6話 秋雨は 優しく しとしとと
あと2話~
「うっす!」
「………やあ」
「半月ぶりっすね、相変わらず引きこもってた?」
仕事から帰ると千夏がいた――
ソファに寝っ転がって平然とマンガを読んでいる。
昨日の今日だというのにまるで何事もなかったかのようだ。
「ちな……夏樹は相変わらず元気だったか?」
かまかけに冬美ちゃんに教えてもらった本名で千夏を呼んでみる。
「………」
「………」
無視ですか(がっくり)
張り詰めた空気が重い。
「千夏は元気だった?」
心の中でため息をつきながらいたたまれず言い直す。
「ん~、昼に修学旅行から帰ったばっかだからちょっと疲れてるかなぁ」
漫画を読みながら面倒臭そうに言う千夏。
この女は……どうしてくれよう………
なんだか腹が立ってきた。
「千夏! 昨日、おまえの学校の前で会っただろう!」
「学校?」
僕が声を荒げるのを聞いて、やっとマンガから顔を上げる。
「おまえの通ってる中学校まで僕が行って――」
「何言ってんの? わたしは高校生だよ~、ち~ちゃん頭おかしいんじゃない?」
「おかしくない!」
溜め息混じりに再びマンガに目を落す千夏。
僕は思わずマンガを取り上げ、部屋の隅に投げていた。
「おまえ……嘘ばっかりじゃないか、歳も、名前さえも――」
「………」
「なんで僕に嘘ばかり言うんだよ?」
うつむき、黙ってしまう千夏。
言い過ぎたかな?
いや、今言わなくていつ言うんだ。
こういう勢いのある時に言わないと言えなくなってしまうじゃないか。
「………………からだよ――」
「ん?」
小声でぼそぼそと言う千夏、うまく聞き取れない。
いきなり きっ! と僕を見上げ、睨みつける。
「嘘がつきたいからだよ!!」
顔を真っ赤にしてどなる千夏。
耳がきーんと鳴る。
「もういい! わたしが全部悪いんだ! わかってるよ! もう来ない! ばいばい!」
荷物を手にとって玄関へ出て行く千夏。
「お、おい……千夏………」
「来んなバカ!」
あわてて玄関までついて行く僕を一喝する。
まずい!
そう思った。
思ったけれど、僕には千夏が出て行くのを見送る以外に出来なかった。
本当は……冬美ちゃんとのことを弁解する予定だったんだ。
喧嘩するつもりは無かった。
何がどうしてこうなったのだろう?
奥手な僕にはその答を見つけるすべがなかった――
「工藤先生、カビが生えてますよ」
「……どこに?」
「工藤先生の表情に」
「………」
笹山さんに言われるまでもなく僕は落ち込んでいる。
千夏に付きまとわれて困っているはずだったのに、千夏と喧嘩して心はぼろぼろになっている。
職場である病院でも千夏のことが気になって仕事をするにも上の空だ。
さすがの僕も自覚した。
「僕ってロリコンだったんだなぁ……」
思わずつぶやいてしまう。
「ひとまわり以上年下の彼女に冬美との濡れ場を見られたのが相当ショックなんですね」
「ぶっ!」
あまりのことに息が詰まる。
「な、なんで知って?!!」
「中学生の小娘の口に戸をつけてもこじ開けるのは簡単なんですよ。冬美が挙動不審だったので無理矢理聞き出しました」
僕は死刑宣告をされた気分だ。
中学生に二股をかけている危ない男、意訳をすればそう言われているのだ………
「ああああああのですね! さしゃまさん!」
「ろれつが回ってませんよ、工藤先生」
取り乱す僕に対してにっこり笑って落ち着かせる笹山さん。
「だからあの子には近付かないようにって言ったんですよ?」
「え?」
「あの子は攻めっ気の強いトラブルメーカーなんですよ、工藤先生のような流され体質の人が相手だと必ず
何か問題が起こると思ってたんです」
「は、はぁ……」
そうか、そういうことだったのか……そういうことなのか?
生返事をしてしまう僕をくすくすと笑う笹山さん。
面白がられているのか?
