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不機嫌な姫君に捧げる薔薇の花  作者: 江本マシメサ
第二章【星を掴めなかった騎士】
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 つい先日まで冷たい風が吹いていたのに、今は穏やかな風が頬を撫で、快晴の空の下で過ごしやすい季節が来たと肌で実感をする。今日も暖かな陽気の中、馬と共に駆け抜けた風はとても心地が良かった。これから先は暑くなるだけなので、今みたいな気候が続けばいいなあと考えつつ、城の厩舎に愛馬を預けに行く。


 今日はこの間雨天の為に中止になったパライバ殿下の公務の為、馬で一時間ほどの場所にある【キリンツ村】までの護衛の任務が入っている。

 キリンツ村までは馬が一頭ギリギリ通れる位の細い街道を経由して行く。殿下の公務の移動は主に馬車での移動の多いが、今回ばかりは馬で向かうしかない場所だった。

 護衛の人数も最低限で、俺を含め三人で行く予定だ。比較的扱いやすいレイクとハヤテを連れて行くように決めていたが、王宮に残すイーオンとフロース様が心配だ。しかし、お世話をするパライバ殿下が居なかったらフロース様は家に帰るのだろうか?そうだと安心出来るのだが…。


 そんな心配を吹き飛ばす報告が副隊長より出勤直後に告げられ、一日の予定は大きく変わってしまう。


「ーーパライバ殿下が風邪で臥せっているだと?」

「はい。念のため医師の診察も受けましたが、季節の変わり目による気温の変化が原因だろうと」

「…そうか。では今日の公務は中止だな」

「いえ、それが」

「?」

「失礼するよ」


 突然会話の中に割って入って来たのは、薄い金の髪に緑色の瞳を持つ二十代後半の青年だった。


「王太子様…!」

「!!」


 王太子様の登場に部屋の中の雰囲気が一変し、緊張感で溢れるものとなってしまった。俺たちは地面に片膝を付いて平伏する。


「ああ、いいよ。気にしなくて。…話しにくいから立ってくれる?」

「はっ!」


 王太子セレスタイト様だけは他の王族にはない独得な空気を纏っている。強すぎる存在感にてられ、一瞬で気圧されてしまった。とてもじゃないが真っ直ぐに見ることなんて出来ない。


「ここに来た訳だけどね、また愚弟が風邪を引いたとかで、お見舞いついでなんだけど、君たち親衛隊の力を借りようと思って。いいかな?」


 どういった案件だろうか?気になったが、我々に王太子様の命令を拒否出来る訳がないので、「仰せのままに」と返事をするしかなかった。


「良かった。ジャイヴァー、後はよろしくね」

「はっ」 


 王太子様はジャイヴァー親衛隊隊長のみ残して、自らの護衛を引き連れて帰って行った。


「いきなり来て悪かったね」

「いえ…」

「それでお願いなんだけどね、公務の中止は今回で二回目でしょ? 流石に良くないことだとセレスタイト殿下はお考えになって、別の御方に視察に行っていただく事になったんだけど、その護衛任務をイグニス君達に頼みたいんだ」

「それは、構いませんが、誰が…?」

「ーー私よ」


 本日二回目となった突然の訪問者はフロース様だった。病気で行けなくなった公務は彼女が引き継ぐことになったとジャイヴァー隊長は言う。


 フロース様はいつもの黒いワンピースにエプロンの姿ではなく、胸元に黒いリボンの付いたブラウスに、膝の高さより長い紺色のスカートを着用し、その上から頭巾の付いた腰部までの袖なしの肩掛け外衣を纏っていた。


「分かったなら、早く行くわよ」

「ん?」

「出発は定刻通り、さっと行って、さっと帰って来るよう、迅速な行動を願い出来るかしら?」

「え? あ、はい。了解…です」


 こうしてよく事情も呑み込めぬまま、視察をする村へと赴く事となった。


◇◇◇


 ハヤテがフロース様の馬を準備して待っていると、レイクを伴ってフロース様が現れる。

 フロース様はこちらを見るなりバツの悪そうな顔をして、大変な事実を告げた。

 

「……言い忘れていたんだけど」

「どうかしましたか?」

「実は…私、馬に一人で乗れないのよ」

「……」

「……」

「……」


 申し訳無さそうにフロース様は言う。俺たちは顔を見合わせ、誰が一緒に乗るか無言で譲り合いをしていた。

 「お姫様がご一緒したいんですって。私はいいので、どうぞ、どうぞ?」「いえいえ、私みたいな愚民が滅相も無い。そちらがどうぞ、どうぞ!」「私なんかがとんでもない。どうぞ、どうぞ、ですよ」と目と目を合わせて会話をしていたが、一向に決まることは無かった。

 とうとう痺れを切らしたレイクが現実的なことを話し出す。


「っていうか、隊長の馬が一番デカいです!! それにうちの馬は繊細なので知らない人は乗せないと思います」

「ーー拙者が馬は小柄故、二人乗りは難しいでござる」

「……」


 ものの数秒でフロース様を乗せる人が決まってしまった。ラウルスも地面を足で掻いてやる気のようだ。


「フロース姫、どうぞ、わたくしめの馬に騎乗下さい…」

「悪いわね」

「とんでもないことでございます。寧ろ、光栄の至り…」 


 とりあえず愛馬の手綱をハヤテに渡し、フロース様の為に用意されていた小型の馬の手綱を受け取ると、回れ右をして馬と共に厩舎へと戻る。

 厩舎で馬の世話をしている従騎士から二人乗り用の鞍を借りて、元居た場所へと戻った。

 背中の毛を整えた後、腹帯を巻いてから鞍をラウルスに乗せ、あぶみに足を掛けてから騎乗する。フロース様を馬上に引き寄せようと手を伸ばすが、何か言いたいような顔をしていた。


「どうかしましたか?」

「……どうして私が前なのよ」

「前の方があまり揺れないんですよ。鞍の先端にに握りが付いているので、それを掴んでいて下さい。手綱を握るのは私なのでご安心を」

「……」


 不満顔のフロース様は俺の手を取ってあぶみを踏む。左手でフロース様を馬上まで引っ張り上げ、もう片方の手で腰を引き寄せた。馬の上に横乗りとなったフロース様は俺の手が体から離れると、支えを失ったからか、悲鳴をあげる。


「きゃあ!! 落ちる、落ちるわ!! 怖い!!」

「!!」


 怖い、落ちると叫ぶフロース様は、あるまじきことに、俺の胸へとしがみ付いてきたのだ。


「ひ、姫様! 俺にじゃなくて、前にある鞍の握りを掴んで下さい」

「に、握り? そんなものどこに」

「前にありますって!!」


 フロース様は俺の上着を掴んだまま、鞍に付いている握りをチラリと一瞥する。


「あ、あんな、心細い握りしか無いの!? ちょっと揺れただけで落ちてしまうわ!!」

「大丈夫です。落ちませんって」

「で、でも…怖いわ」

「心配ありませんから」

「だったら、私の体を、お、押さえていてくれるかしら?」

「……」


 ニヤニヤしながらこちらを窺うレイクの顔が見えた。定刻も三十分ほど遅れている。

 ふんぬ!と気合と覚悟を決めてフロース様に断りを入れてから腰を片手で抱き寄せ、馬の腹を蹴って出発した。


 フロース様は片手で鞍のつまみを手が赤くなるほどに握り締め、片方の手は変わらず俺の上着を掴んだままとなっている。馬上でぴったりと密着をしている状態は色々な意味で辛い、辛すぎる。どうしてこのような酷い仕打ちを行うのか。

 当のフロース様は落ちないように必死なのか、体を強張らせ、頬がくっ付くほどにこちらへとその身を寄せている。頭巾を被っているのでその表情は窺えない。


 一時間で到着する予定が、あんまりにも馬の上をフロース様が怖がるので、ゆっくり進んだ為に倍以上の時間が掛かってしまった。

 村の出入り口にある井戸の前に馬を停止させ、しばらく繋いでおくよう指示を出す。


「すまん、レイク、フロース様を下ろしてくれ」

「はーい」


 レイクはその辺に放置された大きな木の箱をフロース様の足元に置いて、降りる際にふらついても大丈夫なように、両手を前にだして構えていた。てっきり抱いて下ろすものだと思っていたので、なんとなく突っ込んでしまった。


「お前、どうして抱き上げて下ろさないんだ」

「フロース様に触れるなど恐れ多いからです」

「……」


 普段はフロース様のことを視界に入れてなかったり、話に割り込んできたりとどうでもこうでも扱うのに、こんな時にだけ王族扱いとは。訳の分からない奴め。


 フロース様は馬から下りようと身動ぐ。


「痛っ!!」

「どうかなさいましたか!?」

「…髪が」


 頭巾から出ていた髪の一房が騎士服の上着のボタンに引っかかっていた。


「!!」

「動かないで!!」

「……」


 ピシャリと注意されたが、ボタンから髪を取ろうと奮闘するフロース様の顔が眼前に迫っていて、少し動いただけで頭巾を取って露わになっていた額に自分の口が触れそうになっていた。非常に危ない状態である。


「もう!! 動かないでって言っているでしょう!? 手元が狂うじゃない!!」

「う……。はい」


 もう、今の体勢とか状況の意味が分からなかった。変な汗がどっと噴き出てきて、一刻も早く離れてくれないかと神に願う。しかし、フロース様という美の女神はこの場から逃がしてはくれなかった。


「短剣とか持ってないの!?」

「へ?」

「短剣よ! 引っかかっている髪を切るの!」


 頭が働かない俺に業を煮やしたフロース様は、勝手に腰のベルトへ手を伸ばし、短剣が無いか手探りで探す。


「う、うわっ!! 無い、無いです!! 短剣なんて持って無い!!」

「ちょっと、なんで早く言わないのよ!!」

「す、すみません! レイク、短剣を貸してくれ! あ、あれ? あいつ、どこに行った!?」


 木の陰でニヤニヤにしていたレイクから短剣を借りるも、受け取ったその瞬間に銀色の髪はボタンから離れ、手にしていた得物は不要の物となってしまった。


 馬から降りたフロース様は比較的元気だったが、膝を付いてかかとに取り付けていた拍車を外していた俺は、ここまでの道のりでの疲労感からこのまま立ち上がれないんじゃないかと思っていた。

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