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春と夏  作者: きのぐる
7/7

7話 春はいつも真夏日和

最終話です。

視点がぐりぐり変わるけど酔わないでくださいね!

千夏は鬱屈としていた。

最近、また何もかも面白くなくなった。

なぜなのかは頭ではわかっている。

甘える相手がいなくなったからだ。

そんな理由だから分かっていても認めたくない。


「あはははは……」

「おほほほほ……」


家に帰ると居間から父親と母親の笑い声が聞こえてくる。

千夏の沈んだ心にはいつもの能天気な両親の笑い声がとても癇に障る。


「お父さん! お母さん! 外まで聞こえそうな声で笑わないでよ! 恥ずかしい!」


少し乱暴に居間のドアを開ける千夏。


「おお! 夏樹 お帰り!」

陽気に手を上げる父親。

「あらあらそんなに声が大きかったかしら、おほほほほ!」

口に手をあてている意味がないほどおしとやかさから程遠い母親。

「待ってたよ、お帰り、千夏」

その中に溶け込んでいる のほほんとした千春。


「ええ?! なんでち~ちゃんがいるの?!!」


思わず両親にも負けない声を上げてしまう。


「しばらく外泊が多いと思ったら工藤さんとこの息子さんのところにお世話になってたそうじゃないか」

「あの人 お医者さんでしょ? さすがわたしの娘ね! 逃がしちゃ駄目よ!」


ずずいと千夏のそばに寄ってきて、ひそひそと話す両親。

千夏はくらくらする頭をおさえてよろけるようにして廊下に出ると、そのまま居間のドアを閉めた。



「元気なご両親だね」

「ただのバカップルよ!」


千春がドアに話しかけると中から怒鳴り声が返ってきた。


「あんなでもご両親はすごく千夏のことを心配してたよ」

「………」


廊下からの声をベッドに突っ伏して聞いている千夏。

千夏も両親が心配していることは知っている。

だからこそ ここ最近ずっと千夏の好きにさせておいてくれたのだ……放置しすぎとは思ったが。

がばっと起き上がる千夏。



がちゃがちゃと鍵を開ける音に千春が顔を上げる。

開いたドアから千夏が出てくる。

廊下にちょこんと座っている千春。


「……なんで正座なんすか?」

「いや……なんとなく?」


「わたしのこと、どれだけ聞いたの?」

「何も聞いてないよ」


千春と並んで廊下に座る千夏。

本当はいろいろと聞いていた。

千夏の両親からも、そして秋穂からも………




「別に嘘をつかれていてもいいじゃないですか?」


やっぱり例の女の子のことか――

内心がっくりしながら秋穂はつっけんどんに言った。

チャイナドレスまで着た自分が馬鹿らしく感じた。

しかも話の内容は子供の恋愛相談レベルだ。


「そうかもしれないけど……僕にはあいつが何を考えているか分からないし、あいつのことを何も知らないんだ」


情けない顔をする千春を見て、秋穂も理解できた。

千春には余裕がないのだ。

千夏に関する情報があまりに足りないのだ。

でもだからと言って秋穂もすぐ素直に教える気にはなれない。


「ん~……ヒント、彼女は一度 病院に来てますよね」

「はい――おかげで病院でロリコンの疑いをかけられました……」

「あれって、何のために来たか知ってます?」


疑いじゃなくて本当だろう!

