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王道? 何それ、面白いの?  作者: 八月十五日 一二三
第1章 異世界トリップ
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002. 聞いてません


 何がどう決定打になって、魔王を篭絡したのか私にもさっぱり分からないのに、問いかけられても答えようがないYO。


 魔王の寝室から一歩も出ずに過ごす私は、魔王以外に見かけるのは時々出入りするメイドさんたちだ。彼女たちの中にはあからさまに嫉妬と羨望と敵意の視線を向けてくる人も居た。そういう人は私の記憶と思考から素早く読み取った魔王が、早々に手を打っているみたいで、直ぐに姿を見かけなくなったけどね。

 おそらく壁の赤黒いシミの一つになったんじゃないと信じたいところだ。




 今、魔界は10年に一度の繁殖シーズンで、もう間のなく季節が明けるらしい。


 それでこんなにゴロゴロと擦り寄ってくるのかと、魔王の腕に抱きこまれ背後に背負いながら妙に納得していた。

 繁殖期の雄性は雌性を囲い込んで離さない。だから成熟した雌性が単独でうろつけば、いっぺんに襲われると脅しでなく諭された。お前など、あっという間に穴だらけだ、と。その後、私に触れた全ての存在は抹消するがな、と、酷薄な笑い声を頭上に聞いて少々肌を粟立たせていれば、宥めるように擦られる。


 シーズン中だから公共機関も最低ライン以外はセーブされていて、魔王の仕事もほとんどお休みになっている。四六時中寝室に来てはすりすり擦り寄ってくるのは、そういう訳だった。


 ところで、私はトラウマが根深く、繁殖シーズンの夫婦らしいことはまだ無理だった。

 うん、致せないって事ね。

 まあ、その辺は夫殿も重々承知だったらしく、ベッドでゴロゴロしてても致そうとはしてこない。したいって心算はギンギンにあるらしく、毎夜伺うように名を呼ばれ腕に囲い込まれたけど、緩く拘束されて恐慌をきたせばすぐさま腕を解いてくれた。


 悔恨の表情で身体を離しベッドの端に寄って、精一杯伸ばした腕でそっと頬をつつくように撫でる夫殿に、絆されたのはけっこう早かった。最後の一線を越えるには少々時間がかかったものの、ぎゅむぎゅむ抱き合って寝るのとかはけろっと平気になったりした。

 慣れて馴染んで怖くなくなるまで待つと、真摯に伝わる言葉は隠しようがない。来シーズンには期待していると正直な真情まで吐露されれば思わず苦笑しか出ないって。




 ここでミニ知識。


 魔族はほとんどが卵生だ。そう聞いたのは交合シーズンが開けたと知らされ、魔王の部下だという雄性らしい人たちにちらほらと紹介され始めた頃だ。極僅かに直接幼体を産み落とし育児嚢に収容して育てる種族もいるらしいが、大抵卵を産み落とす。

 受胎すると二ヵ月~三ヵ月ほどで卵を産み、卵は三ヵ月~四ヵ月ほどで孵るという。卵を産むのは雌性しか出来ないが、抱卵して返すのは雄性も出来るというので、腹部に卵を抱えている男性がけっこういるのだ。すごいな異世界。いや、魔族。


 魔力の高い方が抱卵すれば、魔力の高い子が生まれるという事情があるとはいえ、やるな魔族。いや、雄性。その姿に違和感はないのかね?普通は雄性と雌性が交互に抱卵するみたいだけど。

 卵育成中は生殖機能が失われるので、卵持ちの人たちが魔王の居室に挨拶に来たりしたのだ。ホラ、アレだ。夫殿は私に雄性が近付くのを許してないからね。


 メタボも真っ青なポッコリ具合に興味を惹かれてたら、驚愕の事実を知らされた。なんと私にも卵があるという。


「誰の?」

「我とお前の」

「え?っていうか、誰が産んだの?…アンタが?」

「我は雄性だ、卵は産めない。…お前のだ」

「う、産めないよ? わたしだって卵なんて、無理無理無理。子供…赤ちゃん産むんだよ、人間は」

「人間はそうだな」

「は? わたし人間…人間だよね?」

「元、な」

「あっ、そうだった。え、でも、いつ?ええっ?産んだ覚えないし」

「…厳密に言えば、産んだ訳ではない」

「ちょっ、何どういうコト!」


 詳細はこうだ。

 ボロ雑巾のように床に打ち捨てられていた私を、再び再構築する際に、腹部に生命の芽生えを感知した。残虐にエロい目に遭わされていたのでその可能性は当然で、魔王も自分の子だと疑う余地もなかったが、治癒には邪魔だった。


