004. …くどいです
「…二人か」
背後から意外そうな声が聞こえる。腰を支える夫殿の腕に自分の腕を重ねていたので、記憶と思考が伝わる。
魔族の卵は、卵の中に何人児が宿ろうと、大抵一人で生まれるそうだ。食い殺しあい、勝ち残った強い者が生まれるんだってさ。なんという弱肉強食。
昔は一つの卵に何人も宿ったそうだが、今では一つの卵に一人しか育まれず、二人三人の時は卵を二つ三つと卵の数を増やすのが一般的となっている、とのこと。特に高位の魔族たちの間では。
だが、夫殿は私の胎から魔力の卵に移す時、複数卵を作るという事をしなかった。一つの卵の中に、芽生えていた全ての命を移し変えたのだ。二人以上居た感触があったという。感じた命ごとの卵を作り出さず一つに篭めたのは、遊び心だと思われる。
より強力な魔力を持つ子を、確実に生き残れる子を、というところか。
魔族は卵から孵った瞬間から、伝統的に独り立ちとなる。あくまでも伝統的に、だが。
最初の繁殖シーズンを若年期として参加せず(相手にされないのが実情)過ごし、孵ってから二度目のシーズンに参加して初めて成人したと認められる。この最初のシーズンまでに、いわゆる命の危険があるのだ。…食べられるという危険性が。
もうホント、魔族って鬼畜過ぎるって思うけど、こいつら共食いの習慣があるのだ。卵から孵りたてが一番美味いとか、魔王サマも記憶してるくらい、珍しいことじゃない。
魔族にとって親子関係は、兄弟姉妹関係より重要視されるから、生まれた我が子を食うとか、親を殺して食うとかは忌避されてるけれどね。今だってこの抱卵室の周りには魔王謹製結界が張り巡らされているくらいだもの。孵りたてを狙った侵入者を阻むために。
口の端から覗いていた真珠色の卵の殻らしい膜っぽいものをするすると啜りこんで、二人はこちらを見つめた。食ったのか、卵の殻。虫か。
黒い髪はしっとり額や頬に張り付いて見えてたけど、乾くそばからさらさらと艶をはなつ直毛。真っ白な肌は日本人離れした私と同じような感じ。
この、白人ほど白くなく黄色人種にしては白すぎるのが私の肌色だ。祖母がハーフで、という冗談は、誰も冗談とは受け止めないほど。顔立ちの凹凸に白人らしさがないから、辛うじて冗談と分かってもらえるレベル。
私の髪は黒髪というより茶髪だったからなあ、生まれつき。
校則の厳しい中学の頃は、脱色したのか染めたのかと疑われるような色だったけど、いかんせん肌が白かったし、祖母がハーフで、という冗談を先生にもかましてたので、注意されるようなこともなかった。どうやったら黒くなりますかねえ、と逆に聞いてみたほどだ。
ここで染めるの何だの言い出したら大いに見下したところだが、賢明な事に染色ではなく、食生活の改善などという助言をいただいた。役に立たない助言だったけれども。
いかんいかん、脱線した。
双子の目は、夫殿より赤っぽい金色だ。赤銅色って言うのかな、ピカピカした10円玉と言えば目安となるでしょう。縦長の瞳孔が収縮をしてるので、ここは夫殿に似てる。
両腕を広げて、誘うように子供たちの顔を見れば、おずおずと足を踏み出し、両側に抱きついてきた。ギュッと抱き締めながら背中を首筋からお尻まで撫で下ろす。鱗がない。尻尾はある。
…尻尾がある。大事なことだから二度言いました。さすが夫殿の好みの外見。遺伝子レベルで刻まれたのか? 私の尻尾。
そういえば、夫殿の容姿の説明ってしたっけ? まあ、魔王だから人外なのは確実なんだけど。
背は大体2.5mくらい。3mはないと思いたい。
髪は朱色っぽい赤。鮮血の色って感じ。目は縦長の瞳孔を持つ金色。肌は青白く発光するみたいな感じで、細かい鱗が散っている。
牙は肉食獣らしく鋭いけど伸縮自在な感じ。私の身体に噛み付いて派手な出血を起こさないくらいの長さと鋭さに調整可能だ。あと角がある。こめかみの上から頭上にちょっと刺さりそうな黒い角が。何度か刺さるよと文句を言った甲斐があって、体尺を縮める時は羊の角っぽく内向きで巻くようになった。
