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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第二章【星を掴めなかった騎士】
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 周囲を山に囲まれたキリンツ村は、住民が百人にも満たない小さな村だ。村人は裏山を切り開いて作った段々状の田畑での農業で生計を立て、生活をしているという。宿屋や商店などは無く、三日に一度村を訪れる行商人から必要な品を購入するらしい。

 キリンツ村は【星降りの里】とも呼ばれ、ルティーナ大国の中で一番綺麗な星が観測できる場所とも言われている。そして今回の視察は【星占術研究所】という、一年前に建設された施設を見に行く事だった。

 藁を編んで重ねた屋根の家が並ぶ中で、一軒だけ白い大きな建物がある。屋根の部分は半円状になっており、天辺からは筒状の棒が突き出していた。


「あれが【星占術研究所】ね」

「そうみたいですね」


 フロース様は一言呟いて、そのまま進む。


 到着後村長に挨拶をして、【星占術研究所】の場所を聞けば「見ればわかるよ」と素気無く返され、案内人も居ないまま村の中をうろつく羽目になってしまった。確かに【星占術研究所】の場所は一目瞭然だったが、王族が来ているというのに、ぞんざいな態度だなと思った。

 もしかしたら、ここの村人は外から人が来るのをあまり良く思っていないのかもしれない。外界から遮断された場所ほど閉鎖的な考えを持っている場合があるのだ。山奥の田舎ではそのようなことは珍しいことではない。

 現に王族が来ているというのに、村人は誰も見向きもしなかった。


 いつの間にか近くに寄っていたレイクが小声で話しかける。


「隊長、【星占術研究所】ってなんですか?」

「お前は…!」


 護衛任務の前に同行するレイクとハヤテには、今回の公務の場所と視察内容に現場の施設の目的などが書かれた資料を渡していた。重ねて「よく読むように」と注意していたにも関わらず、この結果だ。


「……ハヤテ、お前は【星占術研究所】が何かを把握しているか?」

「拙者、この国の文字が読めぬ故、理解ができのうござった」

「……」


 …お前、この国で今までどうやって生きてきたんだよ。


 親衛隊の中で比較的扱いやすい二人を選んで連れて来たつもりだったが、どうやら選りすぐりの馬鹿を連れて来てしまったようだ。次回からこの組み合わせは止そうと思いつつ、レイクの疑問に答える。


「ここは星を観測して、天候などを読み取る研究をしている施設だ」

「へえー」

「成る程!」


 星の並びと天候の関係を発見した魔術師一家が研究を重ね、百年以上の月日を経た後に、国の研究として認められたもので、多大な予算をかけて観測所を建設したのが目の前の建物だろうと予測する。


 建物内にはたった五名の研究員と、家事などを行う者が二名、計七名が居るだけだった。その建物内の人員のほとんどが身内だと紹介される。


「思っていたよりも少人数でやっているのね」

「ええ、いかんせん古代魔術の範囲なので、担い手が少ないのです」


 皺の寄った白衣を草臥くたびれたシャツとズボンの上から着用し、黒縁の眼鏡を掛けた中年の男、所長のサイ・ディザーは困ったように笑いながら言う。

 

 世界の魔法には大きく分けて、【古代魔術】と【現代魔術】というものが存在し、ほとんどの魔術師は現代魔術を使用する。

 二つ魔術の違いは術の規模や、魔力の消費量などと挙げればキリが無い。一番分かりやすい相違点は、大きな自然の厄災を呼び出すのが【古代魔術】で、小さな自然の奇跡を発現させるのが【現代魔術】だ。

 【古代魔術】は大量の生贄や何日にも及ぶ詠唱などを必要とし、そのほとんどが禁術として使用を制限されている。使用可能な術は極めて少なく、また発現に面倒な手順を多く踏まなければいけないので、研究しようと思う魔術師は少ないらしい。


 この知識は俺が爺さんから魔術を習った時に聞いた話だ。世界的に魔術師は少なく、国は魔術師の確保に一生懸命になっている。国内全ての村を回り、一定量の魔力を持っている子供を魔術師団へ勧誘しているという。ちなみに俺の家は村から離れた森の中にあったので、魔力量を計測する魔術師は来なかった。


「天体観測の魔道具を見せて頂こうかしら?」

「はい。二階にあります」


 星の観測は特別な呪文が掛けられた望遠鏡で行っていると資料に記されていた。予算の大半はこの望遠鏡が持って行っており、本当に発注して使っているのかを確認するのだ。

 こうした研究の中には、国から予算だけ受け取って、提示していたものに使わず、自らの懐へと納めている輩も過去に居たという報告も上がっている。そういう事例もあることから、国をあげて厳しく取り締まっていた。


