの少しだけ赤を混ぜた、赤銅色っていうのかしら、そんな髪色を言うでしょう? こんな見事に真っ赤な髪の毛初めて見たわ」

「……そう、でしたか」


 そんな話をしながらも、フロース様は何が面白いのか、髪を撫でる行為を止めない。


「ええ。一度見たら忘れないと思うの」

「……そうですね」


 動じる様子も無くフロース様と話をする自分とは裏腹に、心の中はざわついていた。


 ーー落ち着かないのに、髪を撫でる手が心地好い。今すぐ離れてくれと願うのに、止めないでくれと乞いたいという気持ち。


 様々な感情が押し寄せては引いていく。このような

心の動きなど感じてはいけないのに、何かが自分を麻痺させている。


 昨晩、気付いてしまったこの気持ちは、フロース様という心の女神を崇める力へ変えようと決心したのに、付け焼き刃の信仰心は、呆気なく崩れていく。


「本当に、珍しいわ」


 一般的に珍しい髪色を持って生まれた人は魔力が高い場合が多いといわれている。しかしながら自分の魔力は指先に小さな炎を生み出す程度しか無い。それを生活に役立つ種火魔術として使うだけだ。

 確かにこの毛色は珍しいかもしれないが、人混みの中で変に目立ったり、従騎士時代は髪色が生意気だと言われたりなど、得をした記憶は残っていない。


「ーー綺麗ね」


 ぽつりと呟いたフロース様の言葉に、胸の動悸が激しくなる。

 

 フロース様はどうして、どうしてこのような残酷なことばかりするのか。

 もう、放っておいて欲しい。フロース様が目の前から居なくなれば、平静を取り戻す事も出来るだろう。

 触れる手を離して貰おうと口を開きかけた時、フロース様が話を始めてしまう。


「まるで炎のようだわ。あなたの気質をそのまま具現にしたような」


 それは、どういう意味なのだろうか。聞き出す前にフロース様は脇を通り過ぎてしまう。一瞬目についた、白い手首を掴もうと手を伸ばしたが、寸前で触れることを躊躇ってしまい、結局掴めなかった。


◇◇◇


 それからの時間は事務の爺さんと共に書類を片付け、早めに終ったので先に帰るよう指示を出す。残った就業時間でパライバ殿下の容体を聞きに行き、心配無い事を確認して、その日の仕事は終わる。


 その後は日課となった訓練も行ったが、魔物と対峙したのが効いたのか、隊員達はいつも以上に真面目な態度で取り組んでくれた。


 訓練後汗を拭い、帰ろうと厩舎まで歩いていると、途中で同じく帰宅途中だったレイクと鉢合わせる。


「あ、隊長。お疲れ様です」

「ああ、頬は大丈夫か?」

「う…はい」


 レイクの頬には大きな布が当てられている。訓練中に転倒した先が地面に付いた隊員の片膝で、相手も避け切れずにそのまま強打してしまったのだ。


「そういえば、聞きました? パライバ殿下の結婚相手の話」

「……」


 殊勝な態度を見せていたと思ったら、こいつは…。


 聞けばパライバ殿下の婚約者となる女性は、レーサー侯爵家の令嬢らしい。だから親任式に殿下が指命された訳かと納得する。


「でも良かったですね、隊長! もう、すぐにでも結婚出来ますよ」

「すぐには無理だろ。殿下が正式に奥方を迎えるまでは…」

「あれ、知らないんですか? 三十以上の親衛隊員は婚約の決定だけ見届ければ結婚出来るんですよ」


 そうだったのか、それは知らなかった。何だか最近知らなかった事が多い気がするので、騎士隊の資料やら王宮の決まりなど読み返さなければならないな。


「いいなあ、結婚」

「珍しいな。若いのに結婚したいと思うなんて」

「そうですか?」


 レイクはまだ十七歳だ。今は遊びたい盛りだろう。


「婚約者が決まったんですよ」

「なるほどな。まあ、婚約が決まったのなら、結婚もすぐだろう」

「…でも、その前に隊長が結婚してください」

「……」


 残念ながら、結婚は一人では出来ない。王宮は身分の高いお嬢様しか居ないし、休日は引き込もっている。なので出逢いが無いのだ。


「あの、誰か紹介しましょうか?」

「…必要無い」


 こいつの家は金持ちだ。同じ部隊に居て、金銭感覚の違いに驚いた事が何度もある。紹介された女性もきっと似たような世界に生きる人に違いない。そんな女性を満足させる財産など無いに等しいのだ。


 それにしても結婚か。全く実感が湧かないし、相手も居ないし、どうなるんだろうなと思いつつ、家路についた。

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