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王道? 何それ、面白いの?  作者: 八月十五日 一二三
第1章 異世界トリップ
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006. 『獲ったどー』改め…『ゲットだぜ』


 夫殿が一瞬動きを止めて、私の視線を辿ると一つ息を吐いた。


 アメリカナイズされたオーバーアクションなら肩の一つも竦めるところ。それからその鋭い爪を再びドラゴンの首筋に当てて、ギュッと目を瞑ったドラゴンの様子など気にも留めずに流れ出る血を掬い取る。


「名で縛れ」

 そうすれば許す。そういう夫殿の言葉に、私はハッと視線を夫殿に合わせた。呪縛して危険が無くなれば側に置いても良い、という事らしい。一応、魔法的な簡単な手解きは受けてるので、真名をもって縛るという事も出来る。


「××××・××…・…、降しおく、従え」

「ウ、承る」

 形式通りの主従契約の文言を述べれば、かすれた声で返事をするドラゴン。


 夫殿は小さく舌打ちを響かせると、爪に付いた血を長い舌で舐め取りながら私に歩み寄って、顔を寄せてきた。牙で私の唇が傷つかないように、長い舌先を伸ばして触れてくる。私は応えて口を開いて夫殿の舌を唇で挟む。この世界樹の砂漠でするようになったキスの代わりだ。


 ぬるっと蠢いて再び血の味が口腔内に広がった。この血の味と真名を心裡で結びつけて呪縛するのだ。受諾せず、拒否を紡げばその瞬間に屠れたものを、とちょっとばかりの恨み節はご愛嬌だ。


「我も憶えた。害すれば滅する」

 ポイッと足元に投げられたドラゴン。


 黄土色の鱗がびっしり生えてて、背中には薄い膜を持つ翼が一対あった。砂地に蹲り伏せたままのドラゴン。隣に来ていた夫殿が背中に当ててる掌から伝わる情報によれば、これがドラゴンの最敬礼らしい。頭を地に着け、破られれば飛べなくなる翼をさらす。…脅えてる、のかなあ?


「ねえ」

 とりあえず声をかけてみる。ビクッと身体を竦ませたので、意識もあるし聞こえてもいるみたいだ。

「これからさ、君の事はピーちゃん、ギョロちゃん、コネコちゃんのどれかで呼ぼうと思うんだけど、どれがいい?」

 三択だ。ゲレゲレって私的に由緒正しい呼び名は、四足の毛深い獣じゃないとペケだ。


「…ど…」

「んー?」

「…どれも…ヤダ!」

 ギッと顔を上げて言ってくる。隣の夫殿から滅するか、と魔力が流れ出す。簡単に滅する、とか思っちゃうのは魔族的よね、ホント。


「じゃあ、シャオかホァンかロン」

 学生時代とか興味があって中国語を勉強した事がある。ピンインとか声調とか知らないわけじゃない。シャオは小、ホァンは黄、ロンは竜のことだ。イケてると思ったのに、イヤイヤと首を振る。むむむ、カワイイじゃないの。萌えるぞ。


「…リュリュ、と」

 真名に近い音の呼び名を呟くドラゴン、いやリュリュ。竜族は最初の交尾の前に性別が決定する。子供のうちは無性というか両性で、大人になれば性別が雌雄に分かれて繁殖に参加できる。だから名前に雌雄の区別は無い。


「リュリュ」

 パァと瞳を輝かせるリュリュ。おいで、というように腕を伸ばせば、その翼をパタパタ羽ばたかせて飛んできた。両手で捕まえ、脇に手を差し入れてプランとぶら下げる。猫だ。サイズ的にまさしく、猫。


「…ちょっと掴まっててね」

 血の流れた跡を残してリュリュの喉もとの傷はふさがっていた。とはいえ鱗も無く薄い皮が筋になっている状態。たぶん、次の脱皮まで鱗は生えたりしないんだろう。首の後ろに座らせて、前足を頭に置くように指示する。ちょこんと肩に両足跨らせて座っている姿は、きっと壮絶カワイイに違いない。


 頭上に手だけじゃなくて、顎を置くようになるのは直ぐだった。そうすれば喉もとの怪我の痕を晒さなくて済むから、だろうけど。リュリュは翼を羽ばたかせて風魔法を使うから、空気を纏わせて気温調整(エアコン)みたいな魔法を膜のように私の周りに展開させたりする。…そして、お喋り。ぴーちくぱーちく、気に触らない周波数だけど高い声でいろいろ話すんだ、これが。


 ビバークして、夫殿が広げる腕の中で寝ようとする時とか、抱きついてイチャイチャするときとか、必ず交尾するのかと聞いてこなければもっと良い子なんだけどなあ。卵がどうやって生まれるのかを知りたいらしいけど、その質問は非常にドキドキします。いくら魔族の王と番となっていても。頼むから人前ではしないでね。うん、人族はシャイですから。



 ☆ ☆ ☆



 かなり大きく見えていた『世界の柱』には行かないことにした。


 延々と歩きで行くのもけっこう飽きるし、どういうものかっていう知識欲的目的は、もう大分果たされちゃったからね。その中心に聳える堂々たる姿に、遠目で満足しちゃった感じ。聞けば夫殿もリュリュも間近で見たことあるって言うからさ、じゃあ私は行かなくてもいいかな~みたいな?


 夫殿もそれで構わないと言うし、リュリュはまた行くの~って文句言ってたくらいだから問題なしだ。

 子供たちにお土産を先渡ししちゃおうと、魔王城へのホットライン旅○扉の魔方陣へ向かう。正確には戻る。そこから来たんだし。首後ろに座って頭に手と顎を乗せてるリュリュはご機嫌に尻尾振ってたりするけど分かってるのかね?


「ねえ、リュリュは魔界の瘴気は大丈夫?」

 私は世界樹土産のリュリュをお城に送るつもりだ。竜族は頑強な身体を持っているって言うから弾け飛んだり腐り溶けたりしないと思う。


「ボクは由緒正しき真竜の血統を継ぐ稀なる竜族だゾ。そんなのへいチャラだ!」

 いや、カワイイな、誰に習ったその口調。

「そう?じゃあ、大丈夫だね」


 頭の後ろでキャンキャン吼えるのは煩いって顔を顰めてたら、夫殿に引っ掴まれて教育的指導を受けたらしいリュリュは、風魔法を使って声を調節することを憶えた。ぐんぐん魔法が上手になるのは、やっぱり竜族でもそれなりの血筋ってのが伊達じゃない所為らしい。風魔法がこれだけ巧みだったら、瘴気だの何だのの不安もないだろうと、夫殿も保証してた。


 ちなみにリュリュが魔法を使えるのは、魔法の種類が違うからだって。夫殿が身体の縮尺を変えるために使う主な魔法は、魔族が生まれながらに持つ血に刻まれたような種類の魔法で、この世界の柱の結界の中では使えない種類だそうだ。風魔法とか火魔法とか、精霊由来の汎用魔法で単属性ならば使えるんだってさ。


 息を吸うように魔法を操る夫殿にとって、複合でもなく複雑に編まれたものでもない、単属性の魔法は逆に難しいから使いづらい、とのこと。ツンデレ風に、使えない訳じゃないからなってボソボソ僅かに頬染めながら言われても、萌 え ま せ ん。


 私の魔王謹製着ぐるみは術式を編み上げて魔法を練り上げたのは夫殿だけど、供給されてる魔力は私のものだ。なんてったって『器』な私は魔力が無尽蔵だから。

 この結界の中でも魔法が解けないのは先代『器』の宇宙樹と、現『器』の私の不思議な関係、の所為らしい。詳しいことは解らないけど。いや、夫殿は理解してるみたいだけど、興味がなかったので説明は辞退した。だって、なんか面倒でさ。



 おしゃまでおしゃべりなリュリュが居た所為か、往きよりかなり早くホットライン魔方陣についた。夫殿と二人だと、あまり口を使って話したりしないから。手を繋いでいれば大抵の思考はやり取りできるし、私が疲れて抱き上げられて運ばれている途中とか、興が乗れば夫殿は直ぐイチャつきたがるし。

 その点リュリュが居れば、イチャつく頻度はぐっと減るからね。いや、だって、交尾交尾煩いし、すぐ覗き込んでくるし。いくら夫殿でも煩わしいらしい。


 魔方陣による転移は慣れないと乗り物酔いめいた不快感をもよおす。転移魔法とかに慣れてれば、瞬き一つの間らしいんだけど、私にとっては、ぐるぐるぐるーって感じくらいの感覚を味わった。よって、ここに着いたとき、リバースをかましたのだ。


