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王道? 何それ、面白いの?  作者: 八月十五日 一二三
第1章 異世界トリップ
5/11

005. そうだ、旅に行こう

R15っぽい箇所が少々あります(当社比)




 さてさて、魔王城から初めての外出は転移魔法でした。



 土産だの何だの、そういう事は先に済ましちゃいたいタイプの夫殿の意見に、私も賛成して、最初の観光地は世界の柱、宇宙樹に決定~。


 世界の柱、宇宙樹――世界樹とも云われる存在は、生命を失って久しい。とは言え、樹としての生命がなくなっても『柱』としての役割は未だ生きており、その堂々たる佇まいは今なお健在だ。


 世界の中心、世界の柱には強固な守護が掛けられている。宇宙樹は砂漠の只中にポツンと存在するのだ。まあ、一本だけ、だけど…。ポツンって表現じゃすまなくて、幹周りは竜が何匹ってサイズの鬱蒼って感じだ。



 強力な魔法は世界樹の生える砂漠を丸ごと取り囲んでいる。結界だね。


 淡い緑というか青というか見た目涼しげな砂漠は、その砂粒一つ一つは良く見れば半透明だ。世界樹の朽ち果てた欠片だという。この砂粒も魔力は秘めていて、極小で良質な魔石として流通してるとのこと。旅費代わりに掘って行こうという提案は、もっと奥地で大きい欠片を拾えと笑み含みで諭された。


 夫殿に連れられて、砂漠の只中に転移してきたけれど、どうもそれは直通ラインっぽかった。砂漠を取り囲む結界の中に直接びゅんと移動してきたのだ。

 魔王城の地下の一室と世界樹の結界の中の地点とを直接繋ぐ、他の地点へは行けないホットラインだ。あれだよ、旅○扉。…伏字イラナイ?


 それでこれから先は徒歩~。ちょ、歩きかよ。結界の中は魔法が使えないんだってさ。そういえば夫殿も、最初に会ったデカくて禍々しい方の姿に戻っていた。一割減とか二割減とかの、グレードダウン姿じゃなくて、ね。


 微笑なら端整に見える造作も、ニッコリ笑うと牙が見えて怖いよ。と言えば、話すとき片手で口元隠してる夫殿。

 何それ、アンタどこのお嬢さんだよ。と指差して転げまわって笑っていたら、砂の上に押さえ込まれた。うん、セクハラ。っていうか襲うな脱がすな撫で回すな。

 砂が入っちゃうからイヤって暴れてたら、洗ってやるって続行されたけど、その指、その爪のまま突っ込まれたら傷だらけになりそうでヤバいんだけど。


 結果的には長くて尖がってる舌で隈なく舐められました。


 で、疲れた私はそのままビバーク。裸族な生活に慣れちゃったのか半裸で砂上の人だ。大の字でうとうとしてるとピタリと夫殿が側に寄ってくる。そっと身体の上に引き上げられて、腕に包まれるのはいつものことだ。

 しっかり慎重に支えられる身体、脚に絡まる長い脚と太い尻尾。そうそう、夫殿はカンガルーみたいな爬虫類っぽい鱗のある尻尾があるのだ。デフォでね。それを普段はしまっている。


 尻尾に弱点でもあるのかと、引っ張り出してもらって、一枚一枚の鱗を舐めて歯を立ててみた事があるけど、半分もいかないうちに、飽きた。疲れた。舌切れそうになった。


 息が荒くなってフルフル震えだしてる夫殿も、なんかキモかったし。

 でもって夫殿的には、何かすっごく()かったらしくて、今でもときどき強請られる。…付け根の方がよりイイみたい。尻尾フェチってのは自分の尻尾も含まれるのかね。



 ☆ ☆ ☆



 休み休み世界樹に向かって進む旅は遅々としたペースだった。歩けども歩けどもポツンと生えてる世界樹の大きさは変わらないし、涼しげな色のクセして一般的な砂漠みたいに昼暑くて夜寒い特性がある行程は、けっこうキツかった。



 やがて腰くらいの高さの木がポツポツ現れた。大きく育てば世界樹になる木、つまり同種なんだって。全体的に白みがかってるけれど、幹は茶色で葉は緑だ。周りにある砂が世界樹の成れの果てだって言ってたけど、どのヘンが?って疑問だった。