手の爪は黒く鋭いけど、こちらも平爪に変化させてくれる。足の爪は鋭いが6本目の蹴爪が床をカツカツ鳴らすのがけっこう気に入ってると言えば、そこは変化させなかったりする。
そう、変化っていうか身体の大きさを小さく出来るのが、最近の魔王サマのお得意な魔法だ。身体の大きさを、1割減とか、2割減とか、縮尺を変えられる。魔力を行使する力も同じく減少しちゃうけど、私が側に居れば不安はないって感じらしい。
ああ、私ってば魔王の器だから。器って、あれだよ、器量があるとかそういう意味じゃなくて、文字通り『器』なんだ。
魔王の『器』――魔王の強力な魔力を際限なく注ぎ、溜め、引き出せる存在。歴代の魔王の中でも所持していたのは初代と三代目だけの稀少な存在、なんだってさ。ビックリだね。
しかもこの『器』ってのは、天界においては『杯』竜族には『珠』などと様々に譬え伝えられる同一の存在という厄介さ。現に七代前の魔王は『器』を天界に奪われ、『杯』と呼ばれる存在がその後人界に『聖杯』として降臨したと伝えられてる。
泥沼の奪い合いが起こるんじゃないのって素人考え通り、一大世界戦争に発展したらしい。膠着状態を打破する為か、この世界の理を司る何かの力か、六代前から『器』は誰でも目にし、誰にも手に入れられないモノに変化した。
巨大な樹木、宇宙樹だ。『世界の柱』ってこの世界では言うらしい。
天辺は天界に届き、根は深く冥界まで張り巡らされ、枝葉は大国を覆うばかりに黄昏の国を作り、巨大で強大な魔力の源。それが『世界の柱』だ。竜を何とかするゲームでは世界樹と云えば通りがいいかな。
詳しいことは省くけど、この『世界の柱』が、先代魔王の時代に、枯れた。理由は解明されていない。それがざっと千年くらい前のこと。
寿命っていうか、生命体の命の長さについても、さらっと触れた方がいいかな?
人族――いわゆる人間は百年くらい。長老とかそういう尊敬される長命な人でも百二十歳くらいが限度らしい。地方で田舎で庶民な一般人は八十歳くらいかな。
まあ、日本人的な感覚で良いでしょう。魔力によってちょっとは増長するみたいだけど。
天界――天人たちの寿命ってどれくらいだろう? 千年くらい? 階級とか力、神力っていうので寿命がそれぞれ違うみたいで、長くて千年くらいで、大体二百年くらいが普通な感じ、だってさ。
竜族も千年くらい。これは殆どの竜族が千歳は生きるって事だって。竜族は体が頑強だから寿命も一般的に長いみたい。竜族は部族ごとに『長』が居て、その『長』を取りまとめるのが『竜王』となるんだって。
竜王には竜族全体から少しずつ力が集められて、寿命が五割くらい延びる。つまり千五百歳だね。竜王は世襲制じゃなくて『長』から選出される。『長』の選出方法は部族によって違うんだってさ。…詳しいな、竜族に。
妖精族は長くて五百年くらい。エルフとかドワーフとかフェザーフォルクとかいろいろな種族がいて、それぞれ寿命も違うみたいだけど、人間より短めの寿命のものも居るらしい。ピンキリって所かな。
妖精族も比較的、他種族と交わりやすいみたい。
魔族は種族によってもまちまちだけど、大体二百年前後。
魔力の強さが寿命にも影響するみたいで、男爵だと五百歳くらい、子爵だと七~八百歳くらい、伯爵で千歳、侯爵だと千二百歳くらいだって。公爵は歴代魔王の子供たちとはいえ、魔力はまちまちだから個人差が大きいみたいで、大体七~八百歳くらい。…生き残っていればって、怖いねえ。共食いの習慣があるから、力の弱い若年者って淘汰されちゃうんだってさ。公爵は最低でも男爵レベルの魔力がないと生き残れないっぽい。
魔王は歴代を紐解けば千五百歳くらいらしいんだけど、『器』を手にした魔王は長寿になるらしく、二千歳くらい生きるみたい。
いろいろ事前に聞かされてたから、けっこう覚悟してたけど、背後の夫殿の気配はこ揺るぎもしないから大丈夫なんだろう。…多分。…大丈夫だよね? あまりにも弱すぎるから殺してやろう、とか、曲がりなりにも魔王の血筋を食ろうてやろう、とか、そういう襲撃はないよね?
