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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第二章【星を掴めなかった騎士】
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 早朝、朝日が昇ったばかりの草原をラウルスと駆けて行く。お決まりとなった休日の遠乗りだ。王都から一時間ほどの場所にある草原へと連れて行き、手綱を外して自由に走らせれば、三十分位一人遊びをしたのちに飽きて帰って来るのがいつものお約束だった。そしてまた一時間かけて自宅へと帰る。


 本日はいつもと違ってラウルスを家に置いて、市場へと出かけた。


 朝食と数日分の食料を購入し、自宅から持って来た荷車へと乗せる。一人で買い物に来た理由はこれだ。

 先日王宮の庭で働く爺さんから、使わない荷車を譲ってもらったのだ。

 折角の荷車だが、ラウルスが引くには小さすぎるし、恐らく引くのを嫌がるだろうと思って自分で引いている。市場には荷車を引いて歩いている人は沢山居るので、特別目立つ訳ではない。ほとんどの人は動物に荷を引いてもらってはいるが。


 なじみの店で馬用の藁と餌を次の休みの分まで購入し、荷車へと積み込む。多少山盛りな感じになってしまったが、問題なく積めたので一安心だ。


「兄ちゃん、それ、自分で引くのかい?」

「そうですけど」


 買った品の積み込みを手伝ってくれた飼料屋のご主人が心配そうに持ち手を握って歩き出そうとしている俺を覗き込んで来る。


「重たいから動物に引かせた方がいいよお」

「いえいえ、鍛えているんで」


 なんだか荷車を引くために日々鍛えているみたいな言い方になってしまった。誤解をしていなきゃいいが。


「そうかい? でもいつもの立派な白馬はどうしたんだい?」

「家です。荷車を引っ張るのを嫌がるんです」

「そうかい。腰を痛めないでおくれよ」

「大丈夫ですよ」


 店先にお客さんが来たようで、主人との会話はそれっきりとなってしまった。


 こうして買い物を済ませた俺は、人の多い通りを避けて帰宅する。人の少ない通りでは、荷車を引く姿が少し目立ってしまうのか、チラチラと見てくる輩が居た。やはり荷を引く動物が必要だろうか?そんなことを考えながら歩いていると、背後から聞いた事のある声で呼び止められる。


「ーー隊長?」

「……」


 振り返るとうちの部隊の隊員が女性を伴っている姿があった。隊員の名はコーワ・ギジュール、二十三歳の伯爵家の次男だったと記憶している。こいつも金髪碧眼の色男だ。連れている女性も同じ金髪碧眼で、かなりの美女だった。


「何しているんですか?」

「見て分からないのか、可愛いお馬さんの餌と藁を買いに来たんだよ」

「…はあ、そうでしたか」

 

 コーワは理解し難いと言いたいような表情で肩を竦めている。隣の美女は怪しい男と会話をするコーワを不審に思ったのか、眉を顰めていた。


「誰?」

「イグニス・パルウァエ卿、騎士隊の上司だよ」


 紹介しなくていいから!!というか他人の振りをしてくれても構わなかったのに…。ここにも空気が読めない男が居るとは。


「はじめまして、パルウァエ卿。妹のエレクトラ・ギジュールです」

「…どうも」


 妹だったのか。たしかに言われて見れば少しだけ面差しが似ている気がする。てっきり朝帰りなのかと疑っていたので、申し訳なく思った。


「何か買いに来たのか?」

「いえ、妹が朝市を見てみたいって言うもんだから」

「なるほど」


 妹さんも色々な物に興味を抱く年頃なのだろう。このあと出勤だというのに面倒見が良いことだ。


 その後、一言二言会話を交わしてギジュール兄妹と別れ、再び荷車を引いて歩く。


 帰宅後、馬小屋の掃除を済ませ、馬糞と使用済の寝藁が入った缶をご近所にある農家が住む家へ運ぶ。今まではゴロゴロと缶を地面に転がして持って行っていたが、今日から荷車に乗せて運ぶ事が出来るのだ。


