008. 異文化コミュニケーションやね
「あいつら、喋らせといて良いのか?」
シュワちゃんマッチョが神官サマの一人に聞いてる。
「今の状況下ではあまり良くないので、早速檻に入れて下さい。檻の中でなら互いに懐きあうのも有効ですから」
神官さんの言葉に、細マッチョがこちらを振り向いて合図を出した。腕を掴んでいる鎧さんたちが、ガチャガチャ音を鳴らしながら動き出す。うん、実は鎧さんたちは不動の姿勢でずっと側に居たんだよ。腕を掴んでる力が、締め付けてるって感じじゃなくて、ホントに持ってるって感じだったから、気にしないようにしてたけどさ。
それにしても、神官サマの言葉の端々が、妙に気になる。何か実験動物的な扱いじゃない? 召喚体って言ってたけど、使い魔とか使役獣とか、そういう召使なのか? …逃げ出したほうが良いのかなあ。
ぐいぐい腕を引かれて歩かされて、促された所には立派な檻があった。高さは3m近く、かなり大きい。
「何これっ」
「ちょっ、動物扱いかよ!」
「説明っ、誰か説明して下さいよ」
栗原さん、設楽君、木村君が檻を見て声上げる。ズラリと囲む鎧さんと抜き身の剣を見て、騒ぎ立てる勇気は私にはないな。
「…スンマヘン、チョオガマンシトッテナ」
神官さんの一人が片言の日本語を喋った。ピタリと黙った三人はじっとその神官を見つめる。もちろん私も乗り遅れず視線を向けた。耳が音を拾い瞬く間に意味を成す。ひどく聞き取り辛くても日本語には違いない。空耳じゃない事を願いたい。
「今の…日本語」
「イントネーション変だったけど、日本語だよなあ?」
「…確かに、日本語でしたね」
「関西系っぽかったような」
今度は私も会話に参加。設楽君のセリフを受けて、同意しながら他の3人を見渡す。ちなみに三番目ね。フリでも演技でも、しておかないと。
「コレカラ移動スンネン、危ナイカラ入ットッテナ」
何弁って云うんだろ? 関西系としか分からない調子で、けっこうスラスラ話す神官さん。
「言葉通じるんなら、説明しろよ、説明!」
設楽君が大声を出す。木村君も鎧さんに抵抗みせながら大きく頷いていた。神官さんは隣に居る、やっぱり神官さんとボソボソ相談して再びこちらに向き直った。
「移動中ニ出来ル限リ説明サセテモラウサカイ、今ハ堪エテ入ットッテ欲シイネン」
難波商人か芸人みたいな口調。これ一体どうやって覚えたんだろう、謎過ぎる。
「ね、ね、とりあえず、入っとこうよ。何か怖いオジさんイライラしてるみたいだし、説明聞けるし、いいじゃん」
栗原さんがシュワちゃんマッチョをチラリと見てから設楽君と木村君に声掛けてる。お嬢ちゃん、最初が肝心って聞いたことないのかね。
「あー、小原さんはどう思います?」
木村君がこそっと聞いてくる。こそっとしてるのは態度だけで、声でみんなの注目を浴びちゃってるけどね。
「移動するのは別にいいけど、何で檻に入らなきゃいけないのか分からない」
「そう、そうだよな。なあ、移動すんなら急ごうぜ。こんな事でモタモタする時間の方が勿体ねえだろ?」
私の言葉にうんうん頷いて設楽君が、腕を掴む鎧さんと商人口調の神官さんに声を掛けている。神官さんは私をじっと見てから、傍らの神官さんとボソボソ話し、そこにやって来た細マッチョとも相談を始めた。
「…これは、どうもすんなり入りませんね」
「抛り込めば良いだろう?」
「不意の感情の高まりで、どのような事態になるか不明なので、慎重にしませんと…」
「言葉も通じて、命じてるのに入らないのか?」