私はちょっと不安になって、軽く首を動かして背後に問いかけるように意識を向ける。と、腰に回っていた夫殿の腕が少々緩み、大きな掌で腰骨の辺りを撫でられた。どうやら大丈夫ってことらしい。
子供たちに視線を向ければ真名を含めた名前が浮かぶ。これは私限定の特技みたいなものだから、注意深く夫殿からは隠す。まあ、知ろうと思えば知る手段はあるみたいだけど、そこはプライバシーを尊重して知らん振りしてくれてる。
「お前たち、名乗れ」
夫殿が子供たちに声を掛ける。魔王は魔界全ての存在を配下に従えている。その声は従属を促すモノだった。拒絶をすることも可能だが、その場合争いになる。
そういうのはイヤだなあと少し身体を離して、腕の中に居た息子たちの顔を交互にを見た。
二人は素早くアイコンタクトを交わして、なにやら肯き合って私の背後に視線を向けた。
「タロ」
「ジロ」
南極の犬か! 噴出さないように息を詰める。
「偽りを述べるか」
夫殿は凍りつくような声で言った。
「…スケ」
「…カク」
越後の縮めん問屋か! 私は小刻みに震える腹筋を宥める。
「…愚弄するか」
軽く怖い気配を漂わせて、魔王サマは言う。
「…ガチ○ピン」
「…ム○ク」
三段落ちキター! 私は遠慮もなく盛大に噴出すと腹を抱えて転げ回り、ゲラゲラと大笑いした。
転がった瞬間、ギクリとした夫殿の思考も、笑い出した私を見て、すっかり苦笑モードだ。息子ズもケラケラと笑い声を上げているので、怒るに怒れないという感じ。
ひいひい笑って半ば咳き込みながらサムズアップで息子たちを見れば、すかさずニヤリとやり返してくるのはさすがだ。いいなあ、こういう笑いは、癒しだねえ。
「で?」
ゲホゲホ喉の調子を整えながら、私は二人に問いかける。咳き込む背中を擦ったりフラフラする身体を支えてくれたり、相変わらず甲斐甲斐しく世話してくれながら夫殿も息子たちに視線を向けていた。
「ホントにム○ク? で、いいの?」
呼ぼうとして呼べない名でもないので問う。
「ううん。オレはハザ」
「…俺はカダ」
双子だから見た目そっくりだけど、微妙に真名が違う。纏う気配も違う。…分かりやすく言えば、タロがハザで、ジロがカダね。兄弟というくくりだと、兄がハザで、弟がカダ。
「…本来ならそれぞれ公爵位と領館を与える所だが、お前たちには玉座を預ける」
夫殿が支えてくれる掌から伝わる思考に、私は思わず満面の笑みだ。かねてから強請っていた事がようやく実行可能になったらしい。
「玉座?」
「王位?」
息子たちは目を瞠った後、首を傾げた。それから揃って嫌そうな顔をする。双子たちからは思考や記憶が伝わるという事はないが、軽く気配は感じる。面倒くさいって前面に色濃い。
うわあ、何かすっごく似てるかも、私に。
「魔界の玉座は空に出来ぬ。力無き者は滅するが、お前たちならば大丈夫だろう」
言葉が比較的足りない感じの夫殿。私は支えられてる掌越しにいろいろ情報は伝わってくるけど、子供たち的にはどうなんだろう? ああ、孵った瞬間からある程度の知識は遺伝みたいに引き継がれるんだ。へえー。
「あーあ、ハネムーンか」
「まあ、留守番くらいなら、いいよ」
えっ、そういう心算だったの?…世界を、この魔界だけではなく、行ける所全てに行ってみたいと強請ったのだ。少なくとも、人間界は必須で。準備が整えば叶えよう、と言う夫殿に飛びついて礼をする間にベッドに引きずり込まれて、ぎゅうぎゅうすりすり抱き締められた記憶は新しい。
「…世界の柱を見て来てよ」
「…お土産はそこで調達してね」
息子たちには私の知識も遺伝されてる。さっきの三段落ちで証明されたとおり。だから、ちょっとだけ寂し気に、でも楽しんできてねと漂う感情臭に、私は日本にいる家族を思い出して、少しだけ泣けた。
…あまり盛大に涙を溢すと、吸われる。夫殿に。目ン玉出ちゃうよって勢いで吸われた事があってから、私は気をつけてる。いや、もちろん夫殿だって気をつけてくれてるけどさ。目に舌突っ込むのだけは止めてください。
きり良くする為に少々長めになりました。
次回はハネムーンだと思われます。