 しかしながら「運ぶ事が出来るのだ!」と言ったのはいいが、荷車を引くのは結局自分なので、労力としてはあまり変わらないことに気がつく。これだから脳筋だと呼ばれるのかもしれない。


 近所に住むマリンツさんは王都の郊外に農園を構え、生活をしている一家だ。毎週のように馬糞を引き取ってくれて、たまに作物も分けてくれる。お世話になっている代わりに農作業を手伝ったりと、密な近所付き合いをしているのだ。

 マリンツさんは家の前に置いた荷車を見て、瞠目していた。


「おや、パルウァエさん、荷車買ったんですね」

「貰ったんですよ」

「こんな立派なものを?」

「はい」


 タダで貰った荷車はやはり良い品だったのか。ぱっと見綺麗だし、造りもしっかりしていたので、タダで貰うのは気が引けたが、爺さんが持っていけと言うのでお言葉に甘えてしまったのだ。今度公務で出かけた時にいい酒でも買って持って行くとしよう。


 マリンツさんは周囲をキョロキョロと見渡し、首を傾けていた。まだ何か気になる点でもあるのだろうか?


「えっと、荷車を引く動物は?」

「俺ですが」

「……え?」

「自分で引いて歩いています」

「……」


 ちょっと引かれてしまった。問題なく動かせるし、大丈夫かな?と思っていたが、流石に一日に二回も引かれてしまうと傷つくものだ。


「あ、あの、うちの農園に何種類か動物が居るんですが、見に来ませんか? 他で購入するよりもお安くお譲りいたしますよ」

「うーん」


 動物、動物ねぇ。世話も大変だし、馬ともう一匹も飼ったら臭いとか鳴き声とかも気になるんだが、近所迷惑にならないんだろうか?それに小屋だって用意しなければならない。ラウルスの小屋はもう一頭馬が入りそうな位の空間があるが、種類の違う動物を一緒に入れるのは色々と問題だろう。


「今から農園に行くんですが、どうしますか?」

「そうですね、見るだけ見てみます」


 本日、自宅警備以外に予定が無い暇な俺は、街から三十分ほど離れた場所にある農園へと出かけることになった。


◇◇◇


 農園の仕切りがいくつかある柵の中には数種類の動物達が居た。


「あの荷車の大きさでしたらこの子なんかどうですか?」


 マリンツさんが指差したのはモコモコとした白い体毛を持つアルパッカという動物だ。なんでも荷車に砂袋を山盛りにしても難なく動かせる位力持ちだとか。お値段金貨一枚也、意外と安い。触ってみれば大人しく、手触りもふかふかで柔らかく、鳴き声もほとんど出さないという。


「いいですね」

「はい。今愛玩用としても人気なんですよ。よく懐きますし」

「へえ…」


 確かに仕事から帰って来てアルパッカをモフモフすれば癒されるかもしれない。これは買いか?


「ねえ、お父さん、この子なんだけど」


 マリンツさんの娘さんが一頭の馬を連れて来る。


「あ、イグニスさん丁度いい所に。野菜の収穫する人手が足りなくて」

「こらこら! パルウァエさんは今日は手伝いで来ているんじゃないよ」

「いえいえ、暇なので手伝いますよ」


 ここの奥さんの料理が絶品なのだ。お手伝いをすれば食事も出て来るので、下心もありつつお手伝いを申し出る。


「やった! あ、それで、この子なんだけど」

「ああ…どうしようか」


 マリンツさんの娘さんが連れていたのはかなり綺麗な馬だった。ラウルスよりも二回りほど小さな体つきをしていて、白馬かと思いきや、その体毛は銀色に輝いている。瞳も珍しいことに緑色をしており、周囲を縁取る睫毛も瞬きをした時にバサバサと音がなりそうな程に長い。なんだか某公爵令嬢を彷彿とさせる見た目をしていた。