秋穂は心の中でツッコミながらカクテルを口に運んだ。

大まかなことは姪の冬美に聞いて知っていた。

直接千夏のことを知らなくても、ある程度の女心は把握しているつもりだ。


「僕をからかいに来たんじゃ?」

「違いますよ、いくらなんでもそのためだけに来たりしません、お腹の怪我の経過を見せに来てたんですよ」

「怪我? 千夏は怪我をしてたんですか??!」


目を丸くして驚く千春。

秋穂は秋穂で千春がそれすら知らなかったことに驚く。


「彼女、バレーボール部の主将なんだそうですよ」

「あの背でバレー?」

「だから人一倍頑張って、リベロでレギュラーになったそうです、でも……」


秋穂は持っている手札を千春に全部渡すことに少し躊躇した。

それは自分の中の女心。

けれど、もう1人の自分は千春のために教えてあげるべきだと言っている。

そのもう1人の自分は素の自分であり、打算のない、秋穂の求めていた自分の姿でもある。


「でも……」


秋穂はもう一度カクテルで口を潤わせて続きを話し始めた。


「でも、遠足の時に落ちていた棒で悪ふざけしていた男子がこけた拍子にそばにいた彼女のわき腹に棒が刺さったんですって」

「そんなことが――」

「彼女はバレーの試合に出られなくなって、一時期 学校にもなかなか顔を出さなくなってた」

「………」

「でもバレーはしなくなったけれど、ここ数ヶ月は元気に学校に来ていたそうよ」

「そっか……よかった………」


人事のように安堵する千春。

鈍感な人、秋穂は思わず心の中でそうつぶやいた。


「日常から逃げたかったんだと思いますよ」

「え?」


首をかしげる千春を見て、秋穂は本当に鈍感な人だなあと苦い顔になる。


「彼女の嘘はもともと自分を偽るため、日常から離れるためだったんじゃないかな? だから素性を隠したり、自分の気持ちを表に出さないようにしたりしてた」

「………」


まだ理解が追いついていない様子の千春。


「もう! いらつく人!」

「うわっ!」


千春の背中をぱんっ! と叩く秋穂。


「彼女は工藤先生に甘えたいんですよ、男なら受け止めてあげなさいな」


猫耳のチャイナドレスがにっこりと笑った。




「子供だなって思ったっしょ?」

「ん? なにが?」


千春の横で体育座りをした千夏が、抱えた両膝に頭を埋めて耳まで真っ赤にしている。


「僕は何も聞いてないよ」

「嘘言わないでよ!」


顔を上げられないまま声を荒げる千夏。


「おあいこじゃないか、千夏だっていろいろ僕に嘘をついてる」

「うう……」


ぐうの音も出ない千夏を見て、千春はかわいいと思った。

思えば千夏が自分を晒しだしてしまっている時はいつも真っ赤だ。

本当の千夏はかなりの照れ屋なのだろう。


「学校や家での千夏を僕に見せたくないというならそれでいいよ」

「え……?」


少し顔を上げる千夏。


「そのための嘘ならついてくれてもかまわない、でも僕もそのための嘘をつくよ」


立ち上がる千春を目線で追う千夏。


「僕は学校にも行ってないし千夏の家にも来てない、ご両親にも会ってない、だから……」


千夏に手を差し伸べる千春。


「また好きな時にうちにおいで」


千春の手と顔を交互に見る千夏。

満面の笑顔がとても優しく、包容力を感じさせるのに、微妙に震えている手が、いっぱいいっぱいの勇気なのだと教えている。


 ち~ちゃんらしいな。


千夏は心の中でそう笑って千春の手をとった。




「ただいまぁ………」

「ういっす、お疲れさまっす」

マンションに帰ると例によって千夏がソファでマンガを読んでいる。

今更だけどこれって半同棲だよな?

まぁ、いまだに色っぽいことはなにもないけどね。


「あ! そうだ!」


思い出したように立ち上がって近付いてくる千夏。


「1つ……嘘なしで、本当のところを教えて」

「な、なに?」

少し怒ったような、睨みつけるような顔で僕を見上げる千夏。


「あの子……えっとぉ、冬美とかいう子とはどういう関係なの?」

「え……? ああ! あれは違う! ただのオタク仲間!」

「本当でしょうね?」


僕の袖を引っ張って目線が合うように中座させる千夏。


「ほ、本当だよ!」

「まぁ……ち~ちゃん奥手だし、そういう嘘 下手だしね――」


もしかして妬いてる?

いや、そういう問題じゃないか……

僕の目をじ~っと見る千夏。

こ、怖い――


ふっと千夏が上を見る、釣られて僕も上を見た。


………

……………

…………………

え?

唇に柔らかい感触が?


「目線でフェイントはスポーツの基本だぜい」


明るく言っているが、背中を向けた千夏の耳は真っ赤っ赤だ。

そこでようやく何をされたか分かった。


ああ……自分の顔や耳も熱い――


「ん? それなに?」

僕が持って帰った袋を見る千夏。

「あ……えっと、お土産というかなんと言うか……」

「わたしに?」

「あ~……一応そう……かな?」

「なんで歯切れが悪いんすか?!」

「いえ、お土産です――」


笹山さんが仲直りした彼女にと渡してくれた物だ。

変な物は入ってないよな?

笹山さんはちょっとアレだけど大人だし大丈夫だと思うけど………


「きゃああぁぁっっ! なにこれ! 可愛いけどやばそう!!」


中から出てきたのはフリルふりふりゴスロリ……割烹着?

笹山……やりやがったな………


「ち~ちゃんの趣味? 笑える~!」

「いや、えっとね」

「うわあ、猫耳も入ってる~これも付けろってか?」

「やっぱりか!」

「あはは、着てみるっすね!」

「着るんすか?!」



「どう?」


着替えた千夏が部屋に戻ってくる。

こ、これは……!!


「にゃはは、次からこれで料理しようかな~♪」

「お、お願いします――」

笹山! グッジョブッ!



僕は千夏が好きだ。

いつか嘘を交えずに千夏が僕を頼ってくれるようになったら、その時は僕の方からキスをしよう。

でも……

そんなに格好をつけてもそれまで理性が持たないだろうな――


 F I N

これにて春と夏の二人の話は終了です。


嘘つきキャラって昔から大好きなキャラの一つです。

どうして萌え属性として嘘つきってジャンルがないの?って思うほどに。

なのでまたいずれ嘘つきキャラは書きたいです。


次回作はノクターンの方で、

前に宣言したようにコメディタッチの短編です。

題名は「温暖妄想」

すでに書き上げてあるのでなるべく早く掲載するつもりです。

その後に長編に挑戦してみたいなぁと考えてます。


でわでわ~

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