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王道? 何それ、面白いの?  作者: 八月十五日 一二三
第1章 異世界トリップ
3/11

003. もう、かえります


 最近ようやく自分の足で歩くようになった。魔王サマが仕事に復帰したからだけど。


 繁殖期が明けて、一大ベビーブームが巻き起こるのかと思ってたら、なんと、魔族は赤ちゃんが卵から孵るのではないんだって。上は10才くらい下は3才位の姿の子供が孵るのだ。卵の大きさと子供のサイズ的な不思議は、魔力が関係してるみたいで明確に説明されてはいない。


 魔力といえば、魔力が強いほど幼い姿で孵ると言っていた。魔族でも魔力の低い者たちは少年少女の姿で卵から孵るらしい。孵って直ぐに逃げられるようにって、弱肉強食の名残らしいけどね。厳しいな、おい。



 私が出歩く範囲は狭い。巨大なベッドのある寝室には扉が三つある。


 温水プールみたいな浴槽のある浴室、そこだけで住めるくらい広い衣裳部屋、私的な居間へと続く扉だ。

 私的な居間にはさらに扉が三つ。一つはもちろん寝室への扉、もう一つが抱卵室、もう一つが常の居間へと続く。

 常の居間はかなり広い。豪華な応接セットや簡単なデスクと書架スペース、ダイニングやミニバースペースなどが設けられている。この居間の大きな扉の向こうが廊下になっている。

 常の居間には坪庭が隣接されていて、私的な居間の窓外の景色にもなっていた。



 私は廊下に出たことがない。魔王の部下たちに紹介された時も常の居間だった。

 あまり私は使わないけど常の居間には簡単な浴室とか、宿直の仮眠室などもあるようだ。常の居間の扉はむやみに開けてはならないと言われてるので、探検はしていない。


 世に言う軟禁状態だろうが、私は気にしてなかった。魔王の記憶から知っている魔界の様子は、私の常識から考えてもはるかに危険な世界だし、好き好んで危険に飛び込むタイプでもないし。私は引きこもりもニートも上等って考え方だったからね。ホラ、私、流されるタイプ。


 温水プールな浴槽でガンガン泳いで、疲れたら寝椅子で一休み。抱卵室を覗いて、卵にギュッと抱きつくのは日課にしてる。それ以外にも、おはようのハグとおやすみのハグ。

 本来だったら私か夫殿のどちらかが卵を抱えてるべきなんだろうけど、卵の殻を作った魔王サマの魔力のおかげで必要ないらしい。まあ、夫殿も私と一緒におはようとおやすみのハグをしてるから、それでいいみたいだけど。


 坪庭をぐるっと一回り歩くのも楽しい。けど庭はあまり薄着で歩くのは拙いらしい。常の居間には人の出入りがあるからね。私的な居間より先は魔王の完全なプライベート空間で、メイドさんたちくらいしか居ないんだけど、常の居間から出入りできる坪庭も一応は半公の場という事だ。




「こんにちは、王妃様」

 プラプラと坪庭を歩いていたら声を掛けられた。

 声にした方に振り向く。上位魔族の公爵が居た。真名を含めた正式名称が脳裏に浮かび、それを声に出さずに心裡だけで辿っている間に公爵はその場に片膝をついた。


 顔を見るだけで真名を含めた全ての名前が分かる、というのは私の能力の一部だ。魔王に付けられたものか世界を渡ったから付いたものか分からないが、便利だから大いに利用してる。


「こんにちは、北の公爵」

 私が一般的な肩書きで呼びかければ、ホッと肩の強張りを緩める公爵。

 真名を呼び縛り付ける呪を仕掛けられると、捕縛されることになる。使い魔とかって使役される状態になるんだってさ。何度か会ってる人でも、最初の一声目で僅かに伺う気配をするのは、その所為らしい。