 魔王城で私は似非ベジタリアンのような食生活を送っていた。基本植物由来の原材料の食事がメインで、一日か二日おきに魚肉類が夕食に供されるのだ。そしてその夜は決まって夫殿がしつこく濃厚に迫ってきていた。

 私の体調を診ながら慎重に食事をさせて、お風呂とかも誘われたりもするし、ベッドに入れば抱き込まれて散々に声をあげさせられる。すっぱりきっぱり変容した夫殿は、私がNo!と言えば決してそれ以上コトは進めないけれど。

 まあ、夫婦だからそれなりにいろいろするんだよねえ、…詳しく語る趣味はないのでこれ位で。


 そうそう、私たちの夫婦生活じゃなくて、食事の話だよね。


 その日も朝は果物メインの朝食で、フラフラと魔方陣から離れた私はリバースをかましたのだ。その内容物が真っ赤で。一瞬、え、血を吐いた?って自分でも固まっていたら、夫殿もそう思ったらしくて、すごい勢いで引き寄せられて、口付けられた。

 汚っ! 吐いたんだよ?! などと思う間もなく舌が喉奥をぬるりと舐めて、再びの嘔吐感を覚えれば、しっかり身体を支えられたまま、砂地に顔を向けられる。上がってきた胃酸にえずいて咳き込む間も、ぴったり身体を寄せられて心強い安心感を得た。


 気付けばすっかり側に居るのが当たり前の夫殿。その気配も温もりも匂いも、いつの間にやら慣れ親しみ、包まれれば安堵感はいや増すばかり。これって、(ほだ)されたってレベル越えてね?


 差し出された水入れで、口を漱いで口周りを洗い、水をゆっくり喉に通して人心地ついていると、夫殿から血を吐いたのかと驚いた、と伝わってきた。ガッツリ蹴り上げられたときにあばらと内臓をイっちゃって盛大に吐血した過去があるから、ギョッとしたらしい。少しは強化してあるらしいけど、私の身体は脆弱だからとっても気を使っているのだ。

 ベロベロと口周りを舐めて、血の味ではなく今朝の果物の味と伝わってきて、私もホッと口元が緩んだ。




 で、今の状況はといえば…近距離魔方陣で、充分感覚が慣れるまで移転魔法は避けようって事になって、私は待ってるわけだ。


 先に夫殿がリュリュの首根っこをむんずと掴んで私の首の後ろから引っぺがし、そのままぶらぶらさせながら転移して行った。お土産だものね。ピーピー泣いてたリュリュの声が聞こえなくなって、シーンと静けさが染み入るような錯覚。


 歩くのに便利だった杖に世界樹製のカトラリーが入った包みをぶら下げて。淡く青く緑の半透明の世界樹の欠片、同じ大きさぐらいのを二つ、胡桃のように手の中でカロカラ手慰みしながら、ぼんやり魔方陣を見つめていた。

 腰に下げてる袋にも世界樹の欠片は入っている。けっこうキレイだからアクセサリーに加工とかしようと思って拾ってきてあるのだ。ピアス穴があるから、ピアスとか欲しいかも。金細工とか有名な街とか国とか、行ってみるのもいいかも知れない。


 カラコロ手の内で転がしていたからか、その音に気付くのが遅れた。


 微かに空気を振動させる気配と、魔力が積み重なる音。ちょうどホットライン魔方陣が光りを放ちリュリュが飛び出して来て、夫殿の長身がゆらりと見えはじめた。気がそがれたからよけい気付かなかった。


 リュリュがピーと鳥のように鳴きながらこちらに突っ込んでくる。当初こそ勢いを殺せず私ごと転がったりもしたけど、すっかりふわりと着地することが可能になっている。だけど顔は拙かった。視界が塞がれちゃったからね。


 カンカンと魔方陣が組み上がる音が途切れたのと、泣き真似っぽくピーとリュリュが私の顔にへばり付いたのと、ハッと鋭く発せられた夫殿の息遣いが私の名前を形作っているのに気付くのと、全て同時だった。



 次の瞬間。私は召喚された。



 石造りの神殿とか、祭壇とか、そういうのは一切ない。


 原っぱの真ん中で、鎧を着込んで抜き身の剣を構え持つ輪の中に囲まれて、私は召喚されてしまったのだ。



第一章終了です。次回から新章スタート!


―――――

お読みいただき、ありがとうございました。



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