怒ってないならまぁ……いいか。
「彼女と仲直りできるといいですね、それじゃあ失礼します」
僕を安心させるためか、軽い感じで言う笹山さん。
千夏や冬美ちゃんに比べるとやはり大人の女性という感じだ。
「あ、あの!」
思わず呼び止める僕。
「ん? なんですか?」
振り向く笹山さん。
「そのぉ……相談したいことが――」
さえない人。
それが工藤先生の印象だった。
私だけではなく、私の周囲でもそれは多数意見だった。
人と話すのが不得手で、患者さんともまともに目を合わせて話が出来ない。
それが女性ともなれば傍目にもおろおろしているのが分かる。
人とまともに付き合った経験もなさそうな人なのだ。
だけどそれは私も同じだ。
私は誰とでもそこそこ普通に付き合えていると思う。
でもそれは素で付き合っているのではなく、本性を隠した上での話だ。
恋人が出来ても絶えず相手に対して自分を偽り続けるのが苦痛で、いつも長続きしない。
情けないけれど、素で付き合えているのは姪の冬美くらいのものだろう。
病室に百冊以上ものマンガを持ち込んできた入院患者がいた。
入院と言っても数日で退院できるのに、それでもマンガがなければ自分はだめだと言って病室に所狭しとマンガを並べていた。
同僚はみんな気味悪がって近付こうとしなかったので、私もみんなに合わせて距離を取った。
けれどそれは同時に、私のオタクとしての本性は決して人前に出せないのだと痛感することでもあった。
その入院患者の担当だった工藤先生は、女性患者であったにもかかわらず、普段は見せない笑顔で楽しそうにその患者と話していた。
そして気付いた。
工藤先生も私と同じなのだ。
違うのは私は普通の人に対して壁越しで仲良くするけれど、工藤先生は普通の人と距離を取ってしまうこと。
表面的には違っていても根本は同じなのだ。
工藤先生と楽しそうに話す女性患者が羨ましく感じた。
私も素の笑顔で話せる人がそばにいて欲しい……そう思うようになっていたのだ。
「よし……これで行こう――」
仕事が終わってから相談にのってくれると言うので、先に病院の夜間出入り口で待っていたら……
「お待たせ~」
………
……………
…………………
「えっと~」
しばし思考が停止してしまった。
いや、見とれてしまった。
白いカーディガンの下は胸を強調するぴっちりとした赤い服。
膝下まである裾には、しかし、太ももの上の辺りまでスリットが伸びている。
「つかぬ事をお伺いいたしますが――」
「はい、なんでしょう」
「それはチャイナドレスというやつですか?」
「博識ですね♪」
「冬美から工藤先生が足に見とれていたと聞いていたので」
あっけにとられる僕に対して半身で膝を軽く曲げてポーズをとる笹山さん。
スリットから覗く足が夜だというのにまぶしい。
聞いていたからといって着るのか?
頭の中で続きの存在しない反語でツッコミを入れてしまう。
笹山さんの行き着けだというバーに移動してからまた愕然とした。
明るい所に来てようやく気付いたが、頭の上のお団子だと思っていたものは猫耳じゃないか!
「猫耳 好きなんですよ」
好きだからといってつけるものなのか?
頭の中で続きの存在しないh(ry
「今日もキュートですね」
「ありがとうマスター」
営業スマイルのバーテンに応えながらカウンターで足を組む――
スリットの間から見える 足を組む様子に目線が引き寄せられる。
キュート……確かにキュートだが………
「ほら、ちゃんと尻尾もあるんですよ」
楽しそうにお尻についた尻尾を手に取る笹山さん。
病院の更衣室から猫耳チャイナだったのか?
というか病院に猫耳チャイナを持って行ってたのか?
マスターが「今日も」って言ってたけどいつもはどんな格好でここに来てるんだ?
ごめんなさい……ツッコミどころが多すぎてつっこめません!
大人の女性だと思って頼ったのは早計だったのだろうか………
秋穂さん、暴走してます。
そんなあなたが大好きです。
さあ、次回(明日)は最終回~♪