 魔族は兄弟姉妹という繋がりは歯牙にもかけないが親子の繋がりは重要視する。兄を殺した、妹を犯した、姉を妻にした、弟を殺して食ったなど、犯罪とされないが、親が子を殺すのはタブーとされているし、子が親を殺すのも激しく非難される。法規的、習慣的にね。

 しかし卵の内は人格を認められてはおらず、孵るまでは親子という括りは発生しない。繁殖期特有の本能のみで卵は守られているのだ。


 繁殖期、交合シーズン、雄性は雌性を囲い込んで他の雄性の目にも触れさせないようにする。何人かの雌性を囲い込む者もいるが、概ね一対一でパートナーとなる。シーズン中は胎内に卵が宿るまで交合を繰り返す。雌性が卵を宿せば雄性は生殖機能を凍結させ、安全に卵が産まれるように全精力を傾ける。卵が産み落とされるや、一般的に雄性と雌性が交互に抱卵して孵すのだ。


 どんなに残虐を好む性格でも凶暴な魔族も、自らの卵を宿した雌性を守ろうと本能が働くし、胎に宿った卵を守ろうと雌性の行動も緩慢になる。雌性に対する食餌の世話や保護意欲は雄性の本能だ。卵が産み落とされれば、その対象は卵に向く。

 だが、ひとたび卵が孵れば、繁殖シーズンは終わりを告げ、本能的な保護意欲が薄くなる。なくなるわけではないが繁殖期に比べるまでもなく薄くなるので、法や掟が整備されてるのだ。



 ところで、人間という種族はこの世界では緩衝種族で、概ねの種族と繁殖が可能だという。すごいね。魔族とも妖精族とも竜族でも天族でも、どの種族でも交配するみたい。ただし繁殖力が旺盛なわりに脆弱な人間族の女が母体となる場合、胎が持たないことも多い、とのこと。他種族の雄性が魔力なり神力なり法力なりを注いで母体を強化し続けて、ようやく無事に出産にこぎ着けるという弱さなのだ。

 とはいえ、使い捨ての、一度限りの、実験的な繁殖を試みる他種族が人間の女を攫うのは、珍しくないことだった。


 それゆえ人間の女に卵を産ませるノウハウも魔王の知識にはあった。人族ならではの胎児として誕生させる術も。だが胎生では母体に影響が出るのは必至だ。だから魔王は、私の胎に宿った萌芽が卵の形をとらずに胎児として幼体発生するのを良しとしなかった。かといって握り潰すつもりもなかった。


 魔王サマは私の肉体を修復するに当たって、魔力を凝らせて繭を作った。元々人間の身体に、魔力で魔族の身体を着ぐるみのように着せ付ける。これが一番分かりやすいイメージだ。ちなみに体表面全てに魔王謹製魔界耐性着ぐるみが貼り付けられたわけだけど、表面には呼吸器系や消化器系など内臓も含まれると特記しておこう。それゆえの保護繭だからね。肺の細かな組織一つ一つ、胃や腸や生殖器に至る全ての体表面が覆われたのだ。


 充分に馴染み機能し始めたところで私の肉体修復を終え、繭から私を取り出して。その繭を卵の殻にみたてて腹の子を残したのだ。


「…産んでないね、それは確かに」

「だが、お前の卵には違いない」


 寝室を出て、居間を抜け、抱卵室に連れられる。私は片腕に座らされて子供のように運ばれた。ああ、魔王サマはデカいからね。3m近くはあるのかな。いや2m台だとしておこう。


 抱卵室には意外に大きい卵が一つ、クッションに埋もれるようにあった。スイカより大きい卵は50㎝はある。こんな大きいの産めるのかよって心の呟きには、卵は産み落とされてからこの大きさくらいまで育つのだ、という笑み含みの応えがあった。