「マリンツさんこの馬は?」

「五年ほど前に貴族の方から頂いた馬なんですが、誰にも懐かなくって、売りに出してもいいと仰っていたので、何人かに見て頂いたんですが、噛み付いたり、蹴飛ばしたりと騒ぎを起こして、長い間買い手がつかなくて…とても気位が高い馬なんです」

「……」


 ますます誰かに似ている気がしてきた。 


「食用馬の競売にかけようとしているんですが」

「え!? こんな綺麗な馬なのに?」

「はい。人に懐かなきゃ使役動物として不適合ですから」

「……」


 不適合の烙印を押さえてしまった馬様はツンと無愛想に取り澄ませている。その姿はまんまフロース様のようだ。


「あの、この馬いくらなんですか?」

「え? パルウァエさん、飼うんですか?」

「お値段次第というか、はあ、どんなもんかなと思いまして」

「今までは金貨十枚で販売をしておりましたが」


 想定よりもずっと高い。俺の給料二ヶ月分だ。これだけ綺麗な馬だ、高値が付くのも頷けるが。


「競売に出せば金貨二十枚は付くかと思います」

「二十枚も付くんですね」

「銀の馬は貴族の間で珍味とされていますから。鬣は櫛に、尾毛は様々な色に染めて作るかつらとして、革は鞄などに使用され、高値で取引されます。ですが、可哀想という気持ちがありましてね、五年も飼っていたものですから」

「……」

「パルウァエさんに大切にして頂けるなら、金貨五枚でお譲りします」


 マリンツさんはにっこりと笑いながら俺に言う。ーーこの商売上手め!


 半日野菜の収穫を手伝い、日も暮れだした帰り道、ラウルスに跨った俺の右手にはもう一つの手綱が握られていた。

 結局、金貨一枚のアルパッカでは無く、給料一か月分の銀色の馬を買ったのだ。多少の抵抗を見せながら付いて来る新入りを見て、一抹の不安を覚えてしまう。


 とりあえず名前でも考えようか。


「フロ…」


 いくら似ているからってフロース様の名前は不味いか。名前は付けていないと言っていたので、どうしようか悩む。明日殿下に相談でもして考えて貰おうか。


 そうこう考えているうちに自宅まで到着した。

 ラウルスを先に馬小屋に入れ、銀のお馬様も中へと連れて行く。案外すんなりと馬小屋の中に入り、用意した水を飲んでいる。 

 よかったよかったと一安心していたら、馬小屋周辺に生えた雑草が気になって暗くなった時間帯にも関わらず、除草作業を始めてしまった。明日からは夜勤だ、勤務体制に体を慣らさなければいけないので、夜通し起きていなければならない。今から寝るまでたっぷりと時間が余っているのだ。


 ブチブチと根っこから草を抜いていると、すぐ背後で同じような「ブチブチブチ!!」という音がした。音が聞こえたその瞬間に走る後頭部からの激痛。ヒリヒリとした激しい痛みに尻餅を付いて地面の上をのた打ち回ってしまった。大声を出したいと思うほどの痛みだったが、近所迷惑になるので、唇を噛み締めて何とか耐える。

 一分ほど地面に伏していたのだろうか。顔を上げれば銀のお馬さんが俺の顔を見下ろしていた。どうやら馬小屋の扉を閉め忘れていたらしい。


「ーー髪を、毟られた…!?」


 いまだにヒリヒリと痛む後頭部を押さえつつ、起き上がる。


「!! 馬様、ま、まさか俺の髪を食べたんじゃ!?」


 食べた髪を取り出そうと、固く閉ざされた銀の馬の鼻先を持ち、口元をぐにぐにと動かすが、歯を食いしばっているからか、ビクともしなかった。


「あんなもん食べたら腹壊すって!!」


 ーーいや、あんなもんって俺の大切な毛だが。


「吐き出せ! 体に毒だぞ! 下に…」


 下に吐き出せ、と言おうとしたが、地面に大量の赤い髪の毛が散乱している事に気が付いた。


「あ…もう、ぺってしていたのか……」


 見たところ、髪の毛は乾燥しており、みした形跡は無い。何故俺の髪を毟ったのか、馬の気持ちを汲み取ることは出来ないので謎のままだ。餌は樽の中に山盛りに置いていたのに、不味そうな赤髪を食べようとするなんて。