「何の用?」

 (ひざまず)いて私を間近に見る公爵に問いかける。魔王の居ない単独で私に会いに来るのは、拙いんじゃないの?と言外に匂わせて。

 魔族は背がデカい人達ばかりだから、跪いててちょうど視線が合うくらいだ。一応大きい方だと思ってたのにね、私の身長。


「王妃様こそ、何をされているのか」

 言外に含まれるニュアンスに、おっと目を見開く。


 魔界だ、魔族だって言ったって、階級が呼び名になってるくらいだし、王が居て、私なんか王妃とか呼ばれちゃってるくらいだ、宮廷ってもんがある。形骸化した名誉職とかだったら良かったんだけど、いっぱしちゃんとした政治の中枢を担っている。面倒だね。こういう(しがらみ)とか。私超一般人希望なんだけど。


「…、…止めてくれるの? あの人」

 ぼそりと呟いて大きくタメ息を吐いた。公爵サマは驚いたように目を瞠っている。


 権謀術数渦巻く中に長くいるのを、私は好まない。公爵サマ的にも、私を拘束する勢いで離さない夫殿が、私に対する関心を失えば万事OKなんだろう。

 人間の女が、魔界最強の魔王と並び立つなど許せない。そういうコトなのだろうけどね。


「…孵りましたら、その後」

「何の相談だ」

 勢い込んで言葉を紡ぎだした公爵の真後ろに、不意に夫殿が現れた。

 公爵が残像を残して横飛びにすっ飛んでいく。吐き出された空気の塊が音声となって尾を引き、坪庭の壁に当たった公爵の口から呻き声が漏れた。飛び散るのは血、と思われる。歯とか肉片じゃないことを切に祈りたい。


「…何の相談だ」

 夫殿は私の正面に立ち、顔を公爵に向けながら再び問うてくる。私は軽く肩を竦めて見せると苦笑を浮かべた。

「家出」

「家、出?」

 私は正直に言う。夫殿に嘘を言ってもたちまちバレる。吐くだけ無駄だ。夫殿はこちらに顔を向けながら訝しげに言葉を繰り返した。通じてないようなので説明する。

「そう、ここから出て行く、相談」

 言った途端にぶわりと気配が変わる。その気配の、なんと苛烈で圧倒的なことか。当てられる怒気は私の恐怖の蓋を抉じ開ける。全身の血が一気に下がった気がして、私はその場にさっと(うずくま)った。目を閉じて全ての感覚を遮断して、心裡(こころうち)に逃げ出そうとする。


 だが、叶わなかった。


 ごつっと額に何かが当たり、一気に夫殿の言葉が流れ込む。謝罪と後悔と気遣い、泣きそうな愛の言葉に縋りつくような戸惑い。ああ、そうだ、大丈夫。この存在は未来永劫、私を害することはない。そう約した。

 指に嵌る婚姻契約の指輪の存在を意識すれば、伝わる言葉に感情が色づく。


 ホッと肩の力を抜きながらうっすら目を開ければ、夫殿に抱き上げられていた。胸元に凭れていると、ゆらゆらと僅かに揺れる。私の視界の外で公爵殿に何らかの叱責を与えている所為かもしれない。

 やんわりと止めさせる意図も含めてぎゅむっとしがみ付いた。



 『公爵』とは歴代の魔王を親に持つ一代限りの称号だ。侯・伯・子・男爵はそれぞれ世襲もしくは魔力の強さに応じて付与されてるらしいが、詳しいことは知らない。

 魔王サマに足蹴にされてる公爵は、だから魔王の兄弟か息子か叔父とか大叔父とかに当たるのだろう。夫殿が先代の息子だというのは聞いていたからね。



 少し首を伸ばして額を寄せて鎖骨辺りに鼻をこすりつける。

 鬼畜で非道な扱いを受けて根深い恐怖を私がトラウマとして持っているのと同じように、夫殿は私を失うかも知れないという喪失感とその恐怖を根強く警戒している。それらの情報交換は触れ合う肌伝いに交わされて、お互いの思考も交換し合う。


 私に対して乱暴をはたらくつもりが一切ない真摯な気持ちと、夫殿の側から離れるつもりのない紛れもない本音がお互いに染み渡って、ようやく落ち着いた。



 ☆ ☆ ☆



 魔王サマは魔族の王で、魔族とは魔界に住む魔法を良くする人たちである。基本、人間と同じような形体をしている者が多いが、羽が生えてたり尻尾が生えてたり鱗があったり毛で覆われてたりする者も多い。