 周りの景色に変化があったからか、行くての世界樹が大きく見える気がして、かなり気持ち的に楽しく進めるようになった。



 ある木の側で夫殿が立ち止まる。呼ばれるままに近付けば、その木は枯れていた。というか、半結晶化していた。今まで見てきた木は、色こそ白みがかっていたけど、確かに生木だった。だが、この木は透明化し始めている。ここで朽ちるという事は、こうして結晶化して砕かれ砂になる事を言うそうだ。なるほど。


 成長の遅い種類で、私の腰くらいの高さに育つまで百年ほどはかかるらしい。その上、百年経たない内の世界樹の幼木は、この砂漠の貴重な食料となる。引き倒されて貪られるという訳。世界樹が枯れる前は、咲く花も散る葉も、全て砂漠では命の糧となっていたそうだ。


 人の背丈をいくらか越えたあたりで、大抵の世界樹は枯れる。この砂漠で生存を許されたのはポツンと遠くに見える一本なのだ。この半結晶化している木も、枯れてから二~三十年は経っているようだ。枯れて五十年程で砂に還るそうだから。



 この状態は加工に向く、と言いながら夫殿は半透明な部分に手をかざす。それから腕を伸ばして木をゆっくり撫でて離せば、何かを掴んでいた。イリュージョン! 半透明で白みがかった青っぽい小ぶりなナイフ。ペーパーナイフ?

 やってみろと、隣で再び木に手をかざす夫殿の真似をして、私も手をかざす。そっと撫でて手に触れたものを掴んでみると、…棒? 片方がちょっと細くなってる。隣の夫殿が手に掴んでいるのは、フォークだった。え、何それ…って、あ、そっか、箸!


 私は今度は夫殿に促されず、再び木に手をかざし、撫でて掴んだ。うん、全く同じ太さ長さの棒、箸が一膳揃った。削れも減りもしないからカトラリーには最適だと、夫殿はスプーンまで作った。

 私の手にしている箸を確認して、後は好きに作るといい、と早速飽きちゃったみたいな夫殿。私の足元に自分で作ったカトラリー並べて少し離れる。


 私は夢中になって加工に勤しんだ。


 夫殿のデカい手にも対応の箸とか、蓮華とか、スープスプーンとか、思いつく限りのカトラリーを。そのうち、もっと違うのは作れないのかな? と、シェリーグラスっぽい物からいろいろ小物を作り、あると便利だな~って思ってた杖に行き着いた。


 手をかざして木肌を撫でる。感覚から今までより明確に強く想いを込めないとダメっぽいと何となく分かったので、真剣に気持ちを込める。何度も撫でて掴んだそれを木から引っ張り出した。

 と、不意に腰を掴まれ、グイッと後ろに引かれた。


 気がつくと目の前の木が半壊している。


 結晶化が進み、半分より上の辺りから折れ崩れていた。その木がちょうど私の方に倒れてきたらしい。プランと小脇に抱えられて、そう気がついた。安堵の思考が焦りや驚きの波を乗り越えて伝わってくる。私もありがとうと言葉を伝えた。


 私の手にしていた杖をしげしげと眺めて、夫殿は魔道でも使うのかとからかう。歩くのに疲れるから、あると便利かなって思っただけだと応えれば、分かってるというように緩む口元。んー、慣れてきても牙はちょっと痛そう。



 この姿になった夫殿が最初にじゃれ付いてきた時、まあ、イチャイチャした時だけど、唇が切れた。牙が当たったのだ。意図してなかった夫殿は当然驚いて、慎重に舐めて血止めをしてくれた。それ以来、キスはしてこない。いきなり舐められる。牙や爪が私の肌を簡単に裂くのを痛感したようだ。



 この木は、もう加工できないそうだ。結晶化が進み、もう崩れるって状態が最適なんだって。崩れちゃったら、もう加工は無理。

 ラッキーだったね、と、どっさり出来た加工品をざらざら集める。楽しめたか? と、隣で手伝って集めてくれる夫殿。うん、と、私は満面の笑みで夫殿の頬に口付けた。


 驚き瞬く目を見て、笑み含みで何度もキスする。口角が上がり嬉しそうに細まる目。強請るように近付く顔に応えて、頬を擦り付けて耳元を鼻でつつけば、背中に腕が回る。呟くように呼ばれる名前に、私も頬緩ませて夫殿の名を囁いた。