 二回の観測所へ上がると、そこには大きな望遠鏡がどっかりと鎮座していた。魔道具を作る職人が十年かけて作った代物で、筒には様々な呪文が刻まれている。


「今は昼間なので星の観測は出来ませんが、夜になればどこよりも綺麗に見えますよ」

「ふうん。随分とご立派なものね」

「はい。まだ星を読み取るまでに至っていませんが、必ずや成功を修めてみます!」

「そうね。予め天候が分かれば予定も組みやすくなるものね」

「はい」


 フロース様は部屋に置かれていた資料を読み、研究員に質問をしていた。会話は成り立っているようで、フロース様が資料を事前にきちんと読んでから視察に来ていた事が窺える。


「これは何かしら?」


 フロース様は部屋の中にあった、ガラスケースに収められている石を指差す。


「それは流星の欠片です」

「え? 本当に?」

「はい。この村は一年に何度かこのような星の欠片が落ちて来るんですよ」


 …だからこの村は【星降りの里】と呼ばれているのか。てっきり星が空から降ってきそうな位に明瞭に観測出来るからそう呼ばれているものと思っていた。


「こんな石ころが星なの?」

「はい。夢を壊してしまって申し訳ありませんが、間違いなく星の欠片なんですよ」

「そうなの? 星の正体がこんなものなんて知らなかったわ」

「そうですね。私も初めに見た時は信じられませんでした。--ところでフロース殿下は星が何故光り輝いているかご存知ですか?」

「……おとぎ話とかでは、暗闇の中で人が悪さをしないように、精霊が空から目を光らせて見張っているという話を聞いた事があるけど」


 星は人々を見守る精霊の瞳と伝えられていた。流れ星は悪事を働く者を精霊達が嘆いた涙とも言われている。


「そうですね。伝承としてはそう伝えられていますが、古代の学者によれば、星は天空で大きな爆発を起こしているから光っているように見えるらしいのです」

「星が爆発?」

「はい。 それがこうして地上へと落ちてくることがあるんです。このように」


 所長のサイ・ディザーはガラスケースから星を取り出して、フロース様へ手渡した。見れば見る程普通の石にしか見えない。


「ーー石ね」

「はい。しかし、私は昔からこれが欲しくて堪りませんでした」

「夜空の星を手に入れたかったってこと?」

「そうです。しかし、実際に手にしてみれば星もただの石、がっかりしたものです」

「そうね、空ではあんなに輝いて綺麗なのに、地面に落ちてきた途端に石ころだわ」

「星は、あるべき場所に存在するから輝くのです。なのでもとより手にするものでは無いのかもしれません。遠くから眺めるのが一番なんですよ。私が手にしたことによって光を失ったみたいで…」

「そんなことないわよ」

「ええ、分かってはいるのですが…。星は空にあるからこそ美しいものなんです。身の程知らずにこの手で掴んではいけない物だったと知った訳です」

「それは…何て言ったらいいのか…」

「すみません、自分語りをしてしまって」

「いいえ、興味深い話だったわ。出来れば星空の下で聞けたら良かったと思う位に」

「ありがとうございます」


 星は爆発の力によって光っている、という話を聞いて、国内で一番美しい満天の星空を見たくなった。もちろん日帰りの予定なので、このあとすぐに帰らなければならないが。


「そういえば、さっき村長からここの星が一番綺麗という話を聞いたんだけど」

「はい! 本当ですよ。今度是非未来の旦那様といらして下さい」

「……」


 要らぬ事を言ってしまった星占術研究所の所長は、凄まじい形相のフロース様に睨まれていた。二十五歳の独身女性に結婚の話題を振るという最悪の話題を出してくれた所長は、この場の空気すら読めないのでは、星なんかが読める訳がないと思ってしまった。


「ここの村の星の光を浴びれば子沢山になれると言われています。どこからか噂を聞いた夫婦が良く訪れるんですよ」

「へ、へえ、それは凄いですね」

「なので、機会があればいらっしゃって下さいね!」

「ははは…そうですね」


 急にフロース様が相槌を打つのを止めたので、俺が返事をする羽目になってしまった。

 ーー旦那様と来ないといけない理由がきちんとあったのだ。しかしながら、今まで黙って静観をしていたので、何だか子沢山に興味がある人みたいで恥ずかしかった。まだ、独身なのに…。いや、子沢山は素晴らしい事だ、あやかりたいものである。奥さん居ないけどね。

 

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