「下位魔族や獣族ではなく高位人族のようですし、召喚体だからといって無条件に支配下に降す事は出来ないかも知れません。あの足を出している着衣の者は彼らの中でも低位のようですので、比較的従え易い気配はしますが…彼らの中での比較という意味ですので、使い魔のようにはまいりません」
私が聞こうと思って視線向けていたからか、リュリュが音声をクリアにしてくれた。内緒話もだからけっこう筒抜けなのさ。
「…精霊魔法の反応があります」
「チッ、この辺は力場だからな。うかうかしてると、集まって来んぞ」
シュワちゃんマッチョの側の一人が報告した言葉に、細マッチョは振り返りシュワちゃんマッチョは舌打をかましていた。リュリュが使う風魔法が何らかの警戒レベルに引っかかったんだったら、止めさせたほうがいいのかな、とこっそり伺っていると細マッチョと視線が合った。
ヤベッ。冷や汗を背中に浮かべながら自然なように視線を逸らす。参謀タイプの細マッチョは要注意かな。
「おいっ、何でもいいから、移動だ! 入らねえならかまわねえ、各2名ずつ護衛に付け。いいか、出立だ」
シュワちゃんマッチョは鎧さんを割り振り、瞬く間に移動を命じた。檻は何か大きな動物が牽引する形式だったらしい。
ぱっと見キリンにそっくりだけど、小さい翼と羽毛のある鳥っぽい動物が連れられてきた。ダチョウみたく足は二本で、でもがっしりした足は鎧さんたちと同じくらいの太さがある。ちょっと埃まみれで茶色がかって見えるけど、基本の色は黄色っぽい。
「リアルチョ○ボ」
うん、私もそう思ったよ、設楽君。チョ○ボって一人乗りサイズがイメージだけど、こいつはデカい。三人は余裕で乗れるだろう。ゾウか。
馬は居ないのかね、と周りを見渡せば鎧さんたちはほとんどが徒歩だった。神官さんたちはデカリアルチョ○ボの1頭立て車に乗り込んでいる。ちなみに檻は2頭牽きだ。シュワちゃんマッチョや細マッチョは指揮官クラスらしく動物に跨っている。どう見てもカンガルーって感じの体型で爬虫類系の姿の騎獣だ。
うわー、揺れそう。ジャンプで移動とかってことだったら、三半規管シェイキングでリバース必至だ。私には無理だわ。遊園地のアトラクション、絶叫系が苦手な私は完璧に酔う。近距離転移魔法で酔うくらいだからさ。
そういえば召喚魔法だけど。
魔法陣に落ちるとか吸い込まれるとか、巷でいろいろ取り沙汰されてた感覚は、引っ張り上げられるって感じだった。ネズミの国の擬似高山鉄道で大雷山が限度の私が、ギリギリ耐えられるレベルの体感感覚。グイッと引っ張り上げられて、ニュッと押し付けられた感じ。引っこ抜かれて、置かれたって感じだ。魔法陣の上に落ちたときは全く衝撃がなかったもの。むしろ、退かされて投げられた時の方が痛みを感じたかもしれない。
ザワザワと慌しく移動のために浮き足立つ。鎧さんたちは足音まで揃えたように歩き出し、檻に入らない私たちはその一団に混じって歩き出した。
爬虫類系カンガルーはのそりのそりと歩き出したが、予想通りぴょんぴょん跳ねだした。怖っ。デカリアルチョ○ボはドスドスと力強く地面を蹴っている。すごい速いのかと思ったら、後ろに車や檻を牽いてるからか意外に遅い。徒歩組と同じくらいのペースだ。
私たちは車の側に両脇を固められ一列に並ばされて歩き出していた。神官さんの商人口調で説明を聞くも、周りの音はかなり煩くて聞き取りにくかった。まあ、予想範囲内の説明しかされなかったけれどね。
曰く、召喚魔法で呼び出した事、周りの兵士は国境警備隊という事、最終的には神殿に向かう事、などなど。現在地や周辺諸国、国際情勢の触りなど、聞かれればけっこう何でも答えてくれる。教えられないことは、ソレハ勘弁シテェナと怪しい関西弁で断わられた。