 ところで、私は元々、一般的な人間だ。種族的に。魔界の瘴気に耐えられないので、魔王謹製の繊細且つ緻密な魔法で作られた、いわば着ぐるみみたいなのを纏っている。魔力の皮みたいなものだから肌に馴染み、自分でも纏っているという感覚はない。だが、確かに作られたんだなあと分かる物が、一つ付いていた。…尻尾だ。


 魔王サマの驚くほどぶれない女性の好みに、尻尾持ち、というのがある。豊かな毛皮で追われていたり、鮮やかな飾り羽が付いていたり、産毛にきらめいていたりと質感は様々だったが、長さに拘りがあった。その長さは1スパンほど。

 スパンとは手を思いっきりパーに開いて、親指の先から小指の先までの長さを意味する。似たような単位にフィンガーがあるけど、これは有名だよね。指の幅のことで、お酒の計量とかで使われてるから。


 で、この尻尾は魔王サマのことの外お気に入りの形容で作られてるらしい。…性的な意味でね。長さといい手触りといい最高だって呟いて悦に入ってる夫殿に、自分で拵えたんじゃんって何度心の中で突っ込んだことか。

 この尻尾のせいで仰向けで眠るのには少々の抵抗を覚えるようになった。ほんの少しだけど。ベッドはふかふかだし、夫殿が腰の下に腕を回すので尻尾のゴリゴリ感はあまりない。


 抱きこまれて眠る時とか、気付くとその手が尻尾をぶらぶら弄っている。性感帯にしたいらしく、夫殿は開発中だ。気がつけば下着の中に手を入れて、じっくりと触っている。私をその気にさせるスイッチみたいな感じでくっ付ければ良かったのに、と思ったけど、作りが違うらしい。医学的見地満載な説明で作られてる。うん、その説明キモい。オタクか。


 まあ、動かすことが出来るから訓練してやる的な言い訳で始まった開発で、性的な感覚ではなく、ホントに動かせるようになったから良いんだけど。猫の尻尾的なお遊びも出来るし。



 そんな風に正面から腕に抱きこまれて、悪戯に摘んだり握ったりしてくる夫殿の手を、尻尾でピクリとかピシリとか避けたり跳ね除けたりしながら、言葉を交わさず会話をしていた訳だ。キュッと握られて、絶妙な力加減で擦られるや感じたぞくぞくした感覚に、あれ、私開発されちゃった? とか思ってた時、夫殿の注意がそれた。


「始まるな」


 ベッドに横たわってイチャコラしてたんだけど、夫殿は呟きながら身体を起こした。片腕に抱かれてる私も同時に起こされる。乱れきってる寝間着も直さずに問いかけの眼差しを向けるも、夫殿の意識が向く先に気付いてハッとなった。


「卵!」

「ああ、孵るぞ」


 半ば脱がされかけの寝間着のままベッドから飛び降り抱卵室へ向かう。

 浴室の温水プール並みの浴槽で泳ぐ時とか、寝室で夫殿が興に乗った時とか、裸になるのは、なんかもう慣れてた。夫殿以外の人の目に触れるのは、さすがに恥ずかしいけど、魔王サマもけっこう裸族系な感じだからね。うん、慣れた。…慣れってすごい。


 駆け込んだ抱卵室は薄ぼんやりとした灯りと、魔力の波動に満ちている。

 脈打つ卵の前に膝を付き、じっと見入った。背後に魔王サマが腰を下ろすのを感じる。片腕で腰を抱え引かれて夫殿に寄り掛かるように整えられる。疲れないように配慮されたようだ。


 真珠色の卵が中からぼこぼこと暴れて、正直ゾッとした。これが自分の胎だったら母胎は死ぬって納得な勢いだ。

 やがてピッと一筋亀裂が入るや、一瞬で卵が子供に替わった。それくらいの早変わりでそこには子供居た。しかも二人。


 卵にあわせて下げていた視線をゆるゆる上げる。たぶん6~7歳くらいの男の子、双子だ。幼げでぽやぽやした所が抜けて、これから少年として育ちますってぐらいの精悍さを内包した顔立ちをしていた。



中途半端なところですが、文字数の関係で切りました。

お読みいただき大感謝です。

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