 現実逃避はこの位にして、目の前の惨状に向き合うことにした。


「……」


 抜けている髪の量が、異様に多い気がする。


 痛みの引かない後頭部を恐る恐る触ってみれば、親指と人差し指の先をくっ付けて丸めた位の範囲の禿げが出来ていた。


「……」


 念のため、もう一度触ってみた。……間違いなく、円形状に禿げている。


 事態が呑み込めず、とりあえず毟られた髪の毛を集め、穴を掘って優しく土を被せた。失ってしまった毛髪に手と手を合わせ、黙祷を捧げる。志半ばで散って行った髪の事を思うと涙が滲んできた。禿げてしまった後頭部の事を思えばさらに切なくなる。


 銀のお馬さんを小屋へ戻した後、ふらふらと家の中に戻り、風呂に入ったあと明日の予定も忘れてそのまま寝入ってしまった。


◇◇◇


 翌日、どん底気分で出勤をした俺は、後頭部が禿げているのがバレないように高速で移動をした。勿論背後には誰も立たせることを許さない。さっさか朝礼を終え、誰も居ない執務室に籠もることに成功した。

 机に向かいながら安堵の息を吐く。今日の所は大丈夫だろう。問題は明日の朝だなと思いながら、仕事を片付けていく。


 そういえば今日はパライバ殿下に馬の名前を決めてもらうんだったなと今更ながら思い出す。朝礼の時に殿下は居たが、それ所では無かったのだ。

 もうフロース様でいいかな、と投げやりになっていた時、突然の訪問者が執務室に現れた。


「お疲れ様」

「……はい」


 フロース様だった。手にはお茶の載った受け皿を持っている。わざわざ紅茶を持って来てくれたみたいだ。


「ありがとう、ございます」

「ええ」


 筆記具を握る手が汗でじっとりと湿っている。ーーフロース様よ、そのまま真っ直ぐ帰ってくれ!俺は神に願った。

 そんな時に限ってフロース様が俺の背後にある窓のカーテンが開いたままだという事に気が付いて、背後に回られてしまう。


 --終わった。


 思わず天井を仰いでしまった。背後で「あら?」というフロース様の声が聞こえる。

 

「あなた、その頭どうしたの?」

「……馬に毟られて」

「まあ! あの綺麗な白馬に?」

「いえ、昨日新しく買った馬に」

「そうだったの…大丈夫?」

「いえ……はい。大丈夫です」


 もう、消えて無くなりたい。心の中はズタズタだ。禿げていて恥ずかしい以前に、馬に背後を取られる騎士とか間抜け過ぎる。


「ちょっといいかしら?」

「はい?」

「……」

「!!」


 フロース様は断りを入れると、俺の頭を手で梳く様に撫で始めた。何をし始めたのだろうか。


「あの…?」

「ああ、ごめんなさい。なんとか隠そうとしたんだけど、髪が短すぎて難しいわね」

「……」


 フロース様、超優しい。禿げを隠そうとしてくれるなんて、とっても優しい。普通の人なら禿げを見つけたら、見ない振りをするだろう。なのにフロース様は心配してくれて、尚且つ何とかしようとしてくれた。少しだけ元気が出た気がする。


「皮膚が赤くなっているわ。何か薬でも塗りましょうか?」

「いえ、頭の皮膚は元から赤みがあるんです。周囲の色と同じじゃありませんか?」

「あら、良く見たらそうね」


 禿げに即効効く薬があったら塗って欲しかったがそんなものなど存在しない。


「元気だしてね、あなた、若いからすぐにきっと生えて来るわ」

「……はい」


 ちなみに俺の祖父と父親の毛髪は既に存在しない。そんな悲しい血縁の元に生まれた男の将来は、言わずとも察していただければと思う。


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