歩きながら会話してたけど、私と栗原さんがほぼ同時に音を上げる。私はここのところ夫殿に抱かれて運ばれるのに慣れちゃってたし、もともとヒッキーだし。1時間も歩けただけマシでしょう。
設楽君と木村君が交渉して、檻の鍵を掛けないことと、鍵を一本預かることで合意して、私たちは檻に入った。うん、乗り物に乗ったって考えたほうが気分的に楽でしょう、というコトでね。鍵を掛けない代わりに、出入り口には鎧さんの兵士が二人張り付いていた。護衛代わりの門番だ。
疲れてた私は早速ごろりと横になった。床は板間だ。首の後ろにいたリュリュが胸の上に回ってくる。枕にするには今一つ頼りないサイズとはいえ気にせず頭を乗せてたけど、本人的にイヤみたいで、私が横になるときは頭の下から這い出してくるのだ。
子供たちのペットのつもりだったのに、城から戻ってきたって事は、返品されたのかなあ。
「魔力障壁。閉鎖空間…」
顔を上げてぴくぴく鼻を動かしてたリュリュが呟く。
「物理攻撃は?」
「…可能」
ふうん、それは少し考えものかな。とっさの魔力防壁とか使えないのに、矢とか射られると素通りってことだ。
「ええと、小原さん?」
設楽君がおずおずと話しかけてくる。
「それって、もしかして、竜ってヤツ?」
猫だよって言っても無駄な感じ。見かけがまんまドラゴンだからなあ。
「…そう、かも」
腹筋の力で上半身を起こす。リュリュが翼をはためかせ私の動きを風魔法で補助しながら、定位置の首の後ろにゴソゴソ収まった。魔法は檻を通ることはないけど、内側だけで使うことは可能らしい。
足を広げて胡坐を掻いて座る。
膝上のチュニックワンピースを着てるけど、下にふんわりとしたズボンを重ねて穿いてるから、スカートの中を見られる心配はなし。生地は丈夫で肌触り良く、通気性も保温性もバッチリな優れものだ。足には脹脛までのしっかりした革靴、靴下はサラサラした絹みたいな肌触り。魔界での最高級品らしい。厚手の生地でベストも重ねている。
ちなみに下着も靴下と同じ素材で作られている。内緒だけどボディウォーマー着用だ。腹巻だよ。夫殿が脱がせたがりだから、お腹出して寝たりすると、尾籠な話、下すのだ。だから必需品。
ショーツは両脇を紐で結ぶタイプ。上の下着は、ノーブラで走ると胸が千切れそうになるからスポーツブラっぽく作ってもらった。昔からね、体育の授業のある日はブラ着用だったし、運動に出掛ける時も必ず着けてた。
外套は折りたたんで世界樹製カトラリーを包んで杖にぶら下がっている。特に手荷物を取り上げられたりはしなかった。下着の上下と靴下が二組、チェニックワンピースとズボンが一枚ずつ着替えとして所持している。
繊細な模様として刺繍されている金糸に魔法が組み込まれていて、引き抜けばテロテロの生地となって畳むとビックリするくらい小さくなるのだ。入れ物も小さい。アレだ、スケさんカクさんが持ってるみたいな小さな行李。あのサイズの入物を腰に下げていたけど、カトラリーと一緒に杖に下げていた。
皆、何となく心細いのか車座に座っていた。私の向かいに栗原さん。その近くに木村君。私の近くに設楽君。
「…いきなりこんな事を言い出すのはとても馬鹿げていてイヤだけど、僕一人で思い悩む方がもっとイヤなので、言いますね」
ホントにいきなり木村君が話し出した。近くに寄って来て座っている市原君と私に向かって、真剣な口調だ。
♪ドナドナ~
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2章は携帯に配慮しない構成になっています。読みにくくてもご了承ください。