 乳白色っていうかまるっきり真珠みたいに見える輝き。卵の殻は雌性の種族によって色とりどりだけど、私にはそもそも備わってないから、この真珠色は魔王の作り出した卵の色だ。成長に合わせて大きくなるという特性は加味せず、初っ端からこのサイズで育ててみたという。ちょっと実験っぽいニュアンスで、成功したぞって気配が漂ってるところが笑える。


 ああ、そういえば、と一つの可能性を思い浮かべる。


「それはない。…お前に残っていた残滓は全て洗い流した」


 私の胸元にギュッと顔を押し付けて大きく息を吸い込みながら魔王は言う。転げ落ちないように両腕で抱えるようにしがみ付いてたから、私は彼の首に掌を当てていた。つまり心裡が筒抜けなのだ。


 しかし、洗い流したって。まあ、普段からの私への執着っぷりとか、嫉妬なんだか独占欲なんだかの態度を見てれば、さもありなんとは思うけど。まあ、いいけどね、いまさらだし。


 可能性ってのは、アレだ、人族の血筋って意味だ。私は結婚していたし、滅多にしなかったとはいえ致すことは致していたから。最後に致してから生理が来る前にこの世界に来た気がするし。

 この世界に来てからはどれくらいの時間が経ってるのか良く分からないけど、魔王サマが自信たっぷりにそういうなら、間違いないのだろう。


「触ってみたい」


 私が手を伸ばすと、魔王はゆっくりと卵の側に降ろしてくれた。両手で丁寧に扱われて少し可笑しくなる。その手つきの何と慎重なことか。爪をつきたて私の肌に食い込ませながら片手で適当に掴んで振り回していたのと、同じ人物には到底思えない。ホント、一体何が彼をここまで変えたんだろう。


 真珠色の卵はほんのり暖かかった。殻は思ったより硬くなく、押せば沈み込む感触に驚いて当てていた掌を引いた。と、背後から大きな手が私の手に重なり卵に押し当てる。


「そうそう壊れん」


 魔王の手は黒い鉤爪のあるびっくりするほどのデカさだ。とはいえ無骨で愚鈍な印象の太さは持たず、指はスラリと引き締まって長く、掌とのバランスも良い。手の甲や指の甲に鱗が少々浮いている。

 膝立ちで卵の前に側寄っていた私の背後に腰を下ろしたようだ。私の両側に彼の脚が軽く曲がって伸ばされた。重ねられてないほうの腕がぐっと卵の向こうに伸び、ふわりと背中に慣れた温もりがあたり、魔王サマに抱きこまれたのを知る。


 顔を上向けて背後の顔を見上げれば、縦長の瞳孔が糸のように窄まりすうっと双眸を細めている。金色の瞳がトロリと揺れるのは、上機嫌な時だ。

 私の額にその頬を摺り寄せすりすりと懐いてきながら、だーっと脳内に恥ずかしげもない愛の言葉が流れ出す。歯が浮くような言葉もエロいのも真摯なのも、全て一緒くたに乱舞する。


 肌から伝わる記憶や思考に、お互いだいぶ慣れて、見せたくないと思うものは遮断することも出来るようになった。洪水のような思考の波も、やり取りに慣れた今では上手に受け流せる。

 漂う思考の中にとても小さな言葉の欠片がチカチカと瞬いていた。戸惑うように恥ずかしそうに。

 その言葉が魔王の心裡にあると知ってから、私は彼を夫殿として受け入れることに決めたのだ。


 『幸せ』


 初めて感じた感覚に惑乱して暴れたことも、今ではわかってる。玩具にしてきた人間に対して抱いた感情に戸惑い、いつものように扱えばたちまち壊れて瀕死になって。私が死ぬかも知れないと理解した瞬間に、一気に荒れ狂うばかりに押し寄せ爆発した感情で、彼は変容したのだ、と。そう、私は理解している。


 私を見つめるその瞳が甘く滲むのを目の当たりにするのを、実は私も気に入っているのだ。

 口元を緩ませて笑い声めいた吐息を溢せば、我が夫殿は嬉しそうにそっと両腕に力を込めてきた。細心の注意を払って抱き締めてくる腕に、私はうっとり瞼を閉じて身体の力を抜きその胸元に凭れた。


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