「交尾するの?」

 二人で砂の上でゴロゴロしてると、そんな声が聞こえた。どう聞いても子供の声。


 私は驚いてガバリと起き上がり、慌てて周りを見渡す。…誰も居ない。え、空耳? 風圧を残して起き上がって動いていた夫殿が、歩いて戻ってくる。

 惜しい、って呟きに何がだろう? と首傾げると、その手に何か持っていた。ピーピー聞こえるのはその鳴き声のようだ。


「何それ」

 大きさは猫くらい。形状は、うん、ドラゴンだ。洋物の。

 ころりとした身体はぽっちゃりな印象。比較的がっしりした後ろ足と、小さめの前足は二足歩行が可能な感じ。足の間にはだらりと太くてごろりとした尻尾がブランブラン揺れている。首根っこ掴まれてて、全体的にダラリとぶら下がってた。


「竜だ」

 うん、そうだと思ったよ。

「もう少し早ければ、美味い」

「くっ、食うなよ! バカ! ヘンタイ!」

 この声はさっきの子供の声だ。


「…味はともかく、腹が空いてるなら捌くぞ」

「ふざけるなっ! そんなの、許されないぞ! 聞いてんのか、このデカぶつ!」

 きゃんきゃん吠え付くドラゴン。すごいな、夫殿けっこう短気なのに。あ。

「黙れ」

 ザクッと夫殿が爪を閃かせてドラゴンの喉を裂いた。ピュッと血が飛んでくる。爪についてる血を舐めとってる夫殿は、僅かに眉根寄せて不味いって顔をしていた。

 私も顔に撥ねてる血を舐めてみる。うん、血だ。普通に血の味。


「止せ。害はないが美味くもない。…焼くか、茹でるか」

 食べること決定ですか、夫殿。

 ダラダラと血を流すドラゴンは、両手で喉元の傷を押さえ両脚の間に尻尾を入れてギュッと身体を縮めていた。その目がオドオドと揺れている。オレンジ色の虹彩に縦長の瞳孔。細長かった瞳孔は今は黒々と大きく開いていた。


「お腹そんなに空いてない。…ねえ、死んじゃうの?」

「これくらいでは死なぬ。放っておけば三日ほどで塞がるだろう」

 まあ、その三日間身を守る術があればの話だろうけど。


「子供たちのお土産、その子にしたらどうかな?」

「…少し遅いぞ? それほど美味いわけでもないし、来期を待てばいくらでも狩れる」

「遅いって?」

「竜族は卵から孵ってすぐ、最初の脱皮までが美味だ。脱皮を重ねる毎に皮と鱗が硬くなり、不味くなる」

「その子は脱皮後なんだ?」

「言葉と魔法を操れるのは、最初の脱皮後だ。だがまだ一回目なら、何とか食せる」

 あくまで食べること前提か。さすが共食い習慣のある魔族の王。

 意外にグルメで、前期の竜の繁殖期に卵のコロニーを急襲して孵りたてをさんざっぱら食い散らかしたらしい。自分の血筋に竜族が入ってるのに、そういう事をするのが夫殿らしいよ。


 その話を聞いているドラゴンの瞳が黒々と瞳孔を開いている。全身硬直したように動かなくなった。ポタリポタリと落ちる血が砂地に黒い塊を作っている。


 その姿に私は不意に自分を重ねた。


 あの時の私もきっとこんな風だったろう。頭を掴まれてぶら下げられて、ギリギリと掴まれた頭は痛くて、顔や身体をぬるりと流れる血は生ぬるく、恐怖と激痛で硬直していた。そう思った途端、目の奥が熱くなった。

 ジワリと眼球を潤してたちまち溢れてこぼれる。頬を流れ顎に伝わりパタパタと滴を垂らして、私は自分が泣いていることを知った。


 何で泣いちゃうかな、全く。同情したのかな、これはやっぱり。

 私は落ちればたちまち砂地に消えていく涙と違って、黒々と残る跡を見つめたまま(まばた)いて涙を振り払った。…吸われちゃうからね。



無言のおねだり。


―――――

お読みいただいて大感謝です!


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