Case1-3:三人娘とチョコレート
二月十三日、日曜日。
私と友人の五島深優、一之瀬由紀は私の家で一緒に宿題をすることになった。
もちろん宿題というのは名目で、チョコ作りがメインイベントだ。
宿題の鬼とあだ名されている岡島先生の出した課題プリントを片づけると、私たちは早速台所でチョコ作りに取り掛かった。
事前に凛が仕事で一日戻ってこないことは分かっている。
しかし、十六夜煌は朝からふらりとどこかに出て行ったきりで、戻ってこない保証はない。戻ってきたら、十中八九面白半分に場を引っ掻き回していくだろう。
およそ二時間の奮闘の末に私たちはチョコを作り上げた。
味も形もOK。
ラッピングが終わったのを見計らったかのように
「ふむ、そろそろバレンタインだったな。諸君、ご苦労」
十六夜煌が帰ってきた。
十六夜煌は私の友人たちを見つけると
「実に良い匂いだ。このカカオのビターな香りはたまらないな。ああ、初めまして。観月の養父、十六夜煌だ。いつも観月がお世話になっている」
と常識的な対応をしてくれる。
常識なんて持ち合わせていないと思っていたのに。
深優と由紀も簡単に自己紹介した。
「さて、乙女の楽しみを邪魔しても悪いな。私は早々に退散するとしよう。恋路を邪魔する者は馬に蹴られるのがオチだからね」
などと言いながら、この闖入者は私たちの作ったチョコを見比べている。言葉と行動が一致しないのは今に始まったことではないのだけれど。
「観月、私へのチョコがないようだが?」
「あるとでも思ってたんですか?」
「おお、なんと冷たい! 私はそんな娘に育てた覚えはないぞ」
「それは奇遇ですね。そんな風に育てられた覚えもありません」
「これは第二反抗期か? そうに違いない」
「何言ってるんですか。永遠反抗期です」
この日常会話を見て、深優はくすくすと笑っており、由紀はしらけている。これが十六夜家のいつもの光景だとは言えない。
「ふむ、それはさておき、だ」
勝手に話題を変えて、友人二人の方を向く不良保護者。
「ええと、五島深優くんだっけか。君は三つチョコを作っているということは……」
深優は生唾を飲み込んだ。
「……もしや浮気……?」
「そんなわけないでしょう! 家族にあげるんです!」
深優が顔を赤くして反論する。
ハリセンがあったら、迷わず戯言をまき散らす父親の頭を叩いていたことだろう。
「対して、ふむ。一之瀬由紀くんは一つか。うんうん、一途で良いぞ。私の好みだ」
誰も貴方の好みになりたくはないんですけど、という言葉をぐっとこらえる。ここで彼の話に乗ってしまったらまた喜劇という名の失態が繰り返される。
「とにかく! 出て行ってください。それ以上絡むと警察を呼びますからね?」
「何を言うか、私が警察だ」
そうだった。こんなのでも一応警察だ。まったく世の中狂ってる。
からかうことに満足したのか、この男はわははと心底愉快そうに笑って、書斎に入って行った。
まるで台風みたいに迷惑な男だ。凛にはこんな男になってほしくない。怪しいお爺さんとお婆さんに拉致されて変な薬飲まされてもなれないだろうけれど。
こうして、チョコは一応無事に完成した。
後はバレンタインの日に凛に渡すだけ。
……となるはずだったのだが。翌日、女の子にとっては悲劇以外の何物でもない事件が発生した。
こんばんは、星見です。
次回、怪盗なるレトロなドロボウが出てきます。今回のテーマは暗号解読。『踊る人形』ほど難解なものではありません。『まだらの紐』に近いかもしれません。もしよければ、『解けたぜ!』という方は答えを教えていただければ嬉しいです。ちなみにほぼ全部暗号の答えは”学校にあるもの”です。
ではまた次回お会いできることを